「幸せになる香り」を放つ新種の植物をめぐるスリラー『リトル・ジョー』が現在公開中です。「幸せになる香り」を放つ植物リトル・ジョーを開発した研究者・アリスは、息子のジョーと暮らすシングルマザー。花の香りを嗅いだジョーが奇妙な行動をとるようになり、またリトル・ジョーの花粉を吸い込んだアリスの助手クリスもいつもとは違う様子を見せ始める。姿形は変わらないにも関わらず、何かが少しずつおかしくなっていく。その違和感は、果たしてこの植物がもたらしたものなのか?
監督はミヒャエル・ハネケの助手を務め、『ルルドの泉で』で注目された気鋭監督ジェシカ・ハウスナー。異色のスリラー作品を作り上げた、ジェシカ監督のインタビューが到着しました。ちなみに監督は「陰謀論、分かりやすくいうと日本の『ムー』的な話を調べたり読むのが好き」とのことですよ。信頼出来る!
【ストーリー】
バイオ企業で新種の植物開発に取り組む研究者のアリス(エミリー・ビーチャム)は、息子のジョー(キット・コナー)と暮らすシングルマザー。彼女は、見た目が美しいだけでなく、特殊な効果を持つ真紅の花の開発に成功した。その花は、ある一定の条件を守ると、持ち主に幸福をもたらすというのだ。その条件とは、1.必ず、暖かい場所で育てること、2.毎日、かかさず水をあげること、3.何よりも、愛すること。会社の規定を犯し、アリスは息子への贈り物として花を一鉢自宅に持ち帰り、それを“リトル・ジョー”と命名する。花が成長するにつれ、息子が奇妙な行動をとり始める。アリスの同僚ベラ(ケリー・フォックス)は、愛犬のベロが一晩リトル・ジョーの温室に閉じ込められて以来、様子がおかしいと確信し、原因が花の花粉にあるのではと疑い始める。アリスの助手、クリス(ベン・ウィショー)もリトル・ジョーの花粉を吸い込み、様子がいつもと違う。何かが少しずつおかしくなっていくその違和感は、果たしてこの植物がもたらしたものなのか…。
■監督は本作を「人の中に存在するその“奇妙なモノ”の比喩」と話していますが、そのような作品を作ろうと思ったきっかけはあるのでしょうか。
ジェシカ・ハウスナー監督:家族とか子供とか恋人とか、近くてなんでも理解しているなと思っていたとしても、本当はどこまで知っているんだろう?と感じたりする。そうした考えから始まっています。映画の中でもジョーがだんだんと成長していって、アリスと距離を取り始めたりしますが、ジョーに限らず世の中の親子にはそういうことがあると思うし、恋愛においてもお互いの気持ちがちょっと変わっていって、パーソナリティ自体が変わっていくこともある。つまり「人」というのを一つのパーソナリティとして私たちは捉えがちだけど、そうじゃない。その人の事を果たしてどこまで理解しているのか。他人の場合、あるいは自分自身のことでさえもわからないわけですよね。だから私たちは人生を通して人と「近い」と思えることは一瞬でしかないし、もしかしたらその瞬間でさえも私たちが勝手に頭の中で作り上げたものかもしれない。そういう気持ちが“奇妙なもの”の比喩になっています。
■目に見えないものが人を侵食していくという描写が、奇しくもコロナウィルスと通じる部分がありました。監督自身驚かれたのでは無いでしょうか。
ジェシカ・ハウスナー監督:驚きました。みんなマスクをしているというビジュアルが似ていて。撮影で使ったマスクが残っていて、家にもまだあるからストックは十分という感じなんですが、例えばコロナの物語を映画にしたら、比喩という点で『リトル・ジョー』と同じようなストーリーを作れると思う。本作は汎用性のあるシンプルなSFだと思っているんです。
■「花」の写し方が綺麗で不気味で印象的でしたが、こだわった部分を教えてください。また、奇妙なモノの比喩を花にした理由は何ですか?
ジェシカ・ハウスナー監督:まず赤色は絶対だと決めていました。赤は愛、そして危険のシンボルでもあって、リトル・ジョーの花もその二つの要素を持ち合わせているから。デザイン的にはメカニズムとして<閉じたり開いたりできる>ということが重要でそれはちょっと怖いじゃないですか。人間みたいに開いたり閉じたりして花粉を表現できる、そこから霧散することができる、動くことができる。
■監督はハネケ監督に師事していたそうですが、日本にはハネケ作品を「後味が悪いけどなぜか観てしまう」というファンがたくさんいて、本作にもそういった面白みを感じる人が多いと思います。本作の結末へのこだわりを教えてください。
ジェシカ・ハウスナー監督:このエンディングにすることはとても重要でした。脚本を書く時はエンディングが決まらないと書き出せないタイプなんです。今回も最初から物語の終わり方というのはとてもクリアで、この終わり方は最初から決めていました。だからある意味これはハッピーエンドだし、最初からそのつもりだった。映画の中で描かれている全ての恐怖心や不吉さだったりぎこちなさであったりネガティブなものが、結果的に彼女が幸せを獲得する理由になっているのよね。ちょっと言い過ぎたかな(笑)。
■主演のエミリーさんがカンヌ映画祭で女優賞を受賞して、どんな反響を得ましたか?
ジェシカ・ハウスナー監督:このアリスという役は、大きな賞、特に女優賞をもらうような典型的な役ではない。いわゆる涙をすごく流したり、感情を爆発させるようなタイプの役じゃなくて、これは自分自身、わざと真逆をいくようなキャラクターにしたかった。この映画で感じてもらいたい感情というのは、不安であったり、不吉さからきているものであったり、ダークなユーモアも混ぜたかった。そこでエミリーがぴったりだったのが、色々な事を感じているのはわかるんだけど、感情を他人には見せないということができる女優だったから。見事に演じてくれたと思う。受賞に関してはポジティブなことだったし、大きなリスペクトを感じました。
■本作を通して観客に一番伝えたいことを教えてください。
ジェシカ・ハウスナー監督:他人と近づくということは、もしかしたら不可能かもしれない。そして、実際に近づけたとしてもそんなに長くないかもしれないということを、人は理解していかなければいけない。それがこの作品の核にあります。そういうことを反芻するということがすごく大切なことだと思っていて。だからといってネガティブなこととは捉えていない。ユーモアを持って反芻することが大事。笑顔で「人間ってこうよね」と見て欲しい。私たちは自分のことを重要な存在なんじゃないかと真剣に捉え過ぎてしまう。自分を「求める気持ち」を強く持ってしまう。でも、そういうのは実は無益だったりするわけですよね。そのことを私たちは受け入れなくてはいけないと思います。
『リトル・ジョー』
7月17日(金) アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー
監督:ジェシカ・ハウスナー『ルルドの泉で』
出演:エミリー・ビーチャム、ベン・ウィショー、ケリー・フォックス、キット・コナー 他
配給:ツイン
(C) COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH
BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019
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