2月2日(土)公開の香港映画『誰がための日々』(原題:一念無明)は、当時27歳の若手・黄進(ウォン・ジョン)監督が初めてメガホンをとった長編作品。母親の長期介護をへて双極性障害(躁うつ病)を患った主人公・トン(ショーン・ユー)が、かつて家族を捨てた父親・ホイ(エリック・ツァン)と再び共同生活を送る姿を描いた同作は、第12回大阪アジアン映画祭でグランプリを獲得。香港最高の映画賞=香港電影金像奨での助演男優賞、助演女優賞、新人監督賞に、台湾の金馬奨では助演女優賞と新人監督賞に輝き、香港では約2億5,000万円の興行収入を記録するなど、批評・興行ともに成功を収めている。『インファナル・アフェア』のショーン・ユーやエリック・ツァンらスター俳優をキャスティングしたうえ、社会問題を中心にすえた非商業的なテーマで、なぜ若手監督が製作することができたのか? ウォン・ジョン監督自身が、企画成立までの経緯や作品の目的など、こと細かに語ってくれた。
△『誰がための日々』(C)MAD WORLD LIMITED.
――脚本のフローレンス・チャンさんとの出会いから聞かせてください。
大学(香港城市大學創意媒體學院/city university of hong kong school of creative media)時代に、パトリック・タム監督(『レスリー・チャン 嵐の青春』など)の講義で知り合って、そこからずっと一緒です。
――ベニー・チャンさん(『香港国際警察/NEW POLICE STORY』監督など)ともお仕事をご一緒されているようですね。どこでお知り合いに?
学校を卒業してから、フローレンスと『三月六日』という短編を撮りました。その作品で、ジョニー・トー監督と香港藝術發展局(Hong Kong Arts Development Council)が企画する『フレッシュウエーブ2011』というコンペに参加することになりました。製作にはメンター(助言者)として監督が一人ついてくれるのですが、それがベニー・チャンさんだったんです。
――『誰がための日々』も、政府機関である香港電影發展局(Hong Kong Film Development Council)の企画・首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative/FFFI)のコンペを経て製作された映画ですね。どういった経緯で応募されたのでしょうか?
FFFIは今回が第一回目だったので、どういう形で製作することになるのかは、正直知りませんでした。色んな学校から応募作を募っていて、かつての先生であるパトリック・タム監督から「やってみないか」と声をかけていただいたのが、きっかけです。ただ、わたし自身は、こんなにすぐに長編を撮ることになるとは思いませんでした。短編を撮ったことはありましたが、長編については知識も経験もなかったので、ためらっていたんです。でも、タム監督から「監督になるのが目標なら、そのチャンスをみすみす逃すのはもったいないじゃないか」と言われて、決心しました。ある意味で、自分にとっては挑戦になった作品です。
――コンペのために書いた脚本だったのでしょうか?
脚本は、コンペに応募するために書いたものです。もとになったのは、実際に起きたある事件……長期介護の末、中年の男性が父親を誤って殺してしまった、という話です。そんなに大きく報じられたものではなかったのですが、フローレンスは新聞記事を読んで、「なぜ父親を殺すことになってしまったのか?」と疑問に思って、色々と調べました。残念ながら詳細が明らかにならなかったので、新たに物語を創作することにしたんです。その中で、双極性障害の方や長期介護をされている方に取材して、ストーリーを練っていきました。
△『誰がための日々』(C)MAD WORLD LIMITED.
――監督ご自身は、もともと双極性障害という題材に興味を持たれていたのですか?
以前から興味があったわけではないのですが、フローレンスと一緒に資料を集めたり、調べたりしているうちに、香港には双極性障害で苦しんでいる人が多いということがわかったんです。そこで、映画のメインテーマにして、より多くの人に知ってもらおうと思うようになりました。
――脚本を作っていく過程で、主人公の父親をエリック・ツァンさんに当て書きするアイデアが生まれたそうですね。
もちろん、脚本を書いていく中でエリックさんをイメージしたのは確かです。近年のエリック・ツァンさんは、コメディに出演することが多いんですよね。もともとコメディの俳優さんではあるんですが、わたしはエリックさんが真面目な、厳粛な役も上手く演じられる人だとわかっていたので、そういう芝居を観てみたかった。だから、脚本を作っていく段階で彼をイメージし始めて、オファーしたんです。
――エリックさんは、大きな予算の作品にも出演する、スター俳優です。最初から、『誰がための日々』に出演してくれるという確信があってオファーされたのでしょうか?
もともと、エリックさんとは知り合いだったんですよ。短編(『三月六日』)を撮ったときも、エリックさんがプロデューサーとして参加してくれました。エリックさんのもとには、日ごろから色んな脚本が持ち込まれてくるんですが、その中でわたしたちの企画を気に入ってくださいました。製作の経緯も、実は先にお話ししていました。香港政府から200万HKドル(約3,000万円)の出資を受けて製作するものだと伝えていたので、エリックさんはその点(低予算であること)も承知してくれていました。ショーン・ユーさんも同じで、脚本がいいから出演してくれることになったんです。エリックさんとショーンさんは出演料ではなく、映画がヒットした場合の配当金を受け取るという形で出演してくれることになりました。まともにオファーしていたら、おそらく製作費が足りなかったでしょうね。
――ショーンさんには、なぜ出演をオファーされたのでしょう?
エリックさんの出演が決まって、次に息子役を考えることになりました。ショーンさんは、エリックさんとの親子役が、感覚としてちょうど合うと思ったのが一つ。それと、二人とも大変な現場でも頑張ってくれる方だと知っていたのも理由です。ショーンさんは、例えば『軍鶏 Shamo』(ソイ・チェン監督)を観ても、相当大変な中でもやってくれることがわかっていたので。
――『軍鶏 Shamo』のショーンさんは、魔裟斗さんに殴られて気絶したり、大変だったそうですね。
△『誰がための日々』(C)MAD WORLD LIMITED.
ショーンさんが心の中に非常に大きな力を秘めた人だと感じたから、というのもあります。爆発力のようなものを持っている、と漠然と思っていました。『誰がための日々』の、終盤のシーンを観てもらうとよくわかると思います。もともと、ショーンさんとエリックさんが知り合いだったからということもありますが、撮影の早いうちから二人は親子のように見えました。ショーンさんのキャスティングについては、別の作品の撮影現場に行ってオファーしたのを覚えています。「こういう作品があるんです」と脚本を見せると、ショーンさんはすぐに「ギャラはいらない。あとから(配当金を)もらえればいい」と言ってくださったので、非常に感激しました。
――素晴らしいですね。母親役のエレインさんは、どうやって決まったのでしょう?
父親はエリックさん、息子はショーンさんと決まって、次に母親の配役を考えました。あのくらいの年齢で、病に苦しむ、ああいう芝居をきちんとできる女優さんって、実は香港にはなかなかいないんです。観客のみなさんにも、この三人が親子なんだということは、スムーズに理解してもらえるんじゃないかと思います。それくらい適役だと思っていたので、なんとかエレインさんにお願いしたかったのですが……エリックさんと彼女が知り合いだったというのが大きいですね。「オファーしたい」とエリックさんに話すと、すぐに電話してくれました。エレインさんは、本来なら短編の経験しかない、わたしのような新人監督の作品に出てくれるような立場の人ではないんですが、「エリックさんがOKしているから大丈夫だろう」と、引き受けてくださいました。最初にエリックさんの出演が決まったからこそ、キャスティングも撮影も、すべてが上手くいったと思っています。
――お三方とも素晴らしい演技だと思いますが、中でもショーンさんのそれは痛々しくて、観ていて非常に辛そうだと思いました。何かリクエストされたことはありますか?
リクエストや指示ではありませんが、あらかじめ役作りのために、双極性障害の資料をたくさん渡していました。彼にとっても、大きな挑戦になったのではないかと思います。映画の中でも感情の振り幅が非常に大きな役なので、大変だというのはわかっていました。ショーンさんはとても真面目な方なので、事前に資料に目を通して、わたしともディスカッションしながら役を作っていったんですけど……何より撮影日数が16日しかなかったんです。
――それはキツイですね。
普通なら徐々に役を掴んで現場に入るような役なのに、短期間でやるのは大変なプレッシャーだったと思います。あらかじめ勉強してくれていたのと、撮影期間の短さからくる緊張感で生々しく見えるんですが……現場でのショーンさんも本当のそう鬱状態のようになっていました。ショーンさんは撮影が終わった後、「ここにはあまりいたくない」と、自分を元に戻すために海外に行きました。そんな状態で役を作ってもらうのは、本当はあまりよくないことなので、申し訳ないと思っています。
△『誰がための日々』(C)MAD WORLD LIMITED.
――製作に4年を要していますが、どこに最も時間がかかったのでしょうか?
双極性障害のリサーチもそうですが、脚本に一番時間がかかりました。完成までに2年かかっています。自分たちは、脚本がちゃんと出来上がってから撮影に入るスタイルなので。本作の前に、ベニー・チャン監督の『コール・オブ・ヒーローズ 武勇伝』にも脚本で参加しているんですが、そこでは現場で書いたりもしました。だから、そういうやり方があるのはわかっていたんですが、わたしとフローレンスは脚本がきっちり出来上がっていないと撮れないんです。
――双極性障害をテーマにした作品は、コメディを盛り込んで製作されることもありますよね。ところが本作では、真面目に、真正面から双極性障害を描いています。なぜ、ここまでシリアスな作品にされたのでしょう?
双極性障害はあまり認知されていなくて、突然人を傷つけたり、殴ったりしてしまう、危険な病気というイメージを持たれていると思います。でも、実際はそんなことはないんですよね。「双極性障害だから人を傷つける」わけではない。普通の人だって同じように人を傷つけることがあるわけですから。そういった世間の偏った認識を正すために、真正面から捉える必要があったんです。おそらく、この映画で描かれている双極性障害がもっともリアルなんじゃないかと思います。登場する人たちも、双極性障害を持った人が突然暴れ出す狂人だと思い込んでいます。それが、現在の一般的な認識なんですよね。そういう考えを正して、双極性障害についてちゃんと伝えたいんです。
――実際の双極性障害の方が観てもショックを受けないように、配慮したことはありますか?
誠意をもって病気に向き合って、ちゃんと描けば、双極性障害の方が観ても不愉快になることはないと思います。実際に双極性障害の当事者の会や団体で、この映画の上映会をして下さったこともあります。偏った“危険なもの”ではなく、現実に忠実に描けば問題はないと思います。
『誰がための日々』予告(YouTube)
https://youtu.be/0QrJD-FRnPQ
『誰がための日々』は2月2日(土)新宿K’s cinema他全国順次ロードショー。
インタビュー・文=藤本 洋輔
トップ写真=『誰がための日々』ウォン・ジョン監督
映画『誰がための日々』
(2016年/香港/広東語/102分)
原題:一念無明
出演:ショーン・ユー、エリック・ツァン、エレイン・ジン、シャーメイン・フォン
監督:ウォン・ジョン 脚本:フローレンス・チャン プロデューサー:デレク・チウ、ヘイワード・マック
配給:スノーフレイク【ストーリー】
トン(ショーン・ユー)は婚約者のジェニー(シャーメイン・フォン)と家を買い、結婚し家族を作ろうと考えていた。忙しすぎるとジェニーに言われても、施設には入れたくないと、母(エレイン・ジン)の介護を1人でやっていたトン。父は長く家に寄り付かず毎月お金だけを送ってくる。弟はアメリカに行ったきり帰ってこない。母は思うようにならない自身の苛立ちをトンにぶつける。ぎりぎりの状態でトンはうつ病を発症、ある事件を引き起こし、最愛の母を亡くす。1年後、躁鬱病の治療を終えて退院するトンの前に、ずっと会わなかった父ホイ(エリック・ツァン)が迎えに来ていた。2段ベッドを置いた狭い部屋で、父子は暮らし始める。公式サイト:http://tagatameno-hibi.com/
(C)MAD WORLD LIMITED.
―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 藤本 洋輔) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
―― 会いたい人に会いに行こう、見たいものを見に行こう『ガジェット通信(GetNews)』