日本オムニチャネル協会の取り組みやビジョンを深く知る連載企画第5弾。今回はNextリテール分科会のリーダーを務める郡司昇氏に話を聞きました。生成AIやロボットなどといった新たな技術が小売業界で使われ始めた今、企業は次々登場する技術をどう使いこなすべきか。同氏の小売業界を地盤とした豊富な経験から、最新技術との向き合い方に迫ります。
写真:郡司昇
店舗のICT活用研究所 代表
小売DX合同会社 代表社員
ゴウリカマーケティング 顧問
1999年に株式会社ランドを設立し、代表取締役社長としてドラッグストアを経営。2007年に株式会社セイジョーに入社し、調剤事業部課長として従事。ココカラファインの事業管理室課長に転籍し、店舗運営マニュアルの作成を含むグループ業務の効率化、異業種アライアンス、基幹・情報システムのリプレース、物流、販社統合など、すべてのプロジェクトに携わる。 2013年には株式会社ココカラファインOECを設立し、代表取締役社長に就任。2016年からは株式会社ココカラファインの統合マーケティング部長も兼任し、グループ統合マーケティング戦略を立案し実現する。現在は、全体最適やDXに関する悩みを抱える企業のお手伝いをし、その先にある顧客体験の向上を目指す。また、小売業におけるICTの活用や、IT企業が持つ技術の小売業への活用にも取り組む。
技術によって見えないものが見えてくる
――Nextリテール分科会の活動目的を教えてください。
「Next」とある通り、小売業界の未来を見据えた事業の在り方にフォーカスしています。とりわけ最新技術に注目し、技術やITを駆使することで何ができるようになるのか、これまでの事業がどう変わるのかを議論しています。現時点では未知ともいえる新技術を評価し、有効な技術を店舗改善や顧客体験向上などにどう活かせるのかも模索しています。3年後や5年後といった中長期的な視点で、最新技術を最大限活用することを目指しています。
社会に目を向けると、生成AIやロボット、拡張現実(XR)、複合現実(MR)、Web3、ブロックチェーンなどの技術が次々登場し、日々進化し続けています。これら技術を活用した製品やサービスも続々と現れ、小売業向けに特化した専門的なソリューションも出揃いつつあります。
小売事業者は、これらの中から自社に最適なソリューションを探し出さなければなりません。自社の課題解決に寄与する技術を選定しなければなりません。選定した技術が数年先も進化し続けているか、他の技術に置き換わって進化が止まってしまうかも見定めなければなりません。Nextリテール分科会では世間を賑わす最新技術の長所や短所を正当に評価し、中長期的に使い続けられる可能性を探求しています。適切な技術を使いこなせるようになれば、小売事業者はこれまで見えなかった新たな気づきを得られるようになるはずです。小売事業者のこうした取り組みを支えるのがNextリテール分科会の役割だと考えます。
――「技術を使いこなすと見えなかったものが見えてくる」とはどういうことでしょうか。
技術を徹底的に使いこなせば、これまで分からなかったこと、知らなかったこと、課題とさえ認識していなかったことに気づけるようになります。例えば、顧客体験。店員が笑顔で接客すると収益は向上するのかといった因果関係はこれまで分かりませんでした。探る術もありませんでした。しかし最新技術を駆使すれば、店員の笑顔と収益の因果関係さえ数値化して測定できるようになります。無縁と思われていた施策同士のつながりを見つけたり、これまで無関係と思われていた顧客の行動が売上に直結することに気づいたりと、最新技術は小売事業者に多くの気づきをもたらす可能性を秘めているのです。
全体最適の考えで技術を使いこなす
――技術を使いこなすために重要なことは何でしょうか。
技術は目的ではなく、あくまで手段であることを忘れてはいけません。最新技術を取り入れたソリューションを開発、提供する企業は、「私たちの技術は素晴らしいので、何でも解決できます」などと謳います。しかし、実際にその技術を自社に導入してみると、まったく役に立たないなんてことは決して珍しくありません。
技術とは、顧客体験向上という目的を達成するための手段でしかありません。大切なのは、その技術を活用するかどうかではなく、その技術を使って目的を達成できるかどうかです。最新技術を導入すれば終わりではなく、その技術を使いこなし、目的を達成して初めて意味を成すのです。
そのため、Nextリテール分科会では「この新技術はどのような課題に向いているのか、小売のどんな現場で活用を見込めるか」などといった具体的なシチュエーションを想定した上で、導入すべきかの可能性を見極めるようにしています。
――小売事業者の多くがさまざまな課題に直面している。小売事業者がこれらを乗り越えるためには何が必要でしょうか。
業務を取り巻く全容を俯瞰し、全体最適に基づいた施策立案や課題解決に踏み出すことが大切です。
すべての小売事業者共通の課題は「どのように利益を上げるか」です。売上が低迷する既存店舗の改修に踏み切るか、撤退を決断すべきか、出店ラッシュで攻勢をかける施策に舵を切るべきか、さらにはEC事業を強化すべきかなど、利益を上げる新たな施策を打ち出す小売事業者は少なくありません。しかし、こうした施策の多くが部分最適な取り組みにとどまります。場当たり的な対応にとどまり、事業全体への波及効果や相乗効果まで見据える企業は必ずしも多くありません。「店舗改修」や「新規出店」、「ECサイト立ち上げ」などの取り組みの全社への影響を踏まえない限り、有効な課題解決策にはなりえません。
とはいえ、全体最適と聞くと、取り組むのが難しいと感じるかもしれません。しかし、多くの小売事業者は気づいていないだけで、取り組み1つひとつは実はシンプルなケースが少なくないのです。例えば、会議室のホワイトボードにかすれたペンが置いてあったとします。大抵の人はそのまま放っておくので次の人も使えずにイライラいます。何人かイライラした後に誰かが、上司に言われてから新しいペンと交換しているのです。しかし全体最適の視点では、「今、新しいペンを注文するだけではなく、ペンの交換サイクルを踏まえた仕組みを構築した方が無駄な手間を解消できるのではないか」となります。
新しいペンに交換しても、そもそも自分の仕事ではないですし、給料が上がるわけでもありません。しかし些細なことでも全体最適の考えを取り入れるようになると、コスト削減の施策を考えるといった業務を命じられたとき、想定の削減額を大幅に上回る金額を削減できるなどの成果を容易に上げられるようになります。
Nextリテール分科会では議論が終わった後、参加者にアンケートを毎回書いてもらうようにしています。具体的には「ディスカッションの内容でどのような気づきがありましたか?」「その気づきは何に使えそうですか?」「それを使おうとした時にどんな問題が生じそうですか?」といった質問に答えてもらっています。このアンケートも参加者の意見を聞くことが目的ではありません。アンケートに記載することで参加者自らが、どんな点に気づきを得たのかを自覚してもらうことを目的としています。全体最適という考え方をあらゆる点で取り入れることで、小売事業者が抱える課題もこれまでとは異なる突破口から解決できるのはと考えます。
――どうして郡司リーダーはそのような視点を持つことができるのでしょうか。
すべての物事を「自分事」としてとらえると、さまざまな視点を描けるようになるのではと思います。
私が社会人として最初に勤務したのはドラッグストアでした。店舗での勤務は「商売」の仕組みを実感する日々でした。どのように陳列すれば来店者は商品を探しやすくなるのか、どんな商品を多く仕入れれば売上を上げられるかなどを考え、理想的な店舗運営を模索していました。その後、独立して自身のドラッグストアの経営に携わったこともあります。自分が経営者として店舗経営に乗り出すようになると、業務のすべてに責任を負わなければならず、無駄や非効率なことも明確に分かるようになったのです。従業員としてでも経営者としてでも、大切なのは「自分事」だったと感じます。「どうすれば」「なぜ」を常に考え、課題を解消する方法を見つけ出そうとする姿勢が、全体最適の視点を養ってくれたのではないかと思います。
小売業を取り巻く環境は厳しさを増すばかりです。人件費の高騰や物価高の上昇を背景に、経営状態が悪化する店舗も少なくありません。こうした状況でも数年先の成長を見据えるためには、最新技術の動向はもちろん、これまでにない新たな視点を養うことが大切です。Nextリテール分科会では、まさにこれらの知見やノウハウを習得することができます。多くの参加者が自社の課題を持ち寄って議論を深め合う中で、最新技術動向に自ずと詳しくなります。自身の考えとは違う新たな気づきを多数得ることもできます。自社の課題を「自分事」として捉えられるようになるためにも、Nextリテール分科会の議論の場は、大変有意義なのではと考えます。
参加者の声
『自社で悶々と考えていると偏った視点になりがちだが、分科会を通じて市場の最新動向や新たなサービについて、それぞれの立場の方の本音の意見がちらほら聞きことができ、非常に役に立っています。こうした方々の意見がサービスの選定や、当社の顧客である流通小売業向けの提案などに生かせています。』
『郡司さんの幅広い知識と経験を生かした議論が大変勉強になります。実際に現地でリサーチする郡司さんの考え方や提言は、消費者目線に立った発想で大いに役立っています。 分科会で得た情報がすぐに自社の現場に落としこめることも度々ありました。このような意義のある勉強会に参加できることを感謝しています。』
編集後記
記事を読んでいただきありがとうございます。今回Nextリテール分科会についてインタビューさせていただき、郡司リーダーの迷わずに突き進む行動力に驚きました。完全無人のデジタル店舗であるAmazon Goに訪れた際、天井に着いているカメラ台数を数えていたり、何度もカートに出し入れをしていたそうです。その意図を郡司リーダーに伺うと、「この仕組みが機能する裏側には顧客の行動を追いかけるAIがあるはずだ。」「天井と棚の上に設置してあるカメラの役割の違いは何か」「カメラのエラーが多発すると店員さんが対応しないといけないから逆に無駄が増えるが、エラーのしきい値を下げてもいけない。では感度設定はどれくらいなのか」店員さんはこの環境下でどのように動いているのか」といった点について考えていたそうです。郡司リーダーは新たな技術を評論的に語るのではなく、店舗に導入したときに役に立つのか、利益を上げることができるのかを徹底的に調べ、自身の行動に基づいた考え方を提起しています。前例や常識にとらわれず、目的が明確だからこそ迷わずに突き進むことができるのだと思いました。
執筆:小松由奈
一般社団法人日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/