コロナ禍により、広く普及したもののひとつが在宅ワーク。副業を推奨する企業も徐々に増加し、筆者が今まさに行っている「ライター業」などが、一部調査では人気職種としてランクインしています。
しかしながら、在宅でできる仕事は「誰でも勤まる仕事」では決してありません。寧ろ、参入障壁が低いからこそ起きてしまう「搾取」の現場も存在します。それについて、かけだしちゃんさんが100回に分けて実録漫画として紹介しました。
「未経験から100話でキラキラWEBデザイナーを諦めるかけだしちゃん」と題して、今年(2022年)1月から約3か月をかけ漫画作品を投稿したかけだしちゃんさん。
自身がwebデザイナーを志望するようになった背景から、最終的に断念するまでの2年間を100回にわたるエピソードで紹介しています。
かけだしちゃんさんもまた、コロナ禍により在宅ワークに注目するようになったひとり。はじめたきっかけは「危機感」から来るものだったと言います。
「元々私は、就活に失敗して以来、特に危機感を持つこともなく、バイトや派遣で生計を立てていました。でも、コロナ禍により、自分のスキル不足と職歴に危機感を覚えたんです」
当時、かけだしちゃんさんが派遣されていたのはイベント関連企業。多くのイベントが中止に追い込まれたのも記憶に新しいですが、その影響から仕事が回ってこなくなりました。当然ながら収入も減少します。
一方で、増加したのが「時間」。と言っても、これといった経験のないかけだしちゃんさんでしたが、過去に職業訓練校で勉強していた「Web制作」に目を付けます。
「副業でおすすめ」「未経験でもできる」「月30万も狙える」
……耳障りのいい宣伝文句に魅了され、ほどなく「かけだしwebデザイナー」として活動開始します。
■ 「地獄への道」
「キラキラwebデザイナー」への第一歩を踏み出したかけだしちゃんさん。SNSアカウントを開設し、独学で勉強をしてみますが、いかんせん経験値不足。その程度で案件獲得に繋がるほど、世の中は甘くありません。
そこで注目したのが「スクール」。学びの場を作ることで、スキル習得を目指していきます。
と言っても、各々の優劣の判別ができないため、「最適解」を見出せません。そこで、友人の「エンジニアちゃん」に相談してみることにしました。
エンジニアちゃんは、読んで字のごとく、ある大手企業に所属する現役のエンジニア。
かけだしちゃんさんがリストアップしたスクールに対し、実績面や費用感から辞めておいた方が良いと忠告します。
「スクールやサロンを検討するときは、講師や広告の話だけを鵜呑みにせず、実績やカリキュラムについても調べた方がいいです。実際に受講した生徒の発言や実績も同様ですね。自分の目指す姿と、スクールに入ったそれにギャップが生じないかも確認しなければなりません」
後にそう振り返るかけだしちゃんさんですが、すっかり舞いあがっていた当時は、エンジニアちゃんの言葉に耳を傾けず、「自己投資」という名の「地獄への道」へ突き進みます。
■ 「模写」で作った「営業ツール」
「スクール」へ入会したかけだしちゃんさん。内容は「LP専門」だったといいます。LPというのは、「ランディング・ページ」と読み、ネット上に表示された広告バナー等をリンクすると着地するページのことを指します。
かけだしちゃんさんが受講した「スクール」は、毎回決められた動画を視聴する方式。定期的な課題の提出もあったそうです。漫画内では、「スクール編」と題し、受講内容の詳細も紹介されています。
例えば、LPの作り方。あくまでかけだしちゃんさんが受講したスクールの話ですが、一連の手順において、まずは参考にするバナーを「模写」します。
次にスクロールが必要なほどの長さのあるLPは、いくつかに分割した上で、講師が用意した「テンプレ」に貼り付けます。あとは、必要な情報だけ入力すれば完成……だそうです。
“コピペ”をして作り上げたLPですが、仮にエラー等が発生しても問題ないそうです。“講師”曰く、「お客様が求めているのは、『正しい綺麗なコード』ではなく『表示されるLP』」とのこと。これは……。
営業に関しての指導もあったとのことです。「100通営業メールを送ってください」という課題では、SNS等で表示される広告主、セミナー等に登壇する講師にその友人たちなど、LPを持っていたら、連絡先を押さえて一斉にメールを送ればいいという指示を受けたかけだしちゃんさん。
といっても、ただ文面だけを送っても開封すらされないのが営業メールです。目に入るようなサンプルも必要になる中、かけだしちゃんさんは、手元にある「模写した」LPを送るように指示を受けます……ん?
ここで、かけだしちゃんさんは、ひとつの疑問が生まれました。「模写したLPを営業に使っても大丈夫?」と。
通信アプリにてその旨を質問してみると、受講生からは次のような「回答」があったそうです。
「大丈夫ですよ!500通くらいメールを送りましたが、何も言われていません♪」
「私は一度、これは○○さんのLPですよね、○○さんとお知り合いなんですか?と聞かれたことがあります!」
「『模写です、これはサンプルです。これくらいのレベルのLPが作成できますというサンプルです』と説明したら、納得していただけました!」
また、講師からも「返答」が。
「氏名など、個人情報に関わる箇所は必ず変更しておきましょう。トラブルに発展する可能性があります」
「他のLPを参考にして、デザインをアレンジするのもいいですよ。勉強になりますしね」
意見を踏まえ、かけだしちゃんさんは、オリジナルのLPを作って営業をすることを決意します。しかしここで、様々な課題を即座に思い浮かびます。「サービスの詳細は?」「特典は?」「謳い文句は?」。
ここでひとつ「現実」に直面したかけだしちゃんさん。月5万円するスクールを使うことなく、何とかオリジナルでLP制作を成し遂げました。
そんなある日、かけだしちゃんさんの下へエンジニアちゃんが遊びにやってきます。
■ 非常にまずい「テンプレ」
一緒にゲームに興じていた際、エンジニアちゃんは「webデザインどう?」と質問。かけだしちゃんさんは、自身で制作したサンプルを紹介して応対します。
それに対し、「人様に渡すものとしてどうなんだこれは」と評し、忌憚なき意見を述べるエンジニアちゃん。その際、かけだしちゃんさんが普段から使用している「テンプレート」に目がいき、強烈な違和感が。
エンジニアちゃんは許可を得た上で、一旦それを自宅に持ち帰って確認したのち、かけだしちゃんさんへこう連絡したそうです。
「スクールのテンプレートの件だけど、あれ使わないで。アレンジしたのも一旦使わないで。絶対」
実は、テンプレートのコード内には、見ず知らずの企業のコピーライトがありました。これは、第三者による著作権表示であり、なんとテンプレート自体が「模写」だった事実に繋がるものです。
無許可でデータを置き換えて改変する行為は、言うまでもなくNG。もし仮に話がついていた(許可を得ていた)としても、事情を知らない第三者に対して、教材として商用展開をするのがどんなにリスクがあるのか。容易に想像がつきます。
■ 「タダより高いものはない」
“警告”を受けて、かけだしちゃんさんは、エンジニアちゃんの手厚いサポートを受けながら、「完全オリジナル」のLPを制作することにしました。
といっても、「スクール(月5万円)」では「コピペのLP」しか教えてもらってないため、HTMLなどといったコーディングが出来ません。独学で勉強はしたものの、一朝一夕に習得できるものではありません。
その時、ふとひらめきます。「コーダー(コーディングを行う人)と組めばいいんじゃ?」と。
運よくかけだしちゃんさんには、エンジニアちゃんという心強い味方がいました。早速オファーを実施しますが、あっさり拒否されます。
一方である「条件」でなら受けると答えました。「『雇われ』だったらいいよ」。
ちなみにこの頃、かけだしちゃんさんは徐々に「案件」を獲得していました。エンジニアちゃんのフォローもあってか、納品物は高い評価を受けることもありました。
ただそれは、「初回無料」という“エサ”があったからこそでもありました。リピーターになるクライアントは中々現れなかったのです。
■ その「頑張り」は意味があるの?
「テンプレの模写」が発覚した際、かけだしちゃんさんは、エンジニアちゃんから、スクールを辞めることをすすめられます。が、「辞めようとは思っている」と伝えても、「辞める」とは言い切れない状況下にありました。
実はかけだしちゃんさんは、月5万円のスクール代に加え、万単位もするような有料セミナーも幾度か受講。既に数十万円レベルの“投資”を行っていました。
一連の流れを、以前開設したSNSアカウントで発信していることを聞いたエンジニアちゃん。交流も活発に行い、「頑張った」そうです。恐る恐るその深淵を覗き込んだエンジニアちゃんは、一言、かけだしちゃんさんに告げます。
「その頑張りって本当に意味があるの?」
ここまでお読みになって薄々感じられている方も多いかと思いますが、エンジニアちゃんは大変に友達思いの人物です。友だからこその助言もしますし、友でも言えないような苦言も容赦なく発します。本作のもう一人の「主人公」ととらえても差し支えないでしょう。
困り果てて、頭を下げてお願いしたかけだしちゃんさんに対してのサポートも惜しみません。「雇われなら受けるよ」といったエピソードに関しても、コーダー業務を、「時給3000円」という料金設定で受けると返しています。筆者の経験の中から申し上げますが、これは恐るべき「友達価格」です。
かけだしちゃんさんには申し訳ないですが、彼女の存在がなければ、今回こうやって漫画を描くまでにも至らなかったことは容易に想像がつきます。恐らく現在も「養分」のひとつとして搾取され続け、誰も気づかぬうちに朽ち果てていたでしょう。
■ 「親友の忠告」VS「自分自身の劣等感」
エンジニアちゃんは、これまでのかけだしちゃんさんの努力を称賛しつつ、続けてこう問いかけます。
「時間とお金は、もっと良いものを作るための勉強にあててほしい」
彼女からすれば、かけだしちゃんさんはいいように利用されている「カモ」でした。それも、自分が生業としていることで。
実はエンジニアちゃんは以前、かけだしちゃんさんからスクールの相談を受けた際に、「お金なんていいから教えてあげるよ」と返していました。それに対して、親友が「搾取」されているのを目の当たりにしたのが耐えられませんでした。
しかし、かけだしちゃんさんもまた、親友の申し出を嬉しく感じつつも、それに甘えてはいけないという思いから決断に至っていました。
完全未経験の中で、暗中模索しながらスクール通いを決断し、気になるアカウントをフォローし、必死でスキルを習得していったのです。なあなあで過ごした学生時代を後悔し、有名企業に就職してエンジニアとして活躍するエンジニアちゃんに憧れを抱きながら。
腹を割った話し合いの結果、かけだしちゃんさんは、スクール退会とSNS発信中止を決断します。
■ 消えた「実績」
現時点で請け負っている仕事を対応しながら、今後について模索することとなったかけだしちゃんさん。ただ、この段階ではスクール退会を決意しただけ。「webデザイナー」としての活動に終止符を打つことになったのは、後に起きた出来事が要因でした。
ある時、かけだしちゃんさんは、これまでのWebデザイナーとしての実績をまとめた「ポートフォリオ」の作成作業に入りました。実はこれまでに「無料制作」で請け負っていた案件では、条件としてサイトの「掲載許可」を貰っていたのです。
クライアントから共有されたリンク先をまとめるかけだしちゃんさん。しかし、それをクリックした瞬間に写し出されていたのは……制作ページではなく「ページが見つかりません」の表示。
「でもこれは割引キャンペーンのだから仕方ない」
しかしながら、他の制作物も同様のことが起こっていました。
かけだしちゃんさんは、スクールの講師から「『無料制作は実績作り』のため」という“アドバイス”を受けていたそうです。数をこなせばそれが自分の糧になると。
ただ、クライアント側からすれば、無料というのは「使い捨て」にも等しい存在です。なぜならそれは「償」のないものだから。
事前に「掲載許可」等が記載された契約書を結んでいれば、かけだしちゃんさんのような悲劇は起こり得なかったでしょう。しかしそのような契約を結ぶ著作物は、既に「有償」の価値を有しているのではないでしょうか。「契約」に関する意識の低い日本ならではの、「あるある」とも言えるかもしれません。
■ 「かけだしちゃん」を描いた理由
2022年に入って、これまでの活動記録を自身のTwitterアカウントで紹介したのが、「未経験から100話でキラキラWEBデザイナーを諦めるかけだしちゃん」。
その内容は、かけだしちゃんさんにとって、拭いきれない人生の汚点であり、出来れば今後目にしたくない黒歴史。それでも世に送り出したのは、ある思いがあったから。
「ここで私が諦めてしまったままだと、これまでの2年間が本当に無駄になると思ったからです。『あの頃を成仏させたい、100話達成できれば、多少は自己肯定感が回復するのでは?』とも思いから、描きはじめました」
かけだしちゃんさんの目指した「キラキラwebデザイナー」は、筆者のようなライターやマーケターにも同様のことがいえます。
特にライター業は、先述の「大人のなりたい職業」でトップを飾ったこともあり、「必勝法」やら「プロ直伝」やら「有料級」と耳障りのいい言葉で勧誘し、数十万円レベルの「講座」、案件獲得に繋がる「有料セミナー」などの「情報商材」に誘導する存在がいます。
識字率が100パーセント近い現代日本において、「物書き」の参入障壁の低さは他に比べて大きく先行しているのでしょう。だからこそか、「養分」を増やそうとする輩が目立ちます。編集部宛にも、ここ最近「ライター募集」に対する応募の申し込みが急激に増えてきています。
これは私個人の経験からの私見ですが、先述のような講座やセミナーの「情報」を買い漁ったところで、ライティングスキルが向上するとは正直全く思いません。漫画内でエンジニアちゃんが言ったように、それらの大半は、書籍等で半値以下で手に入るもの。本当にそうなのかもよく分からない、“実績持ち”の人間が発するものより遥かに価値のあるものです。
私はライター歴が先日ちょうど2年を迎えましたが、その間で有益だと感じたのは、業務上知っておくべき内容をまとめた書籍と、編集長をはじめとした編集部の面々の「指導」でした。書籍の支出としては非常に微々たるものです。時間的なコストはかなり発生しましたがね。
でも筆者の場合は、平行して収入を得ています。ライターを始めたときから。つまり、お金を貰いながら学ぶ2年間であったということです。
「フリーランス」という働き方は、これから一層拡大していくでしょう。だからこそ、各々が正しく「情報」を獲得する、そして良い出会いに恵まれるよう人と人との繋がりを大切にしていくこともまた、必須なのではないでしょうか。
<取材協力>
かけだしちゃんさん(@kakedashi_chan)
(向山純平)