今回は郷原信郎さんのブログ『郷原信郎が斬る』からご寄稿いただきました。
日産幹部と検察との司法取引に“重大な欺瞞”の可能性 ~有報提出に関与した取締役はゴーン氏解任決議に加われるか(郷原信郎が斬る)
「有価証券報告書の虚偽記載」についての疑問
日産自動車のカルロス・ゴーン会長とグレッグ・ケリー代表取締役が逮捕された容疑事実が「ゴーン会長に対する報酬額を実際の額よりも少なく有価証券報告書に記載した金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、2015年3月期までの5年間で、実際にはゴーン会長の報酬が計約99億9800万円だったのに、有価証券報告書には合計約49億8700万円だったとの虚偽の記載をして提出した」ということに関して、当初から疑問があった。
大企業であれば、有価証券報告書は、総務などの担当部門で情報を集約して作成・提出する。その有価証券報告書での役員報酬が過少に記載されていたのであれば、会社の組織の問題だ。それが、なぜ、会長と代表取締役だけの「虚偽記載の犯罪」となるのか。
その後の報道で、ゴーン氏への役員報酬として問題にされたのが、海外での自宅の提供、家賃の負担という話が出てきた。そうだとすれば、日産社内での通常の有価証券報告書の作成のラインでは把握していなかった事実があり、それが役員報酬に該当するにもかかわらず有価証券報告書の役員報酬額に含めずに提出することをゴーン氏が指示あるいは認識していたという場合には、ゴーン氏自身が虚偽記載の刑事責任を問われる可能性があると一応言える。
役員報酬を過少に記載した有価証券報告書虚偽記載であれば、当該「虚偽記載」の部分について、(1)「ゴーン氏への役員報酬の支払の事実」と、(2)「それを認識した上で、有価証券報告書の役員報酬額に記載しなかった事実」の二つの事実が必要となる。
(1)の事実自体が、「非公式に裏で行われた支払」であれば、他の日産幹部には(1)の認識がなく、ゴーン氏やケリー氏のほかごく一部の者だけが(1)を認識していたことになる。そして、他の日産幹部は、(1)の事実を知らなかったのだから、「虚偽」との認識がないまま虚偽の有価証券報告書を作成・提出をした、ということであれば、ゴーン氏、ケリー氏など一部の者だけにしか犯罪は成立しないということも考えられる。
しかし、役員報酬は会社の決算書の記載事項であり、それが有価証券報告書に記載されるものだ。自宅の提供など会社から事実上利益を受けることが、税務上、「役員報酬」として扱われることはあっても、会社の決算書に記載する「役員報酬」になるのか。やはり疑問は払しょくできなかった。
日経一面トップ報道で明らかになった「虚偽記載の内容」
今日の日経新聞の一面トップで、虚偽記載の50億円のうち「40億円分は株価連動報酬」と報じられた。日産は役員報酬として、ストックアプリシエーション権(SAR)と呼ばれる、株価に連動した報酬を得る制度を導入していたが、ゴーン氏にSARで支払われた報酬40億円が有価証券報告書に記載されておらず、東京地検特捜部は、その40億円を、有価証券報告書に記載すべきだったとしているというのだ。
SARというのは、株価があらかじめ決めた価格を上回った場合に、その差額部分の報酬を会社から現金で受け取れる権利だ。記事では「ゴーン会長のSARの不記載に気づいた日産関係者が記載すべきだと指摘したこともあったが、ゴーン氏やケリー氏らは必要ないと拒否していたという」とされている。そして、「11年3月期は開示対象7人のうち6人の報酬に2800万~4200万円分のSARが記載されたが、ゴーン会長は0円となっていた」とのことだ。
この記事のとおりだとすると、事件の性格は全く異なったものとなる。ゴーン氏への役員報酬40億円は、日産から現金で支払われ、支払自体は会社が組織として行っていたということなので、前記の(1)の事実は、会社幹部も認識していたことになる。そして、(2)の不記載の事実は、ゴーン氏個人や一部の者の問題ではなく、日産という会社が組織として決定した記載内容であり、ただ、それを記載すべきか否かについての、ゴーン氏らと会社幹部との間の「見解の相違」ということになる。
また、個別の役員報酬の開示は、監査法人の監査の対象ではないが、それを含む役員報酬の総額は監査の対象であり、ゴーン氏に対するSARの支払を役員報酬の総額に含めないことについては、最終的には監査法人も了承したことになる。
そうなると、この事実を有価証券報告書の虚偽記載として刑事処罰の対象にする場合、SARによる報酬を役員報酬に含めないことを主張したゴーン氏、ケリー氏の刑事責任が重いとしても、他の日産幹部についても刑事責任が問われることは避けられないはずだ。
「司法取引」に対する重大な疑念
ここで、今回、ゴーン氏逮捕の切り札となったと騒がれている「司法取引」というのが、実は、有価証券報告書の役員報酬の過少記載について、会社幹部と検察官の間で行われたのではないかという疑いが生じる。他の会社幹部が刑事責任を問われないことが保証されなければ、検察の金融商品取引法違反の捜査に会社として協力することは考えられないからだ。
しかし、果たして、このような「司法取引」が、刑事訴訟法改正で導入された「日本版司法取引」として許されるものだろうか。この制度は、検察官等への「捜査への協力」の見返りに刑事処罰を軽減するというものだ。「捜査協力」というのは、検察官が知り得ない情報の提供や、新たな事実の供述などであり、単に、犯罪事実を認めることではない(自己の犯罪事実を認めることで処罰を軽減するのは「自己負罪型司法取引」であり、アメリカでは主流だが、日本では導入が見送られた)。
上記のゴーン氏の役員報酬の過少記載では、報酬の発生の事実も、不記載の事実も、客観的に明らかであり、それを犯罪としてとらえるとすると、関与者それぞれの刑事責任のレベルをどう「評価」するかという問題になる。それについて、日産幹部と検察官との間に、ゴーン氏、ケリー氏のみを処罰の対象とし、他の会社幹部は処罰しないという「合意」が成立したのだとすると、それは、「捜査協力と処罰軽減の合意」ではなく、「ゴーン氏、ケリー氏だけを狙い撃つ合意」に過ぎない。それは、本来の「日本版司法取引」とは全く異なるものであり、許容範囲を超えていると言うべきだろう。
検察側も、さすがに、そのことは認識しているはずで、有価証券報告書の虚偽記載について会社「幹部」と検察官との間に「司法取引」が成立したという話は出てきていない。しかし、会社幹部を刑事処罰しないことが約束されていないのに、自分達が関わった犯罪事実を検察に持ち込むという「自爆行為」を敢えて行うだろうか。正式な「司法取引」が成立していなくても、従来から、特捜部等が用いてきた「ヤミ司法取引」が成立していることも考えられる。
いずれにせよ、今回、ゴーン氏、ケリー氏の逮捕容疑となっている有価証券報告書の虚偽記載の事件での「司法取引」には「重大な欺瞞」が行われている可能性があると言わざるを得ない。
有価証券報告書に関与した取締役は「特別利害関係人」に該当する可能性
さらに重要なことは、この「司法取引」の問題は、明日(11月22日)に開催される予定の日産の臨時取締役会でのゴーン氏、ケリー氏の代表取締役の解任議案の議決に影響を及ぼす可能性があるということだ。
取締役会では、特別の利害関係を有する取締役は議決に加わることができない(会社法369条2項)。
ゴーン氏、ケリー氏の逮捕容疑となっている有価証券報告書の虚偽記載に関与した取締役は、その事実で刑事訴追を受ける可能性がある。仮に、日産幹部と検察との間で、
(a)ゴーン氏、ケリー氏についての内部調査結果を検察に提供する
(b)検察は有価証券報告書の虚偽記載で両氏を逮捕する
(c)逮捕を理由に日産取締役会でゴーン氏、ケリー氏の代表取締役解任決議をする
(d)両氏以外に関与した取締役については虚偽記載について刑事処罰しない(刑事立件しない)
との合意が成立していた場合には、両氏が同事実で逮捕され、処罰される可能性があることを理由に解任することで、有報に関与した他の取締役は自らの刑事責任を免れることができることになる。その場合、(d)が「正式な司法取引」であろうと「ヤミ司法取引」であろうと、「特別利害関係人」に該当する可能性がある。
この点については、当該取締役会で、検察との間でどのような協議が行われているのかについて報告を受けた上、特別利害関係人への該当性について十分に検討した上で議決を行う必要がある。もし、そのような問題を無視して解任決議が行われた場合には、後日、ゴーン氏側から訴訟を起こされ、解任決議の無効を主張された時に、決議の重大な瑕疵とされることになりかねない。
投資資金をゴーン氏の自宅購入に使った「疑惑」について
仮に、有価証券報告書に関与した取締役が、ゴーン氏、ケリー氏の逮捕を理由とする解任の決議について「特別利害関係人」に該当するとの理由で、解任決議に加われないとすると、19日夜の会見で西川社長が、内部調査の結果明らかになったとしている「私的な目的での投資資金の支出、私的な目的の経費の支出」を理由とする解任を行うことも考えられる。
とりわけ、前者については、検察当局が「特別背任罪」の立件を視野に入れて捜査していると報じられており、それを解任理由とすることも十分に考えらえる。
しかし、投資資金で海外の不動産購入を購入し、それをゴーン氏が自宅として使用していたとしても、それが会社法の「特別背任罪」に該当するか否かは微妙だ。背任罪(特別背任罪も同じ)は、「自己又は第三者の利益を図る目的、本人に損害を与える目的」で、「任務に違反し」、「本人に財産上の損害を与えること」によって成立する。自宅に使う目的で投資資金で不動産を購入する行為は、「自己の利益を図る目的」で行われたとは言えるだろうが、「損害の発生」の事実があるのか。不動産は会社の所有になっているのだから、その価格が上昇するか、購入時の価格を維持していれば「財産上の損害」はない。海外の不動産の時価評価なども必要となる。特別背任罪の立件は決して容易ではない。
「特別背任罪への該当性」の問題を別にして、内部調査で明らかになった事実が、ゴーン氏、ケリー氏の解任理由となるのか、という観点からの検討が必要となるだろう。
執筆: この記事は郷原信郎さんのブログ『郷原信郎が斬る』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2018年12月02日時点のものです。
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