トホホなニュースが多い世の中ですが、怒っていても疲れるだけ。罵倒より称賛を。イラッとよりニコッとを。ニュースで見つけた「アッパレ!」なフレーズにスポットを当て、そのまぶしい照り返しを堪能し、明るく楽しい気持ちになってしまいましょう。
第1回
何でも自粛という風潮への疑問
「いろいろな方面から賛否両論のご意見はあると存じますが、本作はノーカットで公開をいたします」by多田憲之(東映社長)
【3つのアッパレポイント】
・批判やリスクは承知で東映の姿勢を示した
・事なかれに流れる世間の風潮に一石を投じた
・これで大ヒットしたら、それはそれで痛快
みんなが足並みをきれいにそろえて自粛という光景は、けっして気持ちよくはありません。映画配給会社の東映は3月20日、映画「麻雀放浪記2020」を予定通り4月5日に公開すると発表。この映画には、麻薬取締法違反(コカイン摂取)の疑いで12日に逮捕されたピエール瀧容疑者が出演しています。彼の出演シーンのカットや編集なども行なわないとか。
「とりあえずクレームや批判を避ける方向で」という対応が「お利口な判断」であり「昨今の常識」になっている中、あえて公開に踏み切った勇気は、じつにアッパレと言えるでしょう。もちろん、公開するなんてケシカランという意見の方もいることや、会社としてたくさんのリスクがあることは、東映側も覚悟の上です。
同社の多田憲之社長は記者会見で、中止や延期、編集した上での公開など、さまざまな議論が重ねられたが結論に至らなかったと言いつつ、こう語りました。
「あってはならない罪を犯したひとりの出演者のために、作品を待ちわびているお客様に、すでに完成した作品を公開しないという選択肢は取らない」
「劇場での上映は有料であり、かつ鑑賞の意志を持ったお客様が来場し鑑賞するというクローズなメディアでありますので、テレビ放映またはCM等とは性質が異なります。いろいろな方面から賛否両論のご意見はあると存じますが、本作はノーカットで公開をいたします」
この作品を製作するために出資した企業のあいだでも、まだ議論が続いているそうです。しかし、多田社長は「完全な形での作品を提供するというのが配給会社の責任」「公開することに関して強い意志を持っております」と断言。ここ最近、出演者の逮捕による映画の公開中止が続いていることについても、明確に疑問を表明しています。
「東映として、私個人としましても、『ちょっと行き過ぎだな』という印象は持っていました。総力を上げて作ったものをボツにしていいのかというのは、はなはだ疑問を持っておりました」
「叩かれたくない」「責任を取りたくない」ということしか頭にない人には、こんなセリフは言えません。並んで会見に出席した白石和彌監督も、瀧容疑者への憤りを示しつつ「いろいろな状況があると思うんですけど、そのような議論なく一様に社会の中で決まっているかのように蓋をしてしまうようなことはよくないんじゃないかというのは、個人的には思います」と言っています。
白石監督も「作品に罪はない」という言葉を口にしましたが、それもそうだし、何より共演者や製作スタッフに罪はありません。とばっちりで作品がお蔵入りになることで、大きなチャンスを逃して人生が変わってしまう人もいるでしょう。それははたして本当に「正しいこと」で「気軽にやっていいこと」なのでしょうか。
当たり前すぎて言うまでもないことですけど、薬物犯罪は厳しく非難されるべきです。薬物犯罪を減らしたい、当人も周囲も含めて苦しむ人をなくしたいという気持ちは、東映の社長も映画の関係者も、そして私のように公開の決断に喝采を送る人たちも、大前提として全員が持っているはず。ただ、そんな世の中を目指す上で、薬物犯罪に手を染めた人を徹底的に追い込むことが有効と考えるかどうかは、意見が分かれそうです。
今回の東映の決断に対して、その時々の生け贄を叩くことが生き甲斐になってらっしゃる正義感に満ちあふれた方々は、公開することがいかにケシカランか、いかに社会に悪影響を与えるか、いろんな理屈をひねり出しながら熱心に怒ってらっしゃいます。「何かに怒りをぶつけたい」という寂しい気持ちが先にあるようにも見えますが、きっとご本人は「世のため人のために自分が言ってやってるんだ」という認識なのでしょう。
それはさておき、公開を決めた東映としては、注目が集まっている今の状況を「チャンス」ととらえている節も、きっとあるでしょう。作品を提供する側としては、ひとりでも多くの人に見てもらうことが仕事であり本能ですから、それは当然であり、非難されることではありません。「東映が公開を決断」というニュースが流れたことで、「麻雀放浪記2020」という映画の存在を知った人も多そうです。
多田社長は公開することで「少々株価が落ちるかな」と言っていますが、そうとは限りません。無意味な自粛ムードに敢然と立ち向かったこの映画が、的外れな批判を乗り越えて大ヒットしたら、それはそれで痛快です。この映画を観に行かない人にとっても、ニュースのおかげで、薬物犯罪のことや薬物犯罪をめぐる日本の状況について、多少なりとも考えるきっかけになったことでしょう。
清原和博氏の登壇で話題になりここでも取り上げた「誤解だらけの“依存症”in東京」の開催など、専門家による地道な啓もう活動を通じて「薬物依存症は病気であり、必要なのは治療である。当事者を追い込んだり孤立させたりするのは、本人の更生のためにも薬物犯罪を減らすという意味でも逆効果」という認識が少しずつ広まってきました。映画を公開するかどうかとそのへんの話とは、ちょっと距離があるかもしれません。ただ、なかったことにしようという風潮に一石を投じたことは、大きな意味があります。
アッパレな決断をした東映に敬意を表し、映画を応援する意味を込めて、「麻雀放浪記2020」の宣伝コピーをご紹介します。よかったら公式サイトをのぞいて、まず最初に表示される「公開について」の説明文や、主演の斎藤工のインパクトに満ちた顔や、作中で出目徳を演じる小松政夫による淀川長治のモノマネ解説も、ぜひご堪能あれ。
1945年の【戦後】から2020年の【戦後】へ突入したギャンブラー
――奴が見た世界とは?
ボーッと生きてんじゃねぇよ、ニッポン!
【今週の教訓】
ただ批判したいだけの批判を気にするのは怠慢で不誠実な姿勢