日本オムニチャネル協会の活動をサポートする役割を担う「フェロー」。各方面の専門家が集まり様々な活動に取り組みます。今回はそんなフェローの1人で、DX推進により顧客体験価値の最大化を目指す株式会社サンリオ ブランド管理本部 ファンベースマーケティング部 CRM推進課 顧客体験プラットフォーム戦略推進担当の田口歩氏に話を聞きました。サンリオのデジタル基盤の整備から始まったDX推進はどのような道のりだったのか。田口氏が学んだDX推進に重要なこととは何か。経験談とともに今後の展開にも迫ります。
デジタル基盤の整備から始まったDX推進
鈴木:田口さんの経歴を教えてください。
田口:国際データ通信事業者のエンジニアとしてキャリアをスタートしました。当時はまだデータ通信が広く知られていない時代でしたが、テクノロジーとインフラに興味があり入社を決めました。その後、新規事業としてISP事業の立ち上げに携わり、さらに転職を経て、外資系スタートアップで動画ストリーミングや音楽配信事業の立ち上げを経験しました。その後は、Webコンサルティング会社の代表取締役や大手Webインテグレーターの執行役員を務めたのち、2012年にサンリオへ入社しました。
鈴木:なぜサンリオへの入社を決めたのでしょうか。
田口:サンリオに入社するまでベンダーサイドでクライアント企業へのアドバイスや支援などコンサルの役割を担ってきましたが、事業を最後まで自らの手で推進したいという思いが強まりました。それに、ハローキティやマイメロディなど世界的に有名なキャラクターアセットを持っているサンリオで、自身がこれまで培ってきた経験を活かせば非常に面白いビジネスができるのではないかという期待感も持っていました。
鈴木:実際に入社していかがでしたか。
田口:入社してみるとデジタルの活用がほとんど進んでいませんでした。チームメンバーにもインターネットに精通している人がおらず、まずはデジタル基盤を整えることに着手しなければなりませんでした。最初に企業サイトのリニューアルに着手しました。ファンとのブランドのエンゲージメントをインターネット上で加速させるため、ソーシャルメディアの要素を取り入れ、1年かけてリニューアルしました。そして、このプロジェクトを通して、チームメンバーにデジタルのノウハウを伝えていきました。
鈴木:システムだけでなくデジタル人材育成も並行して改革を主導されたのですね。
田口:そうですね。デジタル基盤を整えた後は、お客様との関係をより強化するため、顧客満足度やロイヤルティ向上を目指すCRMの構築に着手しました。サンリオはファンによって支えられる会社であり、CRMの導入は必ず取り組むべきだと確信を持ち推進しました。そこで、このCRMシステムを「ファンとのエンゲージメントを高めるプラットフォーム」と定め、会社に提案した結果、全社共通のCRMシステムである「Sanrio+」を立ち上げることができました。
「Sanrio+」によって顧客IDを統合したことで、お客様の行動を詳細に把握し、最適なタイミングで適切なコミュニケーションを取る環境を整えられるようになりました。現在では240万を超えるお客様のIDを統合するまでに成長しています。
企業文化の理解が周囲を巻き込む潤滑油
鈴木:田口さんはサンリオでデジタルの基盤を整えるところからDX推進を始め、現在では全社のCRMシステムである「Sanrio+」を立ち上げるまでになりました。デジタルを活用した改革によって、サンリオの強みとなるネット上でのお客様とのコミュニケーションを確立したと思います。現在に至るまで最も苦労したことは何でしたか。
田口:CRMシステムの導入において最も苦労したことは、会社の理解を得ることでした。正直、取り掛かるまでにここまで時間がかかるとは想定していませんでした。私の力不足ではありますが、CRMシステムの重要性を会社に十分に理解してもらえず、プロジェクトの始動までには多くの関係者の方々にご協力をいただく必要がありました。
鈴木:社内でCRMの必要性を理解してもらえない理由は何かあったのでしょうか。
田口:企業文化も大きく影響していたと思います。サンリオは元々ギフト商品の卸・小売りを主とした事業を展開していました。そのため、商品を店舗で購入してもらうことに重点を置く企業文化が根付いており、「直接的な売上につながらないCRMを実施してどれだけの利益を見込めるのか」という反対意見が出たのも無理からぬ話だったと思っています。振り返ると、当時の私がサンリオの企業文化をまだ深く理解できていなかったことが課題だったと感じています。
鈴木:情報システムと企業の文化は切り離すことができないので、企業文化を知ることはDX推進する上で非常に重要なことですよね。
田口:その通りです。CRMシステムに取り組むことに時間はかかりましたが、逆に時間をかけたことで企業文化を深く理解し、言語化されていない独自の企業風土も知ることができるようになったと思います。
サンリオに入社し、実際に事業に取り組んでみて痛感したのは、結局企業の中に入ってみなければ分からないことがたくさんあるということです。どれだけシステムやマーケティングの知識があっても、周囲を巻き込むことは簡単ではありません。実際に現場で、ファンの想いやお客様が求めていること、また、店舗スタッフが感じていることなどを直接見聞きすることで本当の課題を知り、はじめて社内を巻き込んだDX推進ができるのだと強く感じています。
お客様を考え、企業の壁を超える
鈴木:CRMシステムである「Sanrio+」を立ち上げましたが、今後はどのようなことに取り組んでいきたいですか。
田口:サンリオオリジナルのロイヤルティプログラムをさらに発展させることに取り組みたいと考えています。会員ランクの導入では、サンリオファンの熱量が高い方やお子様、または可処分所得が限られる若年層など、それぞれの特性を踏まえて設計することを重視しました。商品をどれだけ購入したのかといった購買金額だけに基づくのではなく、多様な基準を取り入れたアクションベースの制度を構築しました。今後は、外部システムとの連携や社外データの活用も視野に入れつつ、お客様により幅広く良質な顧客体験を提供していきたいと考えています。
鈴木:お客様のより良い体験を考え、企業を超えていくのですね。田口さんにも参画していただいている日本オムニチャネル協会も業界・企業・年代など様々な壁を超えた共創を目指して活動しています。
田口:私が日本オムニチャネル協会に参画した理由は、「様々な壁を壊す」というコンセプトに深く共感したからです。やはり1社でできることには限界があると思うので、様々なパートナーとつながって、お互いに協力していくことが重要だと考えています。日本オムニチャネル協会には小売、物流、メーカー、ITなど、さまざまな業界の企業が会員として参画している非常に意義深い場だと思います。また、企業だけでなく、大学教授など学術分野の方々も参画しており、アカデミックな視点が取り入れられているのも非常にユニークだと感じています。このような環境は貴重で今後も様々なことを学んでいきたいと思っています。
鈴木:日本オムニチャネル協会の会員は340社560人を超え、多くの方が参画してもらえるようになりました。今後も、業界の壁を超えた場を作ることで、人材育成に貢献していきます。
株式会社サンリオ
https://www.sanrio.co.jp/
日本オムニチャネル協会
https://omniassociation.com/