全世界で約70億円の興行収入を上げるスマッシュヒットとなった映画『search/サーチ』。同作は、失踪した16歳の娘マーゴット(ミシェル・ラー)を捜すため、父親デビッド(ジョン・チョー)がパソコンのフォルダやSNSアカウントに侵入し、事件の真相に迫っていく姿を描いたサスペンスだ。
本作は「全編PC画面上で展開」のキャッチどおり、デスクトップに視点を固定した映像が話題となっている。FaceTimeやスマホのショートメール、FacebookやInstagram、動画SNS、YouTubeなどのデジタルデバイス・アプリをギミックとして活用した臨場感あふれる斬新な映像と、巧みな伏線回収がウリと思われがちだが、実際に鑑賞した方は“ギミック以外”の魅力にもあふれた作品であることに気づいたはず。この記事では、『search/サーチ』に影響を与えた“元ネタ”となる映像作品を振り返りつつ、同作のクリエイターたちが目指したものについて考えていきたい。
「全編PC上で展開」は革新的ではない
まず第一に、キャッチコピーとなっているコンセプト「全編PC画面上で展開」自体は、それほど目新しいものではないということをお伝えしておかなければならない。固定カメラやパソコンなどのデバイスに視点を限定した作品は、古いところでは2006年にはデスクトップスクリーンとwebカメラの映像を組み合わせたインディー映画『Collingswood Story』(日本未公開)が登場しているし、2013年には架空のSNSチャット“The Den”を舞台にしたホラー『デス・チャット』が日本でも公開されている。
『The collingswood story』予告(YouTube)
https://youtu.be/-x-DWZjKWz4
『デス・チャット』予告(YouTube)
https://youtu.be/9R8L6D7nnxo
2015年には、ほぼ全編PC上で展開するスペイン産スリラー『ブラック・ハッカー』(イライジャ・ウッド主演、ナチョ・ビガロンド監督)も登場。
『ブラック・ハッカー』本編映像(YouTube)
https://youtu.be/PnLq_Ft3KaQ
『アンフレンデッド』本編映像(YouTube)
https://youtu.be/lSvgpIbHQkQ
2016年には約1億円の低予算で製作された『アンフレンデッド』が全世界で興収約70億円のヒットを叩き出すことになる。この作品では、視点をデスクトップ上に限定し、Skypeチャットを楽しむ学生たちがひとり、またひとりと謎の死を遂げていく様をスリリングに描いた。このほかにも、低予算のインディーズ映画を含め、類似作品は探せばいくらでもあるだろう。ハンディカメラで撮影された『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』以降、ここ10年でデジタルデバイスを用いたギミックは、少しずつ着実に発展してきたのである。
そして、『アンフレンデッド』でプロデューサーを務めていたのが、誰あろう『search/サーチ』のプロデューサー=ティムール・ベクマンベトフである。映画ファンには、『ウォンテッド』や『リンカーン/秘密の書』の監督として知られてきた人物だが、ここ数年は製作者として全編一人称視点で展開するアクション映画『ハードコア』などのアイデアあふれる作品を世に送り出している。
『ハードコア』海外版予告(YouTube)
https://youtu.be/96EChBYVFhU
ベクマンベトフは、デスクトップのデジタルデバイスやテキストメッセージで物語を進行させていく手法を「スクリーン・ライフ」と名付け、専用の撮影アプリやスタジオまで作った。2018年には自ら監督した『Plofile』や『アンフレンデッド』の続編『アンフレンデッド:ダークウェブ』をプロデュースし、意欲的にスクリーン・ライフ作品を生み出し続けている。『search/サーチ』は、こういった流れの中で生まれた企画の一つだ。
『Plofile』(YouTube)
https://youtu.be/182pyCffVLk
『アンフレンデッド:ダークウェブ』予告(YouTube)
https://youtu.be/tWZMJoWb7ck
元Google社員が選んだ感情表現
ベクマンベトフがスクリーン・ライフシステムを上手く映像化できるクリエイターを探すしていくなか、白羽の矢がたったのが当時Googleの社員だったアニーズ・チャガンティ(監督)と彼の大学時代の同級生セブ・オハニアン(脚本)である。二人は、『アンフレンデッド』の続編として短編製作の依頼を受け、『search/サーチ』のもとなった6分程度の短編用プロットを執筆。スタジオはその出来のよさから、長尺での製作を再提案したが、チャガンティーは長編化によって“90分間のギミックを観るため”の作品になり、感情表現が失われてしまうことを恐れたという。
チャガンティとオハニアンが映像制作において、“感情”を重視していることは、Google社員時代の監督作、あるいは彼が当時影響を受けたコンテンツにもよく現れている。そのひとつが、二人のブレイクのきっかけとなった動画『Seeds [through Google Glass]』である。ある男性(チャガンティ)がアメリカから故郷インドの母親を訪ねるまでを追ったこの2分間の動画は、ギミックとしてはベクマンベトフが製作した『ハードコア』と全く同じ。ただし、男性がインドに到着するまでの感情を、視線の変化や小道具・景色・人物の見せ方で表現しているのが特徴。最後には男性が母親に“あるもの”を渡し、感動的なラストを迎える。わずか2日間で200万回再生されるのも納得の作品だ。
『Seeds [through Google Glass]』(YouTube)
https://youtu.be/nvo6ls7edUQ
『Seeds』の手腕を高く評価されたチャガンティ監督は、Google内の優秀な若手クリエイターを選抜したチーム“Google Five”に招集され、様々な映像表現を学んだという。中でも影響を公言しているのが、2010年にスーパーボウルで流れた広告動画『Parisian Love』である。同じGoogle Fiveのメンバーが制作したこの動画では、ある男性がフランス・パリへの留学を計画する冒頭から、フランス人の女性に出会い、愛を告白し、そして二人の将来に至るまでの物語を、テキストだけで描いていく。ただし、ト書のように状況を書き記すのではなく、Googleの検索窓に入力する単語やその結果、ドラッグ&コピー、予測変換などの細かな機能だけを用いて、見事に心情を表現しているのである。
『Parisian Love』(YouTube)
https://youtu.be/nnsSUqgkDwU
『search/サーチ』には、この『Parisian Love』から派生したと思しき表現が多数見受けられる。通常の映画のセリフに代わり、ベースとなるのはデビッドの表情を捉えたFacetimeでの会話と、SMSやメールによるテキストでのやりとり。カーソルのスピードやこまかな動きで心の迷い、ショートメールでテキストを打つ際には、一度入力したものを送信せずに削除してみたり、怒りのあまり長文を入力したり……と細部にわたるギミックで、あらゆる心情を描いている。『アンフレンデッド』でも一部使用されたこの手法は、『search/サーチ』では分量も増え、バリエーションも広がった。
『search/サーチ』における感情の表現方法は、冒頭のエピローグに凝縮されている。ここでは、父親のデビッドと、娘のマーゴット、母親パムの15年間の喜怒哀楽を、家族写真、携帯動画、カレンダー機能などを使って構成。デビッド一家の誕生から成長、そして死までの歴史を、観客がファイルを開いて振り返っているかのように感じさせてくれる。『カールじいさんの空飛ぶ家』でも使われた手法だが、同じことをデスクトップ上のアイテムだけでやりきってしまうのだから恐れ入る。
『カールじいさんの空飛ぶ家』(YouTube)
https://youtu.be/AyYG0GGvErE
実はオーソドックスな作品のテーマ
『search/サーチ』の物語は、実はそれほど斬新なものではなく、大枠の構造はむしろ古典的と言えるほどオーソドックスなものだ。長編映画の経験が浅いチャガンティー監督は様々な作品を参考にしたというが、その中でも『search/サーチ』との共通点がわかりやすいのが、デビッド・フィンチャー監督の『ゴーン・ガール』(12年)だろう。ベン・アフレック演じる夫が過去を振り返っていくうちに、失踪した妻(ロザムンド・パイク)の恐るべき素顔にたどり着く……という作品である。
『ゴーン・ガール』予告(YouTube)
https://youtu.be/ZmCWW58Ony4
ただし、『search/サーチ』は、娘マーゴットの素顔がSNSを通して明らかになっていくのが特徴的だ。『ゴーン・ガール』で日記や回想シーンで行われていたことを、現代風に置き換えた演出である。ストーキングやアカウント偽装による犯罪、動画拡散でこじれる人間関係など、負の面が強調されがちなSNSだが、『search/サーチ』では陽の面も描かれている。マーゴットは匿名のコミュニティで心情を明かし、共通の趣味を持つ人々と交流し、居場所を見出していたのである。SNSが利用するもの次第で毒にも薬にもなる、ということを描いているのは、なかなか珍しい。
ジョン・チョー演じるデビッドお父さんの感情が、SNSに接することで発露していく点も新しい。デビッドは、シリコンバレーで働くソフトウェアエンジニアであるため、ITリテラシーも高め。娘のアカウントに侵入する程度はお手の物だ。そんな彼でさえ、目まぐるしい速さで発展する動画SNSに翻弄され、思いもよらないしっぺ返しを食らう場面も。娘の新たな一面を知るたびに動揺し、時に暴走してしまうお父さんの純情な姿に、萌えを感じる方も多いのではないだろうか。ちなみに、主人公デビッドのキャラクターは、実際にシリコンバレーでエンジニアとして働いていたチャガンティー監督の父親にオマージュを捧げたものとのこと。
注意深く『search/サーチ』を観てみると、実は「全編PC上」だけでは進行していないこともわかってくる。監視カメラの視点や、ニュース映像、屋外の群衆シーンや空撮など、スクリーン・ライフのコンセプトから逸脱してしまう場面が徐々に登場するのである。チャガンティー監督はこういったシーンを「インディーズ作品ではなく、より洗練された映画として完成させるために」採用したという。「全編PC上で展開」に拘り過ぎず、映画として成立させることを優先しているのである。『search/サーチ』が画期的たるゆえんは、オーソドックスな物語を、感情表現を失うことなく、現代的なギミックを使って成立させた27歳の若き監督チャガンティーの手腕にほかならない。もし、彼がGoogleで働いていなかったら? もし、ベクマンベトフと出会っていなかったら? 一つの要素が欠けただけでも、『search/サーチ』は凡庸な作品になっていただろう。
なお、チャガンティ監督は『search/サーチ』の続編や、必然性のないスクリーン・ライフ作品に興味がないことも明かしている。ベクマンベトフが、今後チャガンティ監督のような才能を見出し、スクリーン・ライフを成功させることができるのか。気になるところだ。
『search/サーチ』予告(YouTube)
https://youtu.be/75D75RG6csA
『search/サーチ』は公開中。
『search/サーチ』
(2018年/アメリカ)
原題:Searching
監督:アニーシュ・チャガンティ
製作:ティムール・ベクマンベトフ (『ウォンテッド』監督・『アンフレンデッド』製作)
脚本:アニーシュ・チャガンティ&&セブ・オハニアン
出演:ジョン・チョー(『スター・トレック』シリーズ)/デブラ・メッシング(「SMASH」「ウィル&グレイス」)/ジョセフ・リー/ミシェル・ラー
公式サイト:http://www.search-movie.jp/
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(執筆者: 藤本 洋輔) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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