今回は小林恭子さんのブログ『小林恭子の英国メディア・ウオッチ』からご寄稿いただきました。
英ブレグジット、交渉大詰め 最大の障壁「アイルランド国境問題」とは何か(小林恭子の英国メディア・ウオッチ)
英国の欧州連合(EU)からの離脱=「ブレグジット」=に向けて、交渉が続いている。
大詰めに入った現在、「アイルランドとの国境問題」が最大の障壁になってきた。
改めて、その中身を見てみたい。
参考:「Q&A: The Irish border Brexit backstop」(BBCニュース)
「Q&A: The Irish border Brexit backstop」2018年11月15日『BBC NEWS』
https://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-politics-44615404
英国とアイルランドの関係
「アイルランドとの国境問題」という意味は、地図を見ると納得する。英国の西側に位置するのが、アイルランド島。南部は英国同様にEU加盟国のアイルランド共和国だ。しかし、北の6州は英国の一部で「英領北アイルランド」(あるいは単に「北アイルランド」)と呼ばれている。
なぜ北だけ英国なのか。
歴史をさかのぼると、アイルランド島はお隣の英国(「イングランド王国」)に長年支配されてきた。イングランドによるアイルランドの植民地支配が始まったのは12世紀だ。
18世紀になると、キリスト教・プロテスタント派の国である英国がカトリック教徒が住む国アイルランドを併合。
英国からの独立運動が実を結んだのは20世紀に入ってからだ。1916年、独立を求める「イースター蜂起」がダブリン(現在のアイルランドの首都)で発生するが、英軍に鎮圧されてしまう。第1次世界大戦終了後、アイルランド独立戦争(1919~21年)を経て英愛条約(1921年)が結ばれた。1922年、アイルランドは英連邦内の自治領「アイルランド自由国」として独立した(1949年に、アイルランド共和国に)。
この時、北部アルスターの6州はプロテスタント系住民が大部分で、英国からの独立を望まず、「北アイルランド」として英国にとどまった。
北アイルランドの紛争
北アイルランドではプロテスタント住民が大部分でカトリック住民が少数派という時代が長く続き、警察や政界などの支配層のほとんどもプロテスタント系だった。1960年代に入り、それぞれの宗派が民兵組織を使ってテロや武力抗争が発生した。この紛争で3000人以上が命を落としている。
1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思にゆだねる和平合意(「ベルファスト合意」)が調印され、かつての敵同士プロテスタント系、カトリック系をそれぞれ代表する政治家が自治政府を発足させた。今からちょうど20年前である。
しかし、現在、北アイルランド議会は機能していない。再生エネルギーの利用促進にかかわる補助金の使い方をめぐって議会内で意見が対立し、空転状態が続いているからだ。
それでも、北アイルランドとアイルランド共和国にあった国境検問所が使われなくなり、互いを自由に行き来できるようになった事実は変わらない。1960年代、70年代と比較すれば、夢のような平和が実現していると言っても良いかもしれない。
ブレグジットで困ること
英国もアイルランド共和国も、現在はEU加盟国だ。そこで、EUの関税同盟に入っており、域内の単一市場の一部でもある。「人、モノ、サービス、資本」の自由な行き来が可能だ。
ところが、英国のEU離脱で、困った事態が発生した。英国がどのような条件で離脱するのかについては今まさに交渉が続いているが、離脱後、もし「移行期間」中(2020年12月末で暫定合意)までに新たな関税上の取り組みが決まらず、「交渉決裂」で離脱となった場合どうするか。
つまり、アイルランド共和国はEU加盟のままになっている一方で、英国は離脱となると、アイルランド島の中で、北は非EU、南はEUというそれぞれ異なる貿易圏・市場圏になってしまう。
そこで、北アイルランドと南のアイルランドの間に何らかの「線を引く」必要がある。異なる経済圏になってしまうわけだから、人、モノ、サービス、資本の行き来にはチェック機能が必須だ。
しかし、国境検問所を復活させた場合、つまり「物理的な国境(ハード・ボーダー)」を設けるとなると、国は違えど「EU」という大きなグループの中に入っていた北と南が「(また)分断」してしまい、治安上の懸念(異なる宗派同士の争いの復活の可能性)が出てきたのだ。
では、アイルランド島内では北も南もEUの規則をそのまま適用していこう・・・となったらどうなるか?そうすれば、新たなチェック機能は必要なくなる。
これはまず、北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)が頑として許さない。
というのも、そうなれば、英国の中で北アイルランドだけに別の規則が適用されることになる。英国への帰属を選択した北アイルランドの政治家としては、これは絶対にダメである。地理的にはアイルランド島にあるものの、「自分たちは英国人」と考えるのが北アイルランドに住むプロテスタント系アイルランド人なので、こんな形で「北アイルランドは南のアイルランドとくっついて、一つにまとまっていなさい」と言われても、受け入れられないのである。
交渉ではどうなっているか
離脱を目指して、EU側と交渉を続けている英政府だが、EU側も英政府側も「ハードボーダーは築かない」方針だ。
では、どうするのか?
これまでに、英政府とEU側は「オープンな国境」を維持することで合意している。アイルランド島全体の経済を支援し、ベルファスト合意を守ることも合意済み。しかし、これ以上になると、意見はまとまっていない。
そこで、移行期間中内に新たな関税についての取り組みが決まらなかった場合、EU側が「バックストップ(最後の守り手)案」として提示しているのは、北アイルランドを関税同盟に加盟したままでおくこと(メイ首相は、ブレグジットになれば、英国は関税同盟からも単一市場からも抜け出ると宣言している)。単一市場やEUの付加価値税体制にも、北アイルランドは加盟を維持したまま、とする。これは「北アイルランドだけに適用される」とEUの交渉役ミッシェル・バルニエ氏は述べている。
これでは、アイルランド島と英国本土の間の海に「線」が引かれることになる。英国本土の方は関税同盟も単一市場にも入らないが、北アイルランドのみが一時的にせよ、加盟していることになるからだ。
この案では英国が分断されてしまうので、英政府は拒否しており、代わりにメイ首相が主張しているのは英国全体を一定期間、一時的に関税同盟に入れたままにすること。離脱強硬派としては、この「一定期間」が不安を誘う。いつまでもずるずるとEUの中に残り続けるのではないか、と。
10月14日、離脱担当大臣ドミニック・ラーブ氏はブリュッセルに行き、バルニエ主席交渉官と緊急会談を行った。「交渉がまとまったのか?」と一時報道されたが、結局、明るいニュースは出なかった。10月18日のEUの定例首脳会議でも進展なし。
現在、先を読める人がほどんといない状況だ。
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関連記事
「英・EU、国境問題めぐり急きょ会談 英政府は前向き」2018年10月15日『BBC NEWS JAPAN』
https://www.bbc.com/japanese/45859630
「国内の意見まとまらず、難航する英のEU離脱交渉」2018年10月12日『WEBRONZA』
https://webronza.asahi.com/business/articles/2018101000003.html?page=1
「イギリス「離脱強硬派」が怒りを隠さない理由」2018年9月27日『東洋経済ONLINE』
https://toyokeizai.net/articles/-/239452
執筆: この記事は小林恭子さんのブログ『小林恭子の英国メディア・ウオッチ』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2018年11月23日時点のものです。
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