DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進施策を考える上では、業務効率化や売上の向上などだけに目を向けるのではなく、社会の状況や変化を踏まえて、持続可能な企業に成長していくという中長期的な視点も重要です。
現代社会において、持続可能な企業であるためには、CSR(Corporate Social Responsibility)つまり、企業に求められる社会的責任を果たしていく必要があります。
人権や環境への配慮を欠いた企業は、どれだけ魅力的な製品やサービスを提供していたとしても、生き残っていけないのが現代ビジネスの世界なのです。
SDGsは環境、社会に関する「人の営み」を向上させるための様々な目標のことであり、すべての国・企業が実現に向けて足並みを揃えて取り組むべき、世界共通の課題です。
CSRの観点から見ても、持続可能な企業として成長していくためにはSDGsへの取り組みは欠かせません。
特に、島国である我が国・日本においては、海洋汚染問題への取り組みは、社会生活を守る上でも決して無視できない問題であり、企業にもそれ相応の責任を果たすことが求められるでしょう。
実際に、日本の企業全体でSDGsへの取り組みを活性化させようとする動きはすでに始まっています。
例えば、日本経済団体連合会は、Society5.0の実現を通じてSDGsの達成を目指す「企業行憲章2017」という文書を公表しており、民間企業の間でも社会・環境に関わるムーブメントに積極的に参加しようとする意欲が高まっています。
そこで今回は、日本企業におけるSDGsの実現に向けた取り組みへの理解を深めることを目的に、その課題と挑戦をご紹介します。
海洋汚染問題のハードルを超えるためには、まずは正確な情報を取得し、海と海洋資源の重要性と汚染の深刻さを理解することが重要です。
SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」が抱える課題と、その課題に対してDX推進で解決を目指す取り組み事例を学び、CSRを果たし持続可能な企業として成長するための一助としてください。
SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」2つの課題
SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)とは、国連が2030年までに達成すべき具体的な目標として掲げた17の目標(Goals)と169のターゲットのことを指します。
詳しいSDGsについての解説は、以下の記事をご参照ください。
SDGsの目標14番は「海の豊かさを守ろう」であり、海洋資源の保全と持続可能な利用を目指しています。
その目標の実現のためには、特に海洋汚染という重要な課題の解決が求められています。
ここでは、以下の2つの課題に焦点を当ててみましょう。
マイクロプラスチックを含む海洋汚染問題
マイクロプラスチックとは、直径5mm以下の非常に小さなプラスチック片や粒子のことです。
一般的に、マイクロプラスチックは生活排水や、ごみ集積所、あるいは不法投棄された廃棄物が雨風の影響により河川を通じて流れ出ることで、海に放出されます。
海岸に漂着したプラスチックごみは波や砂にもまれ、強い紫外線にさらされますが、それでも自然分解されず、いつまでも細かなプラスチック片として、つまり海中のごみとして存在し続けてしまうのです。
海中のごみとして存在し続けるマイクロプラスチックは、プランクトンなどとともに小魚などに捕食され、その体内に移動していきます。
しかし、それでも分解されることはなく、マイクロプラスチックを摂取した生物が他の生物に捕食されると、そのまま捕食者の生物に移動していくのです。
このプロセスを経て、マイクロプラスチックは生物間を移動し、生態系のバランスに悪影響を及ぼす恐れがあることが示唆されています。
当然、やがてはそうした魚を食べた人間の体内へと移動していくでしょう。
マイクロプラスチックによる海洋汚染の問題は、生態系の安定性や人間の健康にも深刻な影響を及ぼす問題として、迅速かつ持続的な対策が要求されているのです。
海岸漂着ごみ問題
海洋漂着ごみ問題とは、海岸に漂着する大量のごみや廃棄物の問題を指します。
環境省の漂着ごみ調査によると、漂着するごみの約49%は人工物であり、下記のようなプラスチック類が多いことがわかっています。
- 飲料用ペットボトル
- 発砲スチロール
- ポリ袋
- ロープ
- 漁網
しかし、海岸漂着ごみの回収には多額の費用がかかるため、多くの場合はそのまま放置されてしまっているのです。
海洋浮遊ごみは、海岸の景観を損なうだけでなく、環境汚染の温床にもなっており、大きな問題になっています。
DXで解決するSDGs目標14「海の豊かさを守ろう」4つの事例
DXは、海洋問題の解決に貢献し、海洋環境の保護を促進する上で重要な役割を果たすことが期待されています。
海の豊かさを守ることにつながるテクノロジーとしては、主に次のようなものが考えられるでしょう。
- データの収集・公開:データベースとクラウドソーシングを用いて、海洋環境に関する様々なデータを収集し、そのデータを利用可能な状態で公開する取り組みが進めば、現状と課題を正確に捉えることができるようになります。
- データの見える化:リモートセンシングとデータ分析の技術を利用することで、海洋に存在するプラスチックごみを客観的に観測し定量化できます。
- モニタリング:例えば、IoTデバイスを使った漁業活動のモニタリングを実施することで、魚の動向や生育環境などの情報を把握することができます。
- 大規模シミュレーション:AIは、海洋シュミレーションや予測モデリングの精度を大幅に向上できる可能性があります。プロジェクトの計画段階で、詳細なシミュレーションを行うことで、海洋立国に向けた体制構築などの大規模な海洋政策の実現や、環境保護活動の計画の実効性を高めることができます。
こうしたDXよる海洋問題への取り組みは既に始まっています。本章では、その中から4つの事例を紹介します。
ドローンによる海岸観測とAIの画像解析
前述の通り、海岸漂着ごみは景観を損なうだけでなく、生態系をはじめとする海の環境に悪影響を及ぼします。
しかし、その正確な量を把握することは難しく、回収には人手や時間という多くのリソースを必要とします。
この問題に対処するために始まったのが、ドローンを利用した海岸観測や、AIによる画像解析です。
ドローンによる海岸観測は、広範囲にわたる海岸の状況を迅速に把握することができるため、ごみの回収が特に必要な場所を見つけることができます。
人が海岸を歩き回ってごみを探していた従来の方法と比べると、効率的に調査・対応できるでしょう。
また、ドローンで集められた膨大な情報をもとに、AIの画像解析技術を応用すれば、漂着ごみの位置や量を自動的に検出・分析できるようになります。
このデータがあれば、どの海岸が特に深刻なごみ問題を抱えているかや、ごみの量などを定量的に評価できるようになるのです。
こうした施策によって海岸漂着ごみ問題の状況を客観的に把握することができれば、問題解決のための戦略立案に大いに役立ってくれるでしょう。
AIによる海洋マイクロプラスチック計測システム
NEC(日本電気株式会社)は、AIを活用した海洋マイクロプラスチック計測システムを開発し、海洋汚染問題へ取り組んでいます。
この計測システムは、最新のAI技術として注目されている「ディープラーニング(深層学習)」を搭載した「RAPID機械学習」と呼ばれるソフトウェアを利用しています。
「RAPID機械学習」は優れた画像認識能力を誇り、人の目では検知できない海水や堆積物に含まれるマイクロプラスチックを、高速かつ高精度に検出・分類することができます。
このシステムを利用し、より詳細なマイクロプラスチックの分布状況を把握することができれば、この問題の解決へ大きな足がかりとなるでしょう。
NECはこれまでにも「地球シミュレータ」や「沿岸災害シミュレーション」などのプロジェクトを通じて、環境問題の解決に取り組んできた企業です。
この海洋マイクロプラスチック計測システムも、海洋汚染の実態解明への貢献が期待されています。
ITと科学技術で目指す流出ごみの「地産地消」モデル
海洋ごみの8割は都市部から発生しており、年間800万トンが海に流出していると言われています。
株式会社ピリカは、DXが注目される何年も前から、環境問題の解決に向けてITや科学技術を駆使した取り組みを行ってきました。
その取り組みの主軸となるのが、ごみ拾いSNS「ピリカ」を活用したごみのデータ化です。
ごみ拾いSNS「ピリカ」は、スマートフォンにアプリをダウンロードした「一般人」が海岸に漂着したごみを拾い、写真を撮って投稿するというSNSです。
海洋ごみ問題に対しては、これまでもボランティアによるごみ拾い活動が大きな力を発揮してきましたが、ピリカはこの取り組みを後押しするDX施策ということができるでしょう。
ピリカのユーザーは、ごみを拾って写真を投稿することで、他のユーザーと活動内容を共有できます。
そして、その投稿した写真にはそれを見た他のユーザーが、タップして「ありがとう」を伝えられる仕組みになっています。
ユーザー間で「ありがとう」の輪が広がると、ボランティアでのごみ拾いが楽しくなり、同時にごみ問題への取り組みが広がっていくことが期待されます。
SNSを通じて、ユーザーの「他者と繋がりたい」という欲求や、「良いことをしたら感謝してほしい」という欲求などを満たすことで、ごみ問題に取り組む人を増やしていくという、まさに現代のニーズを上手く捉えたDX施策と言えるでしょう。
また、ピリカのユーザーがごみの発見や清掃活動の報告を行うことで、ごみの発生地点や量、種類などのデータを集約し、ごみ問題に関する情報をオープンに共有することができます。
この取り組みにより、ごみ拾いに関心を持つ人々が繋がり、地域や社会全体でごみ問題への取り組みを促進することが期待されており、利用が広まっています。
2023年6月現在、ピリカは100以上の国と地域で使用され、累計2億個以上のごみが拾われており、今後も更に利用が広がっていくことは間違いないでしょう。。
市民ボランティアとスマホでビッグデータ・アナリティクス
海洋ごみの調査を行うためのモバイルアプリ「PicSea(ピクシー)」は、ユーザーがスマートフォンで撮影した海洋ごみのデータを収集するアプリです。
「日常で海との繋がりを感じて、考えて、気軽に動くこと」をサポートする目的で開発された「PicSea(ピクシー)」は、ユーザーがスマートフォンで撮影した画像に含まれる海洋ごみを、AIで自動識別し、その全てをデータとして蓄積します。
つまり、個人が収集したデータを蓄積し、ビッグデータ・アナリティクスによって解析することで、環境問題の原因解明に寄与することを目指しているアプリなのです。
海洋ごみの全体像をつかむことは、並大抵のことではありません。ましてや、個人の手ではほぼ実現不可能なプロジェクトだと言って良いでしょう。
しかし、困難な課題であっても、アプリの利用者の善意の行動によって収集されたデータを蓄積し、そのデータを研究者が調査・解析することができれば、これまでにはない精度で海洋ごみの発生源や種類、分布などについて詳細な情報を得ることが期待できます。
個人では到底不可能な海洋ごみのデータ収集であっても、こうしたアプリを通じた連帯を可能にする取り組みによって、個人個人の善意の行動が積み重なり、大きな問題の解決に向けた力に変えていくことができるのです。
まとめ~SDGsを推進するためには、DXの推進が求められる
SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」に関連して、2つの課題を取り上げ、その課題の解決に向けて既に始まっている4つのDX事例をご紹介しました。
海洋問題の解決には、膨大なリソースが必要で、例え、国レベルで取り組んだとしても、簡単に解決できる問題ではないでしょう。
その解決のためには、市井の人々を巻き込んだ仕組み作りが必要なのです。
今回紹介したように、ドローンやAIを使ったデータ収集・解析は、ごみの量の定量的に評価することを可能にし、問題解決のための戦略立案に役立ちます。
SNSやアプリを使ったごみ拾いなどの取り組みは、膨大なデータの収集・蓄積を可能にし、環境問題に取り組む人々の連帯を可能にします。
こうした取り組みが広まることは、海洋ごみ問題に対する認識を高め、人々の意識や行動をも変え得る可能性も秘めています。
海洋汚染問題に関しては、今回取り上げた事例だけでなく、様々な分野におけるDX推進と解決への取り組みが今後も期待されています。
まずは海洋問題の重要性を認識し、同時にDXを推進することによって、具体的な取り組みが見えてくるでしょう。
その取り組みが大きなムーブメントとなり、地球環境保護の大きな力となっていくためには、国や企業が率先して動きながらも、国民1人ひとりが環境問題を「我が事」として捉え、考えて行動していくための仕組みづくりも重要な施策が要になるのではないでしょうか。
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