来年の40歳イヤーに向けて!源氏『准太上天皇』に
子どもたちの結婚を見届けた光源氏、39歳。「それぞれ独り立ちして安心した。ここらで出家をしようか」などと考えます。当時の感覚からすれば40歳は立派なおじいちゃん。そろそろ仏道修行に励んで来世のことを祈る、終活にも力を入れたいところです。
世間でも源氏40歳を祝うさまざまなイベントの準備が進んでいますが、それに先駆けて冷泉帝から源氏に『准太上天皇』の位が授けられました。かねてより父の源氏よりも自分が上の立場にいることを心苦しく思ってきた、帝からのプレゼントです。
『准太上天皇』は退位した天皇(太上天皇)に準ずる位、というものすごい立場なわけですが、実在しない、架空のポジションです。
帝としては出来ることなら皇位を譲りたいのが本音ですが、それが無理ならこれでなんとか、とひねり出したらこうなった。源氏は、立派になりすぎてますます気軽に動けない立場になったことだけが少し残念でした。
これにより源氏は臣籍を離れ、上皇と同等の格式を有することに。源氏のための予算と手当がつけられ、専任の担当官もつきます。源氏が幼い頃、高麗(朝鮮半島)から来た人相見が「臣下で収まるわけでもなく、かといって帝になると国の乱れが起こるでしょう」と予言したのと合致します。
というわけで、作中での彼の呼び名は住まいにならって『(六条)院』と変化していくのですが、面倒なので引き続き源氏で通したいと思います。
思い出の詰まったおばあちゃんの家で、夫婦の新生活
太政大臣職には頭の中将が昇格し、夕霧もついで中納言に。いろいろ物入りになったので、この機会に新婚夫婦はお引っ越しです。かつておばあちゃんと過ごした三条の邸をリフォームして、そこで暮らすことにしました。
懐かしい思い出の詰まった邸。夫婦の会話も自然とあの頃の話になります。しかし夕霧は雲居の雁の乳母にバカにされたのをまだ根に持っているらしく「まさか浅葱色が濃い紫色(=中納言・三位の色)に変わるとは思ってなかったんだろうね」と、ここで報復。プライドの恨みは怖ろしいですね。
しかし乳母はおばさんらしく、しれっと「いえいえ!将来立派になられるのは当然と思っておりましたよ」。よく言うわ~!
更にこの秋には六条院に冷泉帝と朱雀院のW行幸があり、紅葉を愛でながらの優雅なひとときとなります。そこで頭の中将の末っ子が可愛らしく舞うのを見て、源氏から出た感想は「私たちもいつだったか、2人で青海波を舞いましたねえ……」。
娘や息子が勢いづく中、老いを感じるのはかつての若者たち。朱雀院、源氏、頭の中将と、物語前半を引っ張ってきたキャラたちはここで一様に、来し方行く末を思うのでした。
俗世を離れる前に……愛する娘の将来を悩む父
さて、朱雀院は六条院から帰った後、体調不良で寝込みます。もともと病弱でしたが、今回ばかりは特に不安を感じて「もう長くないかもしれぬ。母上(弘徽殿太后)がいらっしゃった時は遠慮してしていたが、やはり出家しよう」と決意。
とにかく、たとえ1日でも出家して功徳を積めば来世の救いにつながると信じられていた時代、俗人は死期が迫ったときこそ焦るのですね。
俗世を離れるにあたり、気がかりなのは子どものことです。朱雀院には皇太子のほか4人の皇女がいました。中でも特に可愛がっていたのが第三皇女・女三の宮(おんなさんのみや)です。
年齢は13~4歳。彼女の母は、あの藤壺の宮の異母妹で、藤壺女御と呼ばれた人でした。朱雀院が皇太子時代に後宮入りしたのですが、朧月夜がやってくると日陰の身になってしまい、宮を出産後に亡くなります。
母を知らぬ憐れな娘と、朱雀院は女三の宮を溺愛しました。その偏愛ぶりは異常で、自分の財産の中でも一番いいものをこの宮に譲り、二番目三番目のものは他の皇女に、という有様です。
当時の結婚適齢期に達したものの、年よりも幼い性格も手伝って、朱雀院は心配でなりません。「私が山寺へ行ってしまったら、この娘はどうやって生きていくのだろう。母方の親族も有力な人はいない。一体誰がこの娘の面倒をみてくれるのか」とそればかり。
悩みのせいかますます病気が重くなった院を心配して、皇太子やその母がお見舞いに来ますが、その時も頼んだのはこの宮のことだけでした。続いて、夕霧も源氏の名代でお見舞いに来ます。
「たとえ姉弟でも言い寄って……」兄の源氏大好きぶりが異常
「先日の六条院での催しは本当に楽しかった。私が在位していた頃は、思うようにならず辛い思いもさせてしまったのに、源氏の君はそんな素振りは一つも見せず、変わらずに優しくしてくださる。ありがたいことだ。会えるのを心待ちにしているよ」。
うーん、源氏、優しかったかな? 朧月夜とは別れてくれたけど、院が想いを寄せてると知りつつ、秋好中宮(当時は伊勢斎宮)を横取りして養女にしたりもしてるんですが……。
夕霧は「昔のことはわかりませんが、父から辛かった話などは聞いたことがありません。こちらこそ何やら大層な身分を頂戴したために、気軽にお伺いもできず申し訳ないと嘆いております」。
落ち着いて話す夕霧はまさにイケメン盛り、朱雀院は「素晴らしい好青年だ。宮の相手にどうだろうか」などと、真剣に彼を見つめます。
「夕霧は太政大臣(頭の中将)のお嬢さんと結婚したんだったね。話がこじれて大変だと聞いていたが、一緒になれてよかったね。それにしてもいいお婿さんを持った大臣が羨ましい」。
夕霧も女三の宮のことは聞いていたので「おや?その事かな?」とピンときますが、この場は適当にお茶を濁して帰ります。若い女房たちは夕霧を見てキャーキャー言い、年配のおばさん方は「いやいや、源氏の君が18、9の頃はこんなもんじゃなかった」などとツッコんています。
それを聞いて朱雀院も「夕霧も立派だが、源氏の若い頃といったら。私が女だったら、たとえ姉弟でも言い寄って思いを遂げただろう。若い時は本気でそう思ったりしたものだ」。ええ~……。
昔から弟の源氏に憧れに近いような愛情を抱いていた彼ですが、その想いも未だに健在の様子。結構嫌な目に遭わされてきてるのに、そこは関係ないんでしょうか。何にしてもちょっと引く……。
結婚に脈アリ?「女性関係では不満も」の真意は
それはともかく「何不自由なく面倒を見てくれて、その上でこの娘を立派なレディに育ててくれるような男はいないものか。源氏が紫の上を育てたように」。
朱雀院の悩みを聞いた女三の宮の乳母は、長年六条院に勤める兄に相談しました。兄は「源氏は関係した女性は決して見捨てないが、誰よりも愛されているのは紫の上さまで、その陰で寂しい思いをしている女性方も多い。たとえ皇女さまがご降嫁なさっても、紫の上さまにはかなうまい」と前置きした上で、
「殿はオフレコでこう漏らされたことがあるそうだ。“私はまたとないほどの幸運に恵まれたが、女性に関しては決してそうではなかった。非難を受けたり、思い通りにいかないことも多かった”と。
どういう意味かと思ったが、要するに奥様方のご身分が少しご不満なのではないかと思う。紫の上さまは式部卿宮の嫡子ではいらっしゃらないし、その他の方は中流のご出身だ。だから准太上天皇たる殿の正式な配偶者として、皇女さまがおいでになれば……」。
源氏のいいたかったことは妻の身分への不満というよりは、不覚に終わった恋の痛手の方かなとも思うのですが、世間一般の見方としては的確な指摘でしょう。源氏にはその高すぎる身分に相応の妻が必要で、紫の上はその条件を満たしきれていない、と。
乳母はこの話に納得して「源氏の君は脈ありです。しかし既に大勢の女性がいらっしゃるので、どうか慎重なご判断を」と朱雀院に報告します。
リストを見ても決められない!心配性すぎる父
さて、朱雀院がやたらに心配するせいか、他の皇女には全く縁談がこないのに、女三の宮にばかり求婚者が殺到する事態が発生。ますます婿選びが大変になります。
源氏が玉鬘をエサに男たちを釣りだしてイジっていたのとは違い、今回は真剣な婿選びだけに、朱雀院も慎重にならざるを得ません。結局、絞り込んだ最終候補者リストにあがっているのは5名ほどです。
・源氏(年齢は離れているが身分の点で最も釣り合う。紫の上を育てた経験もあり安心)
・蛍宮(身分や性格は問題なし。ナイーブで頼りない点が心配)
・藤大納言(朱雀院の担当官を務めた役人。大事にしてくれるだろうが身分違いすぎる)
・柏木(将来有望も今は若くて身分が釣り合わない。せめてもう少し出世していれば……)
・夕霧(若いのに落ち着いていて将来性◎。新婚ホヤホヤなので割り込むのは難しそう)
……こうして見ても全員帯に短したすきに長しといったところ。もとより優柔不断の朱雀院は、頭を抱えます。
「皇女は独身を通すものだが、親に先立たれて落ちぶれていくのはあまりにかわいそうだし、かといって結婚生活の苦労を味あわせるのも忍びない。しかしこのまま放っておいて、不埒な男に夜這いでもされて、不本意な形で結ばれることにでもなったら一大事だ。
だから今、なんとしても親の手で決めておきたい。親の決めた結婚なら、本人の責任にはならないからね。とにかく、女房たちも男からの手紙を取り次いだりしてはならぬぞ。本当にこの子はフワフワして頼りなく、幼いから……」。
今回は心配性すぎる父・朱雀院視点の話が中心でしたが、候補者リストの男たちの思惑もさまざま。それにしても、女三の宮へ、源氏への朱雀院の愛情の注ぎ方が印象的です。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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