心機一転なんてとても…傷心の姉妹の年末
父・八の宮を失った秋が過ぎ、宇治の山里は雪に閉ざされます。この時期はどこもこんな様子ですが、大君と中の君の姉妹は、今はじめてこの山荘に住んだかのように、父亡き心細さに震えています。
女房たちの中には「いよいよ新しい年が来ますね。心細く悲しい一年でしたけど、春になればまた希望がありますわ」などと言う声も。しかしふたりには、新しい年に心機一転など、到底思えません。
八の宮がいた頃でさえめったに人の訪れない山荘でしたが、今はいよいよ出入りも絶えて、時たま薪や木の実を拾って持ってきてくれる人がある程度。宮が山ごもりしていた頃は行き来のあった阿闍梨も、一通りのお見舞いは下さるものの、今は足を運んでくれることもありません。
それでも寒い折、阿闍梨から炭が送られてきて「長年のお付き合いがこれで絶えてしまうのは心細い限りです」。娘たちも、父がしていた事を思い出し、寒い山寺で修業をするお坊さんたちに、防寒具などを贈ります。
僧侶たちが雪深い山を登っていくのを見ながら、「お父様が生きていらしたら、たとえ出家なさっていても、こうやって行き来があったでしょうにね」。「ほんと。どんなに寂しくても、またお目にかかれたのにね」と言い合って泣いていました。
「おしゃべりだけじゃ我慢できない」思い切って告白してみた結果
薫は「年が明けると行事が多くて、とても宇治には行けないだろう」と思って、雪を踏み分けやってきました。人気の絶えた山荘に、すでに中納言という重い身分の方が気軽に足を運んで来てくれたと思うと、自然とおもてなしにも心がこもります。
大君は、見るも眩しい薫と直接お話するのは気がひけるのですが、女房を介してだと薫が嫌がるので、仕方なく応対にでました。打ち解けると言うほどでもなく、でも以前よりは少し言葉を多くして話す様子、ソツがなく奥ゆかしい感じです。
いつもより口数多く話しかけてくれる彼女に、薫の胸は高鳴ります。(もうこうやってお話しているだけでは我慢できない。僕は彼女のことが好きだ。できれば彼女と結ばれたい!最初は清い気持ちでと思っていたけれど、やっぱりそうもいかないもんだな)。
我ながらあっさり心変わりしたものだと反省しつつ、でもいきなりダイレクトに告白ともいかず、薫はまずは匂宮の事を切り出します。
「匂宮が私のことをとにかくお責めになるんですよ。お前の仲立ちが下手だから恋が進展しないじゃないか、と。どうか、あまり冷たい態度をお取りにならないでください。
宮の女性関係についてはいろんな噂もお聞きでしょうが、宮は情に厚い性格で、いったん本気で愛されたら深く愛しぬかれる方です。僕は宮を幼い頃からよく知っていますから、普通の人が知らない宮のさまざまな一面も見てきているんですよ。
もし、お気持ちがあるのなら僕もできる限りの助力を惜しみません。足が痛くなるほど、京と宇治とを往復しますよ」。
急に匂宮の話が出たので、大君は自分のこととも思われず、ちょっとポカーン。(妹の親代わりとしてお返事しようかしら?)とも思うものの、「なんと申し上げてよいのやら……。まるで本気のようにおっしゃるので、かえってどうお返事してよいかわかりませんわ」と、少し笑って正直に答えます。ちょっと唐突すぎですよね。
おっとりと笑った声も感じよく、薫はドキドキしながら話を詰めます。「宮のご執心は中の君のようですから、あなたご自身のこととしてではなく、お姉さまとして存じ上げていて欲しいというだけなのです。宮へのお返事は、どちらがなさっていましたか?」
大君は(冗談でも匂宮とのやり取りをしていなくてよかった。こう問われて「それは私です!」なんて言わないといけなかったら恥ずかしくて)と思いながら、「私はあなた以外にお手紙を書いたことはありません」。
意中の大君が自分とだけやり取りしていたとわかり、薫は攻めます。「言い訳を聞くとなんだか疑わしいですね。宮をこちらに案内する前に、まずは僕があなたに通いたい」。
これを聞いて大君は不快でした。妹と匂宮の話がいきなり、自分と彼の話にすり替わり、下心を見せてきたのに引いたのです。純粋に父の遺志を守ってくれているわけではなく、実は魂胆があったんだと思うと心外でした。
かといって、いきなり態度をあからさまに変えたりはせず、今どきの女の子たちのように思わせぶりにもしない。鷹揚で落ち着いた性格が薫にはますます好ましく映ります。
(やっぱり彼女が僕の理想の人だ。期待通りの人だ)と薫の胸は高鳴り、端々に自分の気持ちをほのめかせて話しますが、大君はあくまでもそしらぬふりを通すのみ。なんだか独り相撲が気恥ずかしくなってしまい、結局は八の宮の思い出話を真面目に語ることに終始します。告白って(そしてその後の会話って)……難しい!
明けて新年 心機一転したい人びと、変わらない姉妹
日が暮れて来たので、従者たちは薫に帰京を促します。「この山荘でのお暮らしはさぞ心細いでしょうね。僕も京に、静かさだけはここに負けない住まいを持っているのですが、もしそこへ来てくださったらどんなに嬉しいでしょう」。
女房たちはこれを小耳に挟んで(まあ、本当にそうなったらどんなにいいかしら、おめでたいことだわ)などと言ってニヤニヤ。一方、中の君は(みっともないわ。全面的にあの方のお世話になろうなんて、お姉さまも思わないはず)と苦い思いです。
薫はいつぞや自分のいい匂いの染み付いた衣を渡した男にも声をかけてやり、宮の仏間を覗いて感傷に浸ります。しかし従者たちが近くの荘園の者を呼んだので、急に人が増えて大ごとに。お忍び歩きのはずが面倒なことになったと思いつつ、この山荘の警備などもするようにと言いつけて、薫は帰っていきました。
ほどなく年が明け、春らしい光が感じられるようになると、凍りついていた水辺の氷も溶け始めます。例の阿闍梨からはわらびやセリなど、春の山菜が贈られてきました。
女房は精進料理にしながら「こういった旬のものを見ると季節が変わったのがわかって面白いですわね」。
でもふたりは相変わらず(一体何が面白いの。この山菜が、お父様がお山で摘んでくださったのなら、ああ春が来たんだって思えたのに……)と思うばかりです。女房たちの気分と、未だに悲しみが癒えない姉妹との間にはかなり隔たりがある様子。
薫からも、匂宮からも何かにつけて手紙は来ますが、別にどうということもなく、進展のないまま桜の季節になりました。
文通以上の関係を得られないまま1年が過ぎたことに、匂宮は(去年の今頃、宇治に行って桜の枝を介して手紙を送ったのがはじめだったよなあ。あの後に八の宮が亡くなられて……)と思い返し、年も改まったことだしと積極的なアプローチを仕掛けます。
「つてに見し宿の桜をこの春は 霞隔てず折りてかざさむ」去年は立ち寄ったついでというだけだったけど、今年こそはダイレクトに君と!という、そのままのメッセージです。
これを見た中の君は(とんでもない!)と思いましたが、皇子様からの美しい手紙をスルーするのも風情がないと思い、「いづことか尋ねて折らむ墨染に 霞みこめたる宿の桜を」。
こちらは未だに悲しみに沈んでいるのに、一体どこと思って訪ねられると言うのかと突っぱねます。まったく振り向いてくれそうもない様子に、宮は消化不良でモヤモヤ。薫の顔を見るなり不満をぶつけます。
結婚話に火事…男たちを取り巻く身近な異変
薫は宮が焦れているのが面白くて「浮気グセは既にバレバレですからねえ。そんな素行不良では、とてもとても」とニヤニヤ。宮は「本気になれる相手がいないから、あちこち探しているだけだ!」と、説得力のない言い訳です。
でも、気ままな独身ライフを謳歌する匂宮への包囲網は確実に狭まって来ていました。夕霧が最も可愛がっている末っ子の六の君との縁談が現実味を帯びていたのです。
六の君の母は愛人の藤典侍ですが、美人で才能もあるので、今は落葉の宮が母代わりになって六条院で面倒を見ています。母親の身分がモノを言う時代、より身分の高い養母に世話をしてもらうというのは、ちい姫(明石中宮)と紫の上や、玉鬘と花散里などの例でも見られました。
それもこれも、六条院にも部屋のある匂宮と、愛娘に少しでも接点があれば……という夕霧の親心なのですが、肝心の宮はこの話に気がありません。身内同士でときめかないし、夕霧は堅苦しくてうるさいし。第一、そんな窮屈な家の婿になったら、軽い浮気もできそうじゃないし……というわけです。
一方、薫の身辺にもある事件が起きました。母・女三の宮と暮らす三条邸が火事で消失してしまい、ふたりも一時的に六条院に戻ったのです。このためにバタバタし、薫は宇治のことを常に気にかけながらも訪問できない日々が続きます。
普通なら告白後にこんなブランクがあると不安になったり焦ったりするものですが、薫は(僕と大君はいずれ結ばれる運命にあるだろう。だからこそ、彼女の気持ちが固まっていない今、無理して先を急ぎたくない。強引に一緒になるようなことはしないでおこう。僕が亡き八の宮様とのお約束を忘れていないことをわかってほしい)と、実に気長に構えていました。
自分の想いを遂げることだけを目的とせず、相手の意志を尊重しようという薫の姿勢は、彼の父・柏木とは対照的です。これが彼の良いところでもあるのですが、誰もが自分のようにのんびり屋ではないと言うことを、彼はのちのち思い知らされることになります。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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