杉咲花を主演に迎えた成島出監督最新作『52ヘルツのクジラたち』 (配給:ギャガ)が 3 月 1 日(金)より全国公開となります。
町田そのこによる原作「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)は、2021 年の本屋大賞を受賞し、累計発行 部数100万部目前の圧巻の傑作ベストセラー小説。<52ヘルツのクジラ>とは、他の仲間たちには聴こえない 高い周波数で鳴く世界で1頭だけのクジラのこと。しかし、そんな「世界で最も孤独なクジラ」たちにも、その 声なき声に耳をすませてくれる相手がきっといる。その声はいつか届く─。
本作を手がけた成島出監督にお話を伺いました。
※ネタバレではございませんが、インタビューでは登場人物たちの環境や設定について詳しく触れています。
――本作楽しく拝見させていただきました。原作を読んだ時の感想、どの部分に特に感銘を受けましたか?
ヘビーなお話なんですけど、1つ1つのエピソードが大きな力を持っていて、これは確かに本屋大賞を取るよなと思いました。重いテーマを描いているのに、エンターテイメントとしての捌き方が本当に見事だなと感じました。
――俳優さんたちの表情がとにかく素晴らしかったです。監督がおっしゃった様に重いシーンも多いですが、みなさんが演技をしやすいよう工夫したことなどはありましたか?
杉咲さんが貴瑚という役を受けてくださってから、シナリオを作って行く過程でたくさんのキャッチボールをしました。児童虐待やアウティングなど、どの題材も重いので、彼女も「本当に痛みとか実感みたいなものが持てないと演じることが難しいと思う」と話していて、それは事前に準備してこうとたくさん話をしました。「このシナリオをこう直そう」とかそういうことですね。
志尊さんもトランジェンダーを演じるにあたって、「自分がこの役を本当に受けていいんだろうか」という気持ちがあったので、色々なお話をしました。トランスジェンダー監修をしてくださった俳優の若林佑真さんと本当に二人三脚で安吾という役柄を作っていってくれました。
宮沢さん演じる主税は、単純な暴力性ではなくて深みのある人間性が欲しいという話をしました。物語にとってとても重要な人物なので、1週間のリハーサルをして、とことん納得出来るまで練習して。「ここはもうちょっと突っ込んだ方が良い」「そこはちょっと引いた方がいい」とかそういった話をみんなでしながら、現場に入る前に“線引き”を決めたんです。現場では、その決めた線に対して、全力でぶつかる。叫ぶなら叫ぶでとことん怖い表情になっていく、その表情一つを撮るまでに長い時間をかけました。
――皆さんとしっかりとお話をしてからこその素晴らしいシーンの数々なのですね。
事前にたくさん時間をいただけたので、それはすごく助かったし、現場では彼女、彼たちは、 そこのゴールに向かって思い切り突っ走れたと。迷いなくね。やっぱり迷うと表情に出るんです。迷っている方が良い芝居になる時もあるんですけど、今回の場合はストレートさが必要だったので、みんなで同じゴールを探していました。
――居酒屋で貴瑚が初めて自分の悩み明かすシーンは本当に震えました。監督が撮影や編集をしていて、自分の想像以上だったなっていうシーンがあれば、教えていただきたいです。
基本的にはみんなリハーサルをしっかりやって「これで行こう」となるんですね。あの居酒屋のシーンもそうです。
アンさんが酷いことを言われるシーンで、1回目のリハーサルの時に志尊くんが本番全く同じ様に声を上げてのた打ち回ったんですよ。「リハーサルにも全力でぶつかろうね」と言ったものの、その迫力にさすがにビックリして印象に残っています。
そのシーンは下品に粗い言葉で言うんじゃなくて、丁寧な言葉なんだけど慇懃無礼でとんでもないことを言っている、人を殺してしまうようなことを言っていて。それを受けた時のあの雄叫びが僕はやっぱり切なく。そのシーンがあるから後の結末も、彼の悲しさも、“叫び”がちゃんと引っ張っているなと思います。杉咲さん、志尊くん、宮沢くん、みんな若いけれど、すごいなと素直に感じました。僕の想像以上にみんなやってくれています。
――そういったシーンの数々は、監督にとってもパワーを使うものだったのではないかと思います。
とにかく東京編がきつかったので、その後、大分に行った時に精神的に本当に楽になりました。ポスターの写真にも使われているこのテラスを作ってもらって、ここに貴瑚とアンさんと愛(少年)にいてもらいたいと思ったんですよね。アンさんと愛が来てくれた時には本当になんかほっとして。ああ、大分に来て良かったって。それは僕だけじゃなくてみんながそうだったと思います。
――空気がガラリと変わりますものね。
ほぼ順撮り(シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める方法)に近い形で撮れたこともすごく良かったなと思っています。
――少年役の桑名桃李さんも素晴らしかったですね。オーディションでの起用かと思いますが。
最終的に何人か残った時にカメラテストをして。桑名くんの髪型がすごく良くて。長い髪の毛は原作では「虐待で髪を切ってもらえない」という設定なのですが、映画では大切に想っているチヨちゃんという子のために、ヘアドネーションをしているという設定に変えさせてもらいました。桑名くん本人がヘアドネーションをしているので。貴瑚と美晴が髪を伸ばしている真意が分かるのと同時に、観客にも分かっていただけるという。セリフがない分だけ、彼のその意思がそこに現れている。言葉の代わりに色々な感情を込めています。
――監督は『ソロモンの偽証』などでもそうですが、少年少女の描き方が素敵ですよね。
特に意識していることではないのですが、演じるのを見ることが好きなんですね。演じる人がやっぱり好き。性別年齢関係なく、その役を愛さないと作品が撮れないものだから、子役だからといって手を繋いで散歩する、とかではなくて、そういう役に対する気持ちの問題かなと思います。
――成島監督はこれまでもたくさんの名作小説を素晴らしく映像化されてきました。 本作の映像化で一番こだわった部分と、これまでの作品と比べて難しかったなどの部分はありますか?
小説で描かれているヘビーな内容を2時間の映画にした時に、「面だけで作った物」にしたくないなと思いました。どうしても足りない部分はあるかもしれないけれど、ちゃんと地に足がついたものにしたいという足掻きでした。セリフと肉体だけでどこまで伝わるか、嘘っぽくならないか、安くならないかっていうことを苦しみましたね。10時間ぐらいあれば悩まないのですが、2時間という制約の中で描くことは大変でした。時間をかけてキャストの皆さんがこの痛みを、本当に自分の中に落としてくれた、自分の肉体の表現としてくれたので感謝しています。
――今日は素敵なお話をありがとうございました!
『52ヘルツのクジラたち』
3月 1日(金) TOHOシネマズ 日比谷他全国ロードショー
<STORY>
傷を抱え、東京から海辺の街の一軒家へと移り住んできた貴瑚は、虐待され、声を出せなくなった「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。かつて自分も、家族に虐待され、搾取されてきた彼女は、少年を見過ごすことが出来ず、一緒に暮らし始める。やがて、夢も未来もなかった少年に、たった一つの“願い”が芽生える。その願いをかなえることを決心した貴瑚は、自身の声なきSOSを聴き取り救い出してくれた、今はもう会えない安吾とのかけがえのない日々に想いを馳せ、あの時、聴けなかった声を聴くために、もう一度 立ち上がる──。
<STAFF&CAST>
原作:町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)
監督:成島出
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、牧岡美晴、小野花梨、桑名桃李、余貴美子、倍賞美津子
主題歌:「この長い旅の中で」Saucy Dog(A-Sketch)
配給:ギャガ
(C)2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
公式サイト:https://gaga.ne.jp/52hz-movie/