急にどうした?中止になった宮仕え、突然再開
髭黒との結婚以降、彼の奥さんが子供をつれて実家に帰ったり、奥さんの両親(主に母親)が罵詈雑言を撒き散らしたりとイヤなことばかり。玉鬘はますますふさぎ込んで、どんよりしたまま年末年始を迎えました。
ところが年明け、髭黒が突然「私のせいで宮仕えが中止になってしまった。陛下もご機嫌斜めのようだし、源氏の大臣も内大臣も内心ご不快だろうと思う。年も明けたし、今から参内してみてはどうだろう。でも、ほんの短い時間だけですよ」と言い出しました。
源氏を含め皆が「宮仕えには反対の髭黒が急にどうした?」と疑問に思いますが、ともあれ男踏歌(貴族の男子が宮中や大臣宅などを歌い歩くパレード)をきっかけに、玉鬘はついに宮中へ。源氏や夕霧、実の兄弟の柏木達も手伝い、華やかに参内しました。
宮中には玉鬘の部屋も設けられました。が、通路を挟んで反対側には髭黒の奥さんの妹・王女御の部屋が……。向こうからすれば姉から夫を奪った憎い女がこんな近くに!というところでしょう。「通路を挟んだだけの距離であるが、お心の中は遠く隔たっていただろう」とありますが、もう100km位遠そう。
現在、冷泉帝の後宮には秋好中宮、弘徽殿女御、王女御、左大臣の女御の他、身分が低い更衣は2名ほど。桐壺帝は割と女好きで「女御更衣がたくさん」で「美人と見ると見過ごせない」タイプでしたが、冷泉帝は淡白そう。おまけに、源氏の母・桐壺更衣をえこひいきしまくり、いじめを誘発してしまった桐壺帝と比べ、冷泉帝はどの方の顔も立てて、スマートに対応しています。
その配慮のお陰でどの人にも華はあるものの、実質は中宮と弘徽殿のツートップ。彼女たち以外の女御が2人しかいないというのも、源氏と頭の中将の勢力の強さをよく表しています。
この王女御も、陛下とはいとこの関係からお情けを頂けるだろうと期待していましたが、それ以上に愛されるということはなく、親のせいで源氏の後援も得られず劣勢。そのため、源氏の養女として鳴り物入りでやってきた玉鬘のことは、二重三重に嫌だったでしょうね。
「仲良さそうで羨ましい」好きな女を奪われた悲しいピエロの嫌味
男踏歌は各所を回りながら玉鬘のところにやってきました。宮中で見るイベントはまた格別で、心が洗われる思いです。髭黒との生活にくさくさしていた女房たちも、「こんな素敵な世界にもっといられたらいいのに」と、久々の羽伸ばしをしています。
一方、髭黒は勤務中。職場の近衛府の詰め所にいます。同じ宮中にいるとは言え妻がどうしているか気がかりで、しょっちゅう「今夜には退出しよう。このまま宮中に残るのはよくない」と手紙を出してきます。メールばっかりしてないで、ちゃんと仕事してくださいよ!
玉鬘は「せっかく来たのに、もう?」と興ざめで完全にスルー。代わりに女房が「今夜とは急すぎます。源氏の大臣からも“せっかくだから急ぐことはない。退出は陛下のお許しが出た時で”と仰せつかっています」と返信。
自分の思惑を無視され、髭黒は「ちょっとだけ、と言ったのに。ちっとも言うことを聞いてくれない。うまくいかないもんだ」とため息。何もかも一方的なうえに、言うことを聞けとはちょっと無理やりすぎませんか。
風流ごとには欠かせない文化人として、今日のイベントに蛍宮も来ていました。でも目の前で髭黒が玉鬘にひっきりなしに手紙を出しているのを見ると、とても冷静ではいられない。嫉妬で心が煮えくり返りそうです。思い余って、髭黒の目を盗んでこっそりと手紙を送りました。
玉鬘が渋々開封すると「無骨なあの男と仲睦まじくなさっているご様子が、私には辛いばかりです。お手紙のやり取りが目について……」。あれだけいい感じなっておきながら、結局俺は悲しいピエロかよ!なんか一言くらい言わせてくれよ!いたたまれませんね。お察し致します。
玉鬘は宮が気の毒で、でもなんと返していいか分からず困り果てていたところに、ついに冷泉帝がおいでになりました。
憧れのイケメン陛下とご対面!しかし夫は…
明るい月明かりの下、陛下のご尊顔がよく拝見できます。源氏をそのまま若くしたような凛々しく美しいお顔、世にまたとないイケメンが2人存在する事実。「本当にこんな方が2人も……」と、玉鬘はボーっとします。源氏とはセクハラや義理の親子関係もあり、素直になれませんでしたが、この若く美しい帝の前ではただただうっとりするばかりです。
陛下はとても優しい口調で「私はずっと待っていたのに、急な結婚でとても残念だったよ」。玉鬘は恐縮して、顔を隠すのが精一杯。「何も言ってくれないんだね。あなたを三位に昇進させたことも聞いているだろうに、そういう性格なのかな」。
なんと、玉鬘は(特に何の実績もないのに)帝のお心から既に三位の位を賜っているのです。夕霧は六位スタートで相当落ち込んで大変だったのに。ダブルスコアのすごいチートです。
「格別のお引き立てをいただきまして、これからそのお気持ちに報いたいと存じます」と玉鬘が何とか申し上げると、陛下は微笑んで「今から、というのが難しいんじゃないか。あなたはもう人妻だ。彼より私のほうが先にあなたを愛していたのにね」。
帝は軽い冗談という風でなく、なかなかどうしてマジなご様子。玉鬘はこれまでの経験から過敏になっているため「どうしよう。気があると思われたらいけない。とにかく硬い態度を貫こう」と警戒。ぎこちなく接する玉鬘に、帝も当たり障りない会話を続けます。ホントはもっと、親密になりたいんですけどね。
「結婚しても私は私」夫の束縛にウンザリする妻
微妙な距離を保ちながらも、2人の時間は続きます。帝はウワサで聞いたよりも格段に美しい彼女をこのまま帰したくない気分。一方の玉鬘も憧れの陛下から好意を持たれ、困惑するやら、恐れ多いやら。傍目に見ても美男美女で実にお似合いです。
それを聞いて慌てたのは髭黒です。「言わんこっちゃない!もし本当にお手つきになったらどうしよう!!」なりふり構わず「早く退出を」と騒ぎ、実父の頭の中将にも許可が降りるよう応援を要請。更には部屋の側に来て、女房たちにあれこれ指図をしてまわります。束縛夫が来たぞ~!
髭黒のふるまいに、陛下は「近衛の大将とはいえ、これではちょっと近すぎる。まるで監視されてるみたいだ」と不快感。ここでの髭黒、どうみても美男美女の邪魔をする敵役のオッサンにしか見えませんね。
それでも「今夜退出させないと、あなたの夫はもう二度と出仕させてくれない気がする。彼の気持ちもわかるしね。でも、先を越されたからと言って私が遠慮しないといけないとは……」。さすが、イケメンは物分りがいい。そして執着しない。
玉鬘も髭黒の強引さには相変わらずウンザリ。「結婚したからといって、私の心まで自由に出来ると思うのかしら。結婚しても、私は私だわ」。
もし結婚せずに宮仕えに出て、陛下の愛情を素直に受け取れる立場だったら……。彼女の脳裏にはそんな”もしも”が、ふとよぎります。きっと冷泉帝も同じ気持ちだったでしょう。しかし運命のいたずらにより、玉鬘は既に髭黒の妻なのです。
帝は「今後はどうやって連絡をしたらいいだろう」と名残惜しげに言い、振り返りつつ彼女の部屋を去っていきます。もしかしたら結ばれたかもしれない美男美女は、こうして儚いひとときを終えました。
束縛夫が仕組んだ作戦!天下の光源氏を二度ハメた男
迎えとともに玉鬘が帰り着いた場所は、六条院ではなくリフォームの済んだ髭黒の自宅でした。髭黒は「風邪を引いたようなので気楽な所で養生させます」とだけ告げ、六条院からまんまと玉鬘を略奪することに成功したのです。
実は突然「ちょっとだけなら宮中に」と言い出したところから、髭黒の作戦は始まっていました。六条院からいきなり自宅へ連れて行くのは無理でも、宮中から退出する折なら実行しやすい。夫が妻を自宅に伴うのに文句はつけられないだろう、と踏んだのです。
玉鬘を強引にモノにした時同様、今回も退出の際に実父の頭の中将に話を通してあるので、源氏もおおっぴらに苦情を言えません。(またしても髭黒にやられた!このつもりで急に宮仕えの話を持ち出したんだな!!)天下の光源氏を二度ハメた男、髭黒。無骨だなんだと言われつつ、決して馬鹿ではないのです。
髭黒はようやく玉鬘を独占できたと大喜び。前の奥さんの事もすっかり忘れ、六条院にも連絡せず、ただただ玉鬘にベッタリです。「陛下がお出ましになったと聞いて、もうダメだと思った。後ちょっと来るのが遅れたら……」。玉鬘は夫のそんな言葉を繰り返し聞かされるのも不快です。
ロマンティックがわからない彼の中では、”男女が二人きり→即セックス”くらいの単純な変換しかない様子。玉鬘としては憧れの帝との夢のような一瞬を、髭黒の下世話な妄想で汚したりしてほしくない。でも、そんなことを言うだけ無駄な相手です。
髭黒の一方的な押しかけで成立してしまった結婚ですが、もとより二人の価値観や感受性はあまりにも違いすぎます。玉鬘は「ここでこの人に束縛されて暮らすんだわ」と思うとお先真っ暗。『結婚は人生の墓場』とか言いますが、今の彼女の心境にはぴったりな言葉です。
予定通りにコトが運んだと浮かれる髭黒ですが、妻の気持ちが自分に向いていないと思うが故に、不安と嫉妬で束縛がひどくなり、ますます彼女から嫌われる……という悪循環に陥っていることに気づいているのでしょうか。居を移しても、相変わらず夫婦仲は冷え切ったままでした。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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