今回は郷原信郎さんのブログ『郷原信郎が斬る』からご寄稿いただきました。
ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる“経営判断原則”(郷原信郎が斬る)
一昨日(4月3日)午後、産経新聞が、ネットニュースで「カルロス・ゴーン被告を4回目逮捕へ オマーン資金流用の疑い」と報じ、翌日の4日早朝、東京地検特捜部は、ゴーン氏を、保釈の制限住居とされていた自宅で逮捕し、同住居内の捜索で、キャロル夫人の携帯電話、パスポートまで押収した。
これまでも、特捜検察による「暴走捜査」「暴挙」は数限りなく繰り返されてきたが、特に、森本宏特捜部長になってからは、昨年のリニア談合事件で「徹底抗戦」の2社のみを対象に行った捜索の際、法務部に対する捜索で、弁護士が捜査への対応・防禦のために作成していた書類やパソコンまで押収し、さらに検事が社長室に押しかけ「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと恫喝するなど「権力ヤクザ」の所業に近い数々の「無法捜査」が行われてきた。
今回のゴーン氏の「4回目の逮捕」と捜索押収も、常軌を逸した「無法捜査」であり、ゴーン氏弁護人の弘中惇一郎弁護士が「文明国においてはあってはならない暴挙」と批判するのも当然だ。その手続上の問題は、今後、重大な人権問題として取り上げられることになるだろう。
それとは別の問題として、そもそも、このオマーン・ルートと言われる特別背任の事件が、刑事事件として立証可能なのだろうか、という点は、あまり注目されていない。ゴーン氏逮捕を報じるメディアの多くは、「ゴーン元会長による会社私物化が明らかになった」「口座の資金の流れが解明されたことで確実な立証が可能になった」などと検察リークによると思われる情報を垂れ流している。しかし、これまでの捜査の経緯と、経営者の特別背任罪の立証のハードルの高さから考えると、有罪判決の見込みには重大な疑問がある。
今回の検察のゴーン氏逮捕も、追い込まれた末の「暴発」である可能性が強い。
オマーン・ルートの特別背任での逮捕に至る経緯
報道によると、このオマーン・ルートの特別背任というのは、
ゴーン前会長は2015年12月から18年7月までの間、日産子会社の「中東日産」(アラブ首長国連邦)からオマーンの販売代理店「スヘイル・バウワン・オートモービルズ」(SBA)に計1500万ドル(当時のレートで約16億9800万円)を送金させ、うち計500万ドル(同約5億6300万円)を自らが実質的に保有するペーパーカンパニーに還流させた疑いがある。SBAに送金した資金の原資はCEO(最高経営責任者)直轄の「CEOリザーブ(予備費)」で、「販売促進費」名目で支出された。
とのことだ。
「4回目の逮捕」をいち早く報じて捜査報道をリードした産経新聞が、昨日の逮捕後、ネット記事で、ゴーン氏逮捕に至る経緯について【中東「資金工作」解明へ検察慎重派説得 カルロス・ゴーン容疑者再逮捕*1 】と題して詳しく報じている。その中に、検察内部において逮捕が決定された経過について、以下のような内容が含まれている。
*1:「中東「資金工作」解明へ検察慎重派説得 カルロス・ゴーン容疑者再逮捕」2019年4月4日『Yahoo!ニュース』
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190404-00000521-san-soci
(1)検察上層部は、裁判所が特捜部の捜査に厳しい態度をとっていることから、「無理して一部でも無罪が出たら組織が持たない」という理由から、「これ以上の立件は不要」と、オマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だった。
(2)オマーンやレバノンなどに求めた捜査共助では、期待した回答は得られなかった。
(3)特捜部は、中東関係者から事情聴取を重ね、資金支出の決裁文書や資金の送金記録などの関係証拠を積み上げた。
(4)特捜部は、「中東での資金工作の全体像を解明しなければ、サウジアラビア・ルートで無罪が出かねない」と言って検察上層部を説得し、逮捕にこぎつけた。
他社に先駆けて、「逮捕」を報じた産経が、逮捕後いち早く報じたのであるから、検察の現場と上層部との間の動きについて、十分な取材に基づいて書いていると考えてよいであろう。
検察上層部の「慎重姿勢」と特別背任の「経営判断原則」
この中で、まず重要なのは、検察上層部が、「無理して一部でも無罪が出たら組織が持たない」という理由でオマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だったことである。金商法違反事件、特別背任事件のいずれにも重大な問題があり、無罪判決の可能性が十分にあることは、私が、これまで再三指摘してきたところであり、検察上層部の懸念は正しい。そして、検察上層部が、オマーン・ルートの立件に慎重だったのは、特別背任という犯罪の立証のハードルの高さを認識しているからだと思われる。
会社の経営者は、経営上の意思決定をするうえで、資金の支出について広範な裁量権を持っている。その権限は、取締役会の承認等の手続的な制約があり、その手続に違背すると会社法上の責任の問題が生じる。しかし、経営者の決定による支出が「特別背任罪」に該当するかどうかについては、「経営判断原則」が適用され、その支出が会社にとって「有用性」があるか否か、対価が「相当」かどうかという点から、「任務違背」に当たるかどうかが判断される。
三越の元会長とその愛人が会社を食い物にしたとされて特別背任で起訴された三越事件の東京高裁判決(平成5年11月29日)では、「経営判断原則」に基づいて社長の愛人が経営する会社への支出が「任務違背」に当たるかどうかが判断され、一部無罪とされた。この事件での「経営判断原則」の判断枠組みについては、山口利昭弁護士が、ブログでわかりやすく解説している(【日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準*2 】)。
*2:「日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準」2019年1月7日『ビジネス法務の部屋 since2005』
http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2019/01/post-a32c.html
ゴーン氏逮捕後の報道は、ほとんどが「SBAに支払われた資金がゴーン氏側に還流した」ことをもって「会社資金の流用」としているが、特別背任罪に問われているのはあくまで「日産からSBAへの支払い」であり、それが「任務違背」に当たらない限り、結果的にその支払がゴーン氏の個人的利益につながったとしても(「利益相反」など経営者の倫理上の問題は別として)、特別背任罪は成立しない。
上記の産経記事で書かれている「検察上層部の慎重姿勢」というのは、まさに、経営判断原則に基づくと、SBAの支払が「任務違背」に当たると言える十分な証拠がないという理由によるものだと考えられる。
オマーン・ルートの特別背任罪の成否
そこで、日産からオマーンの販売代理店SBAへの支払に「任務違背」性が認められるか否かであるが、これについて、ゴーン氏側は、「SBAへの支払は、毎年、販売奨励金として行っているもので、問題ない」と主張しているとのことだ。
上記の通り、任務違背かどうかは、「経営判断原則」に基づき、「有用性」と「対価の相当性」が判断されることになるが、まず、オマーンでの日産の自動車の販売の一般的状況について、「自動車ジャーナリスト」の井上久男氏が、ヤフーニュースの記事【日産とオマーンの怪しい関係 役員に高級時計をプレゼントも*3 】で以下のように述べている。
*3:「日産とオマーンの怪しい関係 役員に高級時計をプレゼントも」2019年4月4日『Yahoo!ニュース』
https://news.yahoo.co.jp/byline/inouehisao/20190404-00121019/
調査会社によると、オマーンの自動車販売は市場全体で2017年が約14万6000台、18年が約12万4000台とそれほど大きくない。市場規模は日本の40分の1程度だ。その中で日産は17年に2万8000台、18年に2万7000台を売り、シェアは19.2%、21.4%。オマーンではシェア1位がトヨタで、2位が日産、3位が韓国の現代自動車だ。
単純計算して車の卸価格を200万円として、日産のオマーン向け出荷売上高は540億円程度、粗利益は27億円程度ではないか。オマーン市場は将来伸びる可能性があるとはいえ、こんな小さな市場の販売代理店に、日本円で39億円もの大金が流れるのか不思議でならない。
井上氏は、「粗利益27億円」と「39億円」とを比較しているが、年間の「粗利益27億円」と、8年間で39億円の支払いを比較するのはおかしい。1年なら5億になる。通常、販売奨励金は、売上高に応じて算定するはずであり、年間売上高540億円の1%弱という5億円の販売奨励金が特別に高額とは言えないだろう。
上記産経記事では、「資金支出の決裁文書や資金の送金記録などの関係証拠を積み上げた」としているが、オマーンでの日産車の販売に関して一定の実績が上がっていれば、販売奨励金の支払いが、日産にとって有用性がないとは言えないし、対価が不当であったともいえない以上、資金の流れや手続に関する証拠だけでは、「有用性」「対価の相当性」を十分に否定することはできない。
検察は、ゴーン氏が、SBAへの支払のうち500万ドル(同約5億6300万円)を自らに還流させたと主張しているようだ。確かに、正規に支払が予定されていた販売奨励金の金額に、ゴーン氏側への還流分を上乗せして支払ったということであれば、その分は、「経営判断原則」の範囲外の個人的流用となる余地もある。しかし、その点の立証のためには、SBA側から、「当初から、日産が支払うべき販売奨励金に上乗せした支払を受け、それをゴーン氏側に還流させた」との供述が得られることが必要だ。SBA側からそのような供述が得られていないことは間違いなさそうだ(4月5日朝日新聞「時時刻刻」)。
「15億円クルーザー」は本当か
SBAに渡った約35億円のうち、約15億円がゴーン氏のキャロル夫人の会社に還流し、“社長号”なる愛称がつけられたクルーザーの購入代金に充てられているとしきりに報じられているが、この点に関しても、今年2月の時点で、週刊新潮が以下のようにルノー関係者の説明を報じている(【逆襲の「ゴーン」! 中東の販売代理店が日産を訴える理由*4 】)。
*4 「逆襲の「ゴーン」! 中東の販売代理店が日産を訴える理由」2019年2月14日『デイリー新潮』
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/02130800/?all=1
クルーザーは、昨年亡くなったレバノンの弁護士から購入しました。ゴーンは以前からその弁護士と親しかったため、“体調が悪く、もう海に出ることもないから、私の船を買わないか?”と持ちかけられていた。でも、あくまでもポケットマネーで、マリーナなどの契約も引き継ぐためにクルーザーの所有会社ごと買い取って、キャロル夫人の名義にしたとのことでした
この説明のとおりだとすると、「15億円のクルーザー」に関する報道も怪しくなる。それは、あくまで新艇の価格であり、上記のような経緯で、マリーナなどの契約も引き継いだ譲受の実際の価格は、大幅に下回っていた可能性がある。
もちろん、事実関係、証拠関係の詳細は不明だ。しかし、産経新聞が報じているように検察上層部が「慎重姿勢」であった理由を考えてみると、現時点においてもオマーン・ルートの特別背任について有罪立証の見通しが立っているようには思えない。
そのような特別背任の容疑事実で、敢えてゴーン氏を逮捕し、自宅やキャロル夫人に対する捜索押収を行った特捜部には、再度の逮捕でゴーン氏に精神的打撃を与え、自宅の捜索で保釈条件違反に当たる事実を見つけだして保釈取消に追い込むことや、ゴーン氏側の公判準備の資料を押収して弁護活動に打撃を与えること、そして、最終的には、検察に敵対するゴーン氏を自白に追い込み叩き潰すことが目的だったとしか思えない。
上記、週刊新潮の記事では、SBA側の対応に関して、
オマーンに派遣された日産の調査チームは経営者に対し、取引関係の解消までチラつかせてゴーンに不利な証言を求めました。でも、彼はそれを拒絶し、逆に日産に対する訴訟も辞さずと憤慨している。この代理店は売上実績でかなりのシェアを持っており、中東で強い発言力がある。仮に取引解消となれば、他の代理店も追随して離反するかもしれず、日産側も大打撃を被るのは避けられません
と報じている。
検察と日産が結託し、数々の「非道」を重ねている「ゴーン氏追放劇」と「権力ヤクザ」のような捜査は、重大な局面を迎えようとしている。
執筆: この記事は郷原信郎さんのブログ『郷原信郎が斬る』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年4月12日時点のものです。
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