首から内臓をぶらさげた女の生首が、プカプカと宙に浮かんでいる――
そんな強烈なビジュアルを持つ、東南アジアに伝わる伝統的な幽霊“首だけ女”=ガスー。ガスーにまつわる数奇な運命を背負った少女二人を描く映画『ストレンジ・シスターズ』が、映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020」で3/6より上映となる。
母親同士が姉妹で、さながら本当の姉妹のように育てられたモーラーとウィーナー。ガスーの血を引き、いずれガスーになってしまうかもしれないモーラーと、彼女を守るために幼い頃から呪文や法術、格闘技術を仕込まれてきたウィーナーは、固い絆で結ばれていた。しかし、成長したモーラーの周辺に、不穏な影が忍び寄る。モーラーの母スロイをガスーへと変え、ウィーナーの母を亡き者としたガスーの姉妹が、モーラーを狙って動き出していたのだった。
本作を手掛けたのは、意外にも『マッハ!』『トム・ヤム・クン!』などのアクション映画で知られるタイの名匠プラッチャヤー・ピンゲーオ監督だ。
『ストレンジ・シスターズ』は2019年の東京国際映画祭で『Sisters』のタイトルで先行上映されており、その際来日したピンゲーオ監督に、日本ではあまり馴染みのないガスーという存在、そして本作についてお話を伺うことができた。監督に語っていただいたガスーの基礎知識は、映画を観る前に読んでおくと作品の理解がより深まるはずだ。
ちなみにピンゲーオ監督がお召しになっているのは、フロントに首だけ女があしらわれた本作の特製Tシャツである。
素敵すぎます。
プラッチャヤー・ピンゲーオ監督インタビュー
――ガスーについて、詳しく教えていただけますか。
ピンゲーオ監督:ガスーというのは、タイ人のあいだで語り継がれている幽霊の種類なんです。タイの近隣諸国――たとえばカンボジアだとかマレーシアにもいると言われています。大体が年配の女性の幽霊で、頭を体から外して、頭と内臓がくっついた状態で宙に浮いて移動します。彼女たちは夜しか移動できないんですが、その際にピカピカ光るんです。
ガスーは暗いうちに活動して、夜が明ける前に自分の体に戻らなくてはいけません。というのは、太陽の光に当たると死んでしまうから。ガスーが自分の体から離れているときに、本体を隠したり焼き払ったりすると、ガスーは死んでしまいます。
ガスーが夜中に何をしているかというと、食べ物を探しに行くんですね。ガスーの好きなものは、出産のときに出てくる“胎盤”です。なので、出産した家があるとそこを訪ねていって胎盤を食べるんです。昔のタイの家というのは高床式で、一階部分には何もなくて二階が住居になっているんですが、ガスーを恐れる人々は、その一階部分に棘のある木を敷き詰めておくんです。そうするとガスーが怖がって逃げていくんですね。
ガスーは胎盤以外にも、人間の糞便やカエルを好みます。ガスーが村々をまわって落ちている糞便を食べるんですが、食べたあとに外に干してある洗濯物で口を拭くと言われているんです。今回の映画でも最初のほうで洗濯物に汚れがついているシーンがあります。それは、「この村にはガスーがいる」という暗示的なシーンなんです。
ガスーは女性しかいませんが、ガスーの男性版の幽霊がいて、それはガハン(Krahang)と言って、ガスーと夫婦になることもあります。ガハンは頭が外れたりはしませんが、お米を洗うようなザルを両腕につけていて、それで飛ぶんです。でも私はガハンは全然好きじゃないので映画には一切出していません(笑)。
――(笑)。映画の題材にガスーを選んだ理由はなんだったのでしょうか。
ピンゲーオ監督:子供の頃、幽霊がとても怖かったんです。ガスーを題材にした怖い漫画があって、のちにその漫画が映画化されたんですよ。14歳か15歳のころだったと思いますけど、映画館に観に行ったんです。上映最終日だったせいか、映画館には私ともうひとりの男性の観客しかいなくて、それぞれ離れて座っていたんです。でも、幽霊が大暴れするものすごく怖いシーンになったときに、お互い顔を見合わせて、いつの間にか隣に座っていたんです。映画が終わってから「怖かったよね」と言い合って、友だちになったという思い出があります。
子供の頃から映画監督になりたかったんですが、どんな映画を撮りたいかは決めていなかった。どんなジャンルの映画でもいいから撮ってみたいと思っていました。大人になって映画を撮る機会を得て、そこで「ガスーを映画にしたい」と思いついたんです。実は『マッハ!』(2003)とガスーの映画は同じ時期に企画がもちあがっていて、どうしてもどちらかを選ばなければいけなかった。主演のトニー・ジャーの予定が合ったのもあり、そのときは『マッハ!』を先に選んだんです。もうひとつ、ガスーを描く上ではどうしてもCGを使わなければなりません。当時は今ほどCGの技術も進んでいなかったので、CGの進化を待つ意味でも、ガスーを後にしたんです。
――タイではよく知られている幽霊をいま改めて題材として描く上で、どういう工夫をされましたか。
ピンゲーオ監督:私ももう60歳近いですし、お化けの存在というものは信じなくなりました。お化けが引き起こしたとされる現象は、科学的な理屈を説明できてしまう。でも、子供のときは信じていたし怖かったんですよね。ガスーというのは伝説的な存在で、すでに色んな設定があるものなので、そこにリアリティや科学的根拠を付け足そうと思いました。
ガスーがグループで生活していて、そのガスーのなかにリーダーがいる。体を持っていないガスーがひとり出てきますが、太陽に当たると生きていられないので、仲間たちによって暗いところに匿われています。あとは、現代では胎盤を摂取すると美容にいいと言われていますよね。動物の胎盤を使ったスキンケア用品が売られているでしょう。なので、そういった科学的根拠をもとに、胎盤を食べるガスーが若々しくて美人である、といった演出にしています。迷信+科学的根拠、という感じですね。
――これまでアクション映画を多く撮られてきていて、今回初めてのホラー映画を撮るにあたって、どういうところからヒントを得たのでしょうか。
ピンゲーオ監督:僕が撮るとアクションのイメージが先行してしまうけど、『ストレンジ・シスターズ』はホラー映画として観てほしいと思っています。本作を作るにあたって、『モールス』という映画がひとつのインスピレーションになりました。すごくリアリティのあるホラー映画で、しかも若者の絆を描いていた。“人間らしさ”のあるホラーだと思ったんです。今回の映画ではそういった姉妹の絆を描いてみたいと思いました。この映画には、三世代の姉妹を登場させています。主人公の姉妹、その親の世代、そして別のガスーの姉妹。三世代の姉妹それぞれに、それぞれの絆があるんです。
未体験ゾーンの映画たち2020『ストレンジ・シスターズ』上映日
ヒューマントラストシネマ渋谷
3/6~3/12
シネ・リーブル梅田(予告なし)
4/16、4/17、4/19
未体験ゾーンの映画たち2020公式サイト
https://aoyama-theater.jp/feature/mitaiken2020
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