今回は『日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 小熊みどりさんの記事からご寄稿いただきました。
火星の地震? 探査機インサイト まもなく火星着陸!(日本科学未来館科学コミュニケーションブログ 科学コミュニケーター 小熊みどり)
来たる11月27日(日本時間)、アメリカ航空宇宙局NASAの探査機インサイト(InSight)が火星に着陸する予定です。
Image credit:NASA/JPL-Caltech
5月5日に打ち上げられたので、火星に行くにしては比較的短い旅です。下の画像は10月3日に飛行中の機体から撮影されたものです。火星が見えてきました!
Image credit:NASA/JPL-Caltech
インサイトは、2012年の探査車キュリオシティから6年ぶりに火星表面に着陸する探査機です。下のイメージ図ではプローブを地面に刺していますが、何を測るのでしょうか?地面に置いてある小さいドーム状の装置は何?
インサイトの正式名称はMars Interior Exploration using Seismic Investigations, Geodesy and Heat Transport です。インサイトは名前にある通り、火星の地震、秤動(自転や公転のぶれ)、地中の熱の流れを計測することで、地下数千キロメートルにある火星のコアとマントルの大きさや状態を調べます。ドーム状の装置は地震計、地面に突き刺さっているのは熱流量プローブだったのです。
火星表面の地形や地質は今までにも調べられてきましたが、火星の内部を本格的に調べるのは史上初めてです!
…ちょっと待って、火星に地震(EarthquakeならぬMarsquake)があるのでしょうか?
地球の地震は、ほとんどの場合、地表を覆うプレートが動くことで起こります。プレート同士は押し合ったり、あるプレートが別のプレートの下に沈み込んだりしています。この時にプレートにかかる力が、プレート内にひずみをもたらし、そのひずみが解消されるときに地震が発生します。こうしたプレートの動きはプレートテクトニクスと呼ばれています。
現在の火星にはプレートテクトニクスはありません。火星にあるオリンポス山が2万1000メートルもの高さになったのは、プレートが動かないので同じ場所でマグマが噴出し続けたからだと考えられています(地球のようにプレートが動くと、その動きにしたがって火山列島ができます)。
どうやら火星で地震が起こるメカニズムは地球とは違うようです。
火星で地震が起こる理由の1つは天体衝突です。隕石が地表に衝突したときの衝撃で地面が揺れます。逆に、地震が起こる頻度から天体衝突の頻度がわかります。
地球にも隕石はときどき落ちてきますが、火星は大気が薄いので、隕石は大気圏で燃え尽きずに地表に衝突します。また、海もないので隕石が落ちてくれば地面に穴が開きます。現に、それまで何もなかったところに新しいクレーターができた様子が、現在稼働中のNASAの火星周回衛星マーズリコネッサンスオービターに搭載されたHiRISEカメラで撮影された画像からもわかります。
Image Credit: NASA/JPL/MSSS
このような画像解析の結果から、火星全体で年間200個ほどのクレーターが新しく形成されていると推定されています。インサイトの地震計の結果と照合してみたいですね。
そして、地震波の伝わり方から、火星の内部構造、すなわち地殻・マントル・コアの大きさや状態(固体なのか液体なのか)を推定できます。これは地球でも行われている「地震波トモグラフィー」という手法です。
IPGP / David Ducrosの図をもとに作成
上の図のように、地震波は地殻とマントルとの境界やマントルと核との境界など、性質の異なる物質の境界面で反射・屈折します。また、物質が違うと地震波がその中を伝わる速度は変化します。
地球には世界中に地震計を設置してあります。少なくとも3地点で揺れを計測すれば、震源を特定し、そこから地震波がどのように伝わってきたのかを調べることができます(三点法)。しかし、インサイト1機では着陸地点の1カ所でしか計測できないので、地表面を伝わる地震波(表面波)が火星を周回してきた揺れを全部で3回以上測って震源を特定します(火星には海がないので、大きな地震の場合、表面波は火星を一周して戻ってきます。最短距離で伝わってきた波・逆方向に周ってきた波・1周後・2周後…と複数回測れます)。その上で、表面波と内部を伝わるS波・P波の到達する時間差を測ったり、火星上のいろいろな場所に隕石が落ちてきた時のデータを取って比較したりすることで、内部構造を推定します。
IPGP / David Ducrosの図をもとに作成
岩石でできた惑星(水星・金星・地球・火星。まとめて岩石惑星、地球型惑星ともいいます)のうち、今までに地震波による内部探査が行われたのは、もちろん地球だけです。今回、火星の内部構造を調べることは、火星だけでなく岩石惑星全般について、内部がどうなっているのか、どうしてそのような構造になったのかなどを知る手掛かりになります(ちなみに、月震はアポロ計画の月震計で調べられていて、そのデータは内部構造の推定に使われています)。
実は火星に地震計を設置する試み自体は初めてではありません。40年以上も前の1976年に火星に降り立ったバイキング1号と2号の着陸機にも地震計が搭載されていました。しかし、バイキング1号本体に固定していたロックが外れず使えなかったり、2号のものは探査機の動作や風による揺れの影響を受けたりして、うまく計測ができませんでした。今回はその教訓を活かし、地震計を探査機から離れた地面に置いて計測します。
“Insight”とは日本語に訳すと「洞察力」、物事の真相を見抜く力という意味です。42年ぶりのリベンジで、火星の真相、隠された内部が明らかになるのではないでしょうか。
参考
NASA InSightミッション
https://mars.nasa.gov/insight/
地震計SEIS
https://www.seis-insight.eu/en/
NASA Probe Counts Space Rock Impacts On Mars
https://mars.jpl.nasa.gov/mro/news/whatsnew/index.cfm?FuseAction=ShowNews&NewsID=1472
NASA lander to probe interior of Mars, Science, 2018
http://science.sciencemag.org/content/360/6386/247
Radar evidence of subglacial liquid water on Mars, Orosei et al., 2018
http://science.sciencemag.org/content/early/2018/07/24/science.aar7268
執筆: この記事は『日本科学未来館科学コミュニケーションブログ』より科学コミュニケーター 小熊みどりさんの記事からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2018年12月12日時点のものです。
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