フットワークが異常に軽いカメラ史上トップクラスの高解像度
有効画素数4575万画素、常用ISO感度64~25600、ボディー単体で最高約7コマ/秒、マルチパワーバッテリーパックMB-D18(電源にEN-EL18b使用時)使用で約9コマ/秒、という恐るべき高スペックを打ちだしたデジタル一眼レフカメラ『D850』が2017年9月8日発売となりました。数値の強さもさることながら、驚異的なのは高画質と軽快な使用感を両立しているバランスでした。
実際に触れてみたところ、持ちやすさ、レリーズ、全てが“軽快”なのです。重いという印象のあった高画素モデルですが、フットワークの軽さが印象的でした。
気軽に持ち出し、いつもと同じように何気なく撮影した風景を等倍で切り出すと、想像を超えた鮮明さで被写体の隅々まで描写されているのです。
参考記事:【実写アリ】予約殺到! Nikonの渾身モデル『D850』は「何でも写る」
http://getnews.jp/archives/1884444
今回はそんな『D850』の開発秘話を株式会社ニコン映像事業部マーケティング統括部UX企画部 商品企画一課 課長 沼子真幸さん、同課の江口英志さんにお話を伺いました。製品の企画から立ち上げまで監修している、まさしく“中の人”です。
この貴重な機会に、色々と伺ってみました。
D810ユーザー「もっと高速で撮りたい」
―― 今日はよろしくお願いします。
沼子:今日は江口から色々ご説明させていただきます。
江口:よろしくお願いします。
―― まずD800シリーズが開発された経緯、製品コンセプトを改めて教えてください
江口:D800は高画質モデルとして開発されました。D800シリーズを企画した背景というのをご説明しますと、当時、約1200万画素のD3、約2450万画素のD3Xというフラグシップモデルがありました。当時としてはかなりの高画素モデルで好評いただいていたのですね。そのなかでD3Xユーザー含め「もう少し高画素のモデルが欲しい」という要望をいただきました。D3ともなるとそれなりの連写性能もありましたが「そこまで速くなくていい」という意見があったのです。
「連写はそこまで要らない」「もう少し小さくならないの?」と。「大きさとしてはD700くらいに」という要望がありました。
―― なるほど。その初代D800からD810と代を重ねました
江口:D800からD810では画素数はそれほど変わらなくて、どちらかというと画像処理などエンジンに関する性能を向上させてD810も好評いただいておりました。D810をお使いのお客様の撮られる被写体、ジャンルを確認すると結構、連写で撮りたいという要望がありまして。
―― D810ユーザーの方が「連写で撮りたい」とおっしゃったというのを聞いてビックリしたんですが
江口:我々もビックリしました(笑)。どちらかというとD810のターゲットユーザーは風景写真とかコマーシャルフォトなどのスタジオユースを想定していて。もちろん、それ自体は間違っていなかったのですが、そうしたユーザー以外にも野鳥や航空写真、人によってはスポーツを撮影されるユーザーもいらっしゃり「なるほど、そういう使われ方もするのだな」と我々もビックリしたわけです。そうなるとただの高画素モデルではなくなります。
ここからD850のコンセプトにつながるのですけれども、できれば高画素モデルであり連写性能が高いモデルというのを何とか実現できないかと。
最終的に4575万画素、8Kを実現できる画素数だけでなく、ボディー単体で約7コマ/秒、マルチパワーバッテリーパックMB-D18(電源にEN-EL18b使用時)使用で約9コマ/秒、それにプラスで多様な高機能を備えたもの、というのがD850のメインコンセプトだったのですね。ただの高画素機という位置づけではなく高速連写ができるようにしたことによって、市場のニーズに対応できる幅が広がりました。お客様が撮るジャンルや撮影環境が多様化している中でそのような変化に応えるべく、満を持した、というのがD850ですね。
―― D850ではニーズに応えた結果、D4、D5といったハイエンド機、フラグシップ機との境界線が少しずつ重なってきている感じがあります
江口:そうですね。お客様としてはご予算とか撮りたい被写体とか環境によって使うカメラっていうのは変わってくると思います。写真を趣味としているお客様からしますと、プロのフォトグラファー、プロユースに耐えられるような防塵防滴、耐久性など“信頼性“が求められている「フラグシップモデルのD5ではなくてもいいかな」というのはあると思います。高感度性能や連写性能もD5の方が上ですが、その分、値段も高くなっています。
そうした位置づけからしますと、そういった性能が必要なお客様はD5、逆に「そこまで高速連写は必要ない」とか予算上の都合があるお客様にとっては、D850はお薦めかと思います。また、高画素である分、D850でしか撮れない画というのもあると思います。
裏面照射型CMOSセンサーという手段
―― 高画素と高速連写を実現に際し、裏面(りめん)照射型CMOSセンサーの存在は欠かせなかったと思います
江口:今回のコンセプトを実現させるためには、センサーとエンジンをどういう組み合わせにするか、というのを考え、裏面照射型CMOSセンサーを採用するという案が上がってきました。
―― 高性能なセンサーができたから採用したのではなく、ユーザーのニーズに即したコンセプトに合わせて採用したと
江口:はい、“センサーありき”ではないですね!(キッパリ)
高画素はもちろん、高感度性能などを実現するためには裏面照射型が有効である、ということでそこから着手しました。
(裏面照射型に関しては)集光効率を上げたというのが大きいところです。構造上、回路設計が自由にできるので、読み出しの高速化や、高感度での低ノイズ化が実現できました。とにかく読み出しの高速化が、高画素化に寄与していると言えます。
―― 裏面照射型CMOSセンサーは配線がセンサーの裏側にあるので、集光の邪魔をしない構造だと理解しています。裏面照射型CMOSセンサーが他の機種でも採用されるのでは? という期待も出てきそうですが、今後エントリーモデルやハイエンド機など、他のモデルにも裏面照射型CMOSセンサーが搭載される予定はありますか?
江口:センサーに関しては当然、お客様のご意見や製品コンセプトをすり合わせて採用しています。製品それぞれの特徴がありますから、必ずしも裏面照射型センサーが全てに採用されるとは限らないです。コストの面でということも出てきますが、ニーズとコンセプト次第です。
―― もし搭載されたら、ニコンモデルの大きな底上げになるかと思います
江口:今後も要望やニーズに合わせて製品づくりを進めていきたいと考えておりますから、その結果、そうした底上げにつながれば良いとは思います。
要望に応えつつ、より多くの人に使ってもらえるカメラ
―― ユーザーの声としては、D850(ボディー)の実売価格が35万円程度というのは非常に安い、という声が発売前から挙がっていました。「この価格は本当か?」と
(一同笑)
―― いまだ品薄となっておりますが、お値段は相当頑張ったのでは?
江口:品薄に関しては迷惑おかけしております。
性能からすると我々としては非常にリーズナブルにできたと考えておりまして、多くのお客様から評価をいただいております。 GfK JapanによるとD850は家電量販店におけるレンズ交換式フルサイズカメラのモデル別販売金額シェアで2017年9月、10月とNo.1を獲得しました。
―― 購入に際しては個人的にも相当、揺らいでいます(笑)。実際にレビューもさせていただいたのですが、機動性が抜群に良いと感じました。今までのD800シリーズからすると、全く性格の違う機種だとも思いました
江口:こだわった部分は本当にたくさんあります。D810をお使いのお客様からアンケートなどを介して色々な声を集め、評価されている部分や要望を挙げてみました。すると、より高画素化や暗所での画質改善、連写性能、可動式液晶、ボタン操作などの操作性といったリクエストも挙がってきました。
そうした声を反映させた部分の一つに操作性が挙げられるのですが、D5やD7500で採用している左の5つのボタンであったり、D5でも好評いただいたサブセレクターの搭載、そして何よりグリップを深くとってボディーを薄くしたところは非常に好評でした。
―― ホールディング良いですよね! すごく良いです
軽く感じさせるホールディングへのこだわり
江口:先日、全国7都市で開催したファンミーティングで、実際にお客様にD850を触っていただき、東京会場でお客様とお話しする機会がありました。D850は、D810に比べると実は約25g重くなっていますが、「私D810持ってるんだけど、これ(D850)軽くなったね」というお声をいただきました。でも(実際は25gほど重くなっているという)ネタ明かしをすると「本当に?!」と皆様おっしゃるくらい、ホールディングに違和感が無いです。ガッチリとしたホールディングが得られました。
―― AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8E ED VRと組み合わせてレビューしたのですが、本当に重さを感じさせない一体感があって、ひょいひょいと外に持ち出せたのを思い出しました
江口:高画素機なので、撮影時にブレが生じることがありますが、ボディーを軽くすればするほどレンズとの重さのバランスが取れなくなるというのもありますので、その部分を追い込みました。何もかも小型・軽量化を目指すのではなくて、どちらかというと高画素に対して高感度でどのくらいブレを抑えられるか、そのためにホールディングを良くしないとならないとか、全体的な重量感というところに気を遣いました。そこに設計・開発の人間のこだわりが詰まっています。
―― でも「深く握り込める」ということは「物理的に薄くしなきゃいけない」ということでもありますよね。それってものすごく大変なことだと思うのですが
江口:ものすごく大変でした。
―― 開発で“大変だったポイント”を挙げるとしたら、かなり上位に来るくらい?
江口:はい。薄型にして新機能を追加し、ファインダーの倍率も上げ、設計をほとんど全てイチからやり直すなど、いろんな苦労が詰まっています。
―― D850が市場に行き渡ったら、また新しい“無茶なリクエスト”がユーザーからくるのではないでしょうか?
江口:(笑)それはそれで楽しみですね。我々が想像しないような要望が来るのが嬉しくなっちゃいますし、商品企画の立場からすると楽しいですね。
「こんなのできません!」と言いつつも実現してしまう設計開発
―― 最初、高画素をキープしたまま、連写性能や高感度性能をアップさせるって要求が来たときは「無茶だな」って思ったんですか?
江口:設計開発側は恐らく「無茶だな」って思ったかもしれません。商品企画の我々は、「コレをやりたい」と言えば済みますが、設計側はそんな簡単にはいきません。「こんなの出来ません!」と設計側が言う場合もありますが、非常に優秀な設計開発者が多くいるので、皆で知恵を出して、実現を目指してくれます。
―― 8Kのタイムラプスやスロー再生といった動画機能の部分も相当強化されました。タイムラプスのサンプル動画は本当に言葉を失うほどでした。こうした機能は以前から入れたいとお考えでしたか? それとも新センサーからアイディアが出てきたものでしょうか
江口:タイムラプスは前から搭載されていた機能で、それを更に進化させたいと考えました。
基本的に新機能は、最初からのコンセプトとして「やりたい」というアイディアがあります。それを実現するためには何が必要かと考え、今回の場合は裏面照射型CMOSセンサーと最新エンジンの組み合わせによって「コレならいける」「よし、採用しよう」と。
―― 相当欲張りですね!
江口:そうですね(笑)。開発していくうちに「これできるんじゃない?」という形で追加になっていく場合もありますけれど、基本的には最初にコンセプトがあり、センサーとエンジンの組み合わせで実現することになります。特にタイムラプスに関しては、D850だからこそ出来るところまで追い込みたい、という開発メンバーの強い想いがあります。そこにかなり力を入れた機能と言えます。
開発発表の時にティザー動画と併せてご覧いただいたタイムラプス映像は市場からとても高く評価をしていただきました。「こんなカメラが出てくるとは思わなかった」とプロの方からもコメントをいただきました。
―― 先ほども設計でキツかった、とお話しいただきましたが、特に印象に残っているところはありますか?
江口:……全部ですね!
沼子:全部だね(笑)。
江口:社内的に品質を厳しく設定しているのですが、高画素になることでブレが生じるなど、そういう部分を低減できるよう追い込みました。
沼子:コマ速を上げることで振動が出ますから、そこでブレが生じる。それを抑える機構を搭載するためにボディーが大きくなったり、バーターになる部分が必ず出てきます。そういうところを抑え込んでいきました。
ニコンファン以外が『D850』を機に“買い替え”
―― ニコンファンはもちろんですが、ニコンファン以外の方にとっても、D850は触った時に「これすごいな」と伝わるはずですね。触ってわかる部分があると思いました
江口:先日、弊社以外のカメラで航空写真を撮られているお客様がD850を試されて、色々質問を受けたんですね。望遠ズームレンズを付けてもいい? とAF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VRを付けられて400mm側でカシャカシャ試されていました。液晶画面を見つめながら拡大したりしてずーっと見ているんですね。「これは……何コマまでいけるんだっけ?」とどんどんスペックの話になっていって。「バッテリーパックMB-D18(電源にEN-EL18b使用時)を付けると9コマまでいけます」と。「それで幾ら?」とご質問があったので、お答えしたところ「これ買います!」とお返事をいただけました。
航空写真を撮られる方って、400mm以上の超望遠を使って撮影をしても、なかなかいい距離感で撮れないらしいのです。 「高画素のD850ならトリミングしてもこれだけ綺麗に撮れるから十分だ」と言ってくださって。D810を使っていて高速連写が必要だ、とおっしゃっている方はこういう方だったのだな、というのがその時にわかったのです。
―― レビューの時に等倍切り出しをしてみたんですが、「このくらいだろうな」っていう自分の想像の中の画質をはるかに超えていたのを思い出しました。その方の驚きはすごく良くわかります。画が甘くならない。
この機種について、沼子さんからのアピールポイントはありますか?
沼子:D850は隙が無い万能機であると思います。高画素でスピードがあり、D5と同じAFシステムを積んでAFも強い。本当に隙が無い、これ以上のところは無い、今の技術では見当たらないという思いです。
―― 全体のバランスが非常に優れたカメラだと感じました
沼子:D850は非常にチャレンジングなカメラです。高画素とスピードで喧々諤々(けんけんがくがく)あったのですけどね。開発過程で、社内でも賛否がありながらも、何度も調整を重ねてきました。
―― スペックもさることながら、記憶に残る製品だと思います。技術の結晶だな、と
沼子:まあ、とても「簡単であった」とはいえないですね。結構すったもんだしました(笑)。その甲斐あってお客様に喜んでいただけて何よりです。
カタログに載らない“性能”に触れてほしい
―― 最後にこの機種についてメッセージをいただこうと思ったんですが、製品自体がメッセージですね。でもあえて何か伝えるとしたら?
江口:先ほども申し上げましたが、グリップを握った時のホールディングは、ぜひ店頭で触っていただき、ホールディングの良さを実感していただければと思います。
カタログや取説では「こんなことができるんだ」「こんな機能があるんだ」ということはきっとご理解いただけると思います。しかしカタログや数値ではお伝え出来ない部分を実際に触って、体感していただきたいですね。実際に手にしていただくことでその良さや感触がわかるカメラだと思っています。
―― カタログスペック以外にも、触れることで体感できる“性能”があるカメラですね。ユーザーの声に応えた機械なのだという事が今回のインタビューでよくわかりました。今日はありがとうございました!
まさに技術と信念の結晶
D850について「隙が無い万能機」というフレーズがありました。「万能」と言葉にするのは簡単だけれども、それを実現するとなると話は別です。既存の設計をすべて見直したことにより、多くの議論と気が遠くなるほどの調整が重ねられたであろうことは想像に難くありません。それでもユーザーの要望を具現化し、カメラに触れたときに「これは今までと違う」と感じさせることのできる写真機を作りあげました。今年100周年を迎えたニコンの、カメラメーカーとしての底力を感じさせてくれるインタビューでした。
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