2015年第28回東京国際映画祭<日本映画スプラッシュ部門>で、作品賞を受賞。同年の新藤兼人賞銀賞も受賞した自主映画『ケンとカズ』で多くの映画ファンの度肝を抜いた小路紘史監督が、8年の時を経て新たに生み出した待望の新作『辰巳』(たつみ)が、満を持して公開となります。
タイトルロールである主人公・辰巳役は、繊細かつ骨太な芝居で近年国内外で評価も高く、放送中の朝ドラ『虎に翼』のクズ夫役も記憶に新しい遠藤雄弥さん。懺悔にも近い悲しみを抱え、希望なき世界を所在なく生きる辰巳の生き様を、リアルな表現力でスクリーンに焼き付けています。
そして小路監督曰く「日本的なものを極力排除した」という本作は、日本のリアルな裏社会を描きながらも無国籍ムードが全編に漂うフィルム・ノワールに。今回、おふたりの出会いから独特な熱い撮影現場、そして5年という月日を経て作品が帯びたメッセージ性などをうかがいました。
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●おふたりは今回の『辰巳』で初めてタッグを組まれたのでしょうか?
遠藤:もちろん『ケンとカズ』を拝見していて、実は小路監督とは別の現場ですれ違ったことはあったのですが(笑)、今作で初めて主演と監督という立場で仕事をさせていただきました。
小路:『辰巳』のオーディションが2019年だったので、もう付き合いとしては5年くらいなので、長い関係性になりました。
●それだけの期間を経ての公開となり、今の心境はいかがですか?
小路:もちろん公開を心待ちにしていたのですが、あまり実感がないんですよね(笑)。自分で宣伝などで手を動かしていると不思議なもので。
遠藤:今回の2作目も自主映画というスタイルで制作していて、小路監督はとてもこだわる方なんです。この5年間『辰巳』に対して向き合っていることは僕ら知っているし、再撮影、追撮影、ご自身で編集もされたりするので、そんな大切な作品がようやく公開されてよかった。という気持ちが僕自身も強いです。
小路:みんなで丁寧に作っていったので、みんなの力で実現しました。
●無国籍ムードが全編に漂うフィルム・ノワールという説明が公式にありますが、確かに骨太で見応えのある人間ドラマにも引き込まれました。
小路:ありがとうございます。映画館のスクリーンでかけることを目指して一生懸命作った作品なんです。なので配信ではなく、映画館で体験してほしい作品です。
遠藤:日本映画にありそうでなかった作品になっていると思います。主観的な想いもありますが、5年前のオーディションから始まって大切な人たちと作り上げました。映画監督ってこんなにも知らないところで身を削って作品を作っているのかと、そんな素敵な小路監督にみんなが惚れこんでついていった。なので劇場で何かを感じ取っていただける作品になったと思います。
●そして照明や撮影も本当に重厚で、日本のロケ地だとは思いますが、まるで海外の映画を観ているような迫力や奥行き、臨場感を感じました。
小路:撮影の山本周平が、照明などで技術的に映画をよくしていこうということをめちゃくちゃ考える人なんです。本来ならやり方が違うのですが、彼が全体のスケジュールを切り、どれだけ時間が必要かを考えてもらうんです。そうとう撮影に時間がかかるのですが、それはみんなで覚悟して。本当にすごい映画を撮るんだという雰囲気はありましたね。
●なるほど、言ってみれば作品ファーストの撮り方なんですね。
小路:せっかく自主映画でやるのであれば、言いわけが出来ない映画を撮ろうと。そういう空気はありました。衣装もみんなで買いに行きました。
遠藤:両国の古着屋さんですね。小路監督のおめがねに叶う、役にぴったりの衣装が安く手に入りました。衣装合わせが古着屋さんという、一日かけてキャストひとりひとり。お店に協力してもらって楽しかった(笑)。
●ちなみにこれだけの熱量の映画人たちが集う時って、最初の出会いはどういう感じだったのでしょうか?
遠藤:実は最初、辰巳役ではなく、倉本朋幸さん演じる竜二の役を受けたんです。オーディションに行って竜二を演じたら、「この後遠藤さんお時間ありますか?」と小路監督に言われ、東銀座のルノアールでお話をしましょうということになり、そこで「ぜひやりましょう」とおっしゃってくださって。あんまりそういうことはないことなので、うれしくてうれしくて。一生忘れられないルノアールのお茶になりました(笑)。
小路:どこの席に座ったかも覚えています(笑)。僕も相当慎重にキャスティングしていましたので、普段はそんなことはまずないことなので、生まれて初めてその日に遠藤さんにお願いしました。1500人の応募があったなか、初めて唯一、完ぺきだった。遠藤さんしかあり得ないという芝居をしてくれて。それでも慎重に考えましたが、満場一致ですぐ言おうと。
●遠藤さんは、近年では『の方へ、流れる』(22)に主演され、カンヌ国際映画祭「ある視点」に出品、仏・セザール賞で4部門にノミネートされた話題作『ONODA 一万夜を越えて』(21)での評価も高いですが、俳優としての魅力はいかがでしょうか?
小路:撮影が終わり、5年ほどのお付き合いになりますが、役者としての芝居は13歳から培っている技術があるので上手いですし、大前提として生き方がかっこいいんです。人と接している時に真摯に受け答えをしていて、人間の基本的なことを私生活レベルで磨いている方。普段からそういう生き方をしているものが、そのまま辰巳というキャラクターに反映させられている。生き様が役者ということはなかなか出来ないと思うんです。もう松田優作みたいな。
遠藤:それ、「男おばさん!!」に出た時に番組の笠井信輔さんと軽部真一さんが仰ってくださっていたことの引用じゃなですか(笑)。
小路:そうですね(笑)。
遠藤:こういう小ボケもある面白い方なんです(笑)。
小路:ただ、本当に役者はウソをつけない商売で、人となりが画面に出ると思うんです。遠藤さんを見習ったほうがいいとワークショップでもいつも言っています。珍しい方だと思います。
●最後になりますが今回の『辰巳』、改めてどのような作品になったと思いますか?
遠藤:彼のように生きる目的を失っている人は、社会問題としてあるような気がしています。僕としては身近にも目的がない人がいたり、世の中で普通になっていること、それを『辰巳』を通して感じてもらいたいかなと思います。彼は最愛の人を失って、希望もないままダーティな世界に生きていますが、彼が葵(森田想)と出会い、彼女を救うことが明日を生きる希望かも知れないと、そちらのほうに引っ張られていく。それは現代を生きるみなさんにも何かしら刺さるといいなと思っています。
小路:振り返ってみて、遠藤さんが言われたようなこともあるなと思うことは多々ありました。撮影前はシーンの意味、アクションの意味について話していましたが、終わって俯瞰してみると、5年経った今では、思いもよらなかったいいキャラクター像になっている。もともと僕は古典を作りたいなと思っていて、古典は押し付けではなく、後からその人の解釈で意味が変わっていきますよね。いろいろな方が観た時に、その時で解釈されていくのがいい映画だなと思う。そういう映画が出来たのではないかなと思っています。
■ストーリー
裏稼業で働く孤独な辰巳(遠藤雄弥)は、ある日元恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇する。一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて、命からがら逃げる辰巳。片や最愛の家族を失い、復讐を誓う葵は、京子殺害の犯人を追う。生意気な葵と反目し合いながらも復讐の旅に同行することになった辰巳は彼女に協力するうち、ある感情が芽生えていく。
(C) 小路紘史
2024年4月20日(土)公開
(執筆者: ときたたかし)