トルコのイスタンブル大学チェラーパシャ校(Istanbul University-Cerrahpaşa)で行われた研究によって、性別違和感を抱える成人は、そうでない人に比べて、顔や耳、口などに「軽度の外見の異常(MPA)」が多いことが報告されました。
特に顔や頭部でその差が目立ち、研究で示された平均をまとめると、MPAスコアは性別違和感のある人で平均約4.6点に対し、ない人では約2.9点と、差は約1.7点で、およそ1.6倍もの開きがありました。
この結果は、性別違和感という「見えない脳の性質」とも言えるものと、身体のごく細かな外見が関連している可能性を示唆しています。
研究内容の詳細は2025年9月10日に『Journal of Sex &Marital Therapy』にて発表されました。
目次
- 外見の僅かな差を「脳の性質」と結びつけることはできるのか?
- 軽度の外見の異常と性別違和感の関係
- 画期的な成果だが、統計データを安易に個人に当てはめてはいけない
外見の僅かな差を「脳の性質」と結びつけることはできるのか?

顔を見ただけでその人の“心の性別”がわかるはずがない――誰もがそう考えるでしょう。
実際、性別違和感は外見から判断できるものではなく、当事者にしか分からない悩みです。
けれども、近年の研究は、「性別違和には、生物学的な側面も関わりうる」と示唆してきました。
胎児期のホルモン環境、脳の形や働き、性ホルモンに関わる遺伝子やエピゲノム(遺伝子の上につく化学的な“しおり”)など、さまざまなデータが少しずつ積み上がってきました。
今回の論文も、その流れの一部です。
ただしやっていることは少しユニークで、「脳そのもの」を直接見るのではありません。
研究者たちが見つめたのは、顔つきや耳、舌、指先やつま先といった“外側のディテール”、特にMPA(軽度の外見の異常)と呼ばれるものでした。
MPAは、胎児期のごく早い時期に生じる小さな形の違いで、ふつうは病気とはみなされず、本人も気づいていないことがあります。
実際、耳たぶの形や舌の形など、自分と他人の違いを正確に認識している人は多くないでしょう。
しかしMPAの多くは胎児期(お腹の中にいるとき)に起こるため、人間の発達過程を何らかの形で反映したマークになる可能性がありました。
「体の表面部分の違いが性別違和感のような脳の中身に繋がるというのは飛躍過ぎないか?」と思う人もいるでしょう。
ですが意外なことに、胎児の皮膚と脳は受精卵(胚)の同じ部位(外胚葉)をベースに作られていることが知られています。
中学校の理科の教科書でも「受精卵(胚)は細胞分裂を繰り返しやがて「外胚葉、中胚葉、内胚葉」という3つの部分に別れる」と書かれています。
この中の外胚葉は皮膚の元になるだけでなく脳や神経の元にもなっています。
そのため外胚葉に何らかの小さな変化やゆらぎが起きている場合、MPAのように体の外見に小さな変化が現れたり、脳の発達にも影響が及ぶ可能性があります。
そこで今回研究者たちは、性別違和のある成人と性別違和のない成人を比べ、MPAの数や分布がどのように違うのかを詳しく調べることにしました。
もし本当に、脳の性質の一部が体の表面ににじみ出ているのだとしたら、どのような共通パターンが見えてくるのでしょうか?
軽度の外見の異常と性別違和感の関係

まず研究チームは、トルコの大学病院のジェンダー外来を受診した性別違和のある成人を集めました。
対象は、性別違和の診断を受けていて、まだホルモン治療や性別肯定手術を受けていない108人です。
(※内訳は、性別に違和感がある出生時に女性とされた人60人と性別に違和感がある出生時に男性とされた人48人でした)
比較相手として、同じ病院に「健康証明書」をもらいに来た性別違和感がない117人(全員が異性への性的指向)が選ばれました。
次にWMPASという尺度(18項目のチェック)を用いて、両方のグループの外観の小さな身体的特徴(MPA)18種類を調べました。
調査対象となった部位は、頭髪・目・耳・口・手・足など18種類で、合計得点に加えて「頭と顔面スコア」と「手足スコア」も調べられました。
結果、性別違和感のあるグループでは、ないグループに比べてMPAの合計スコアが明らかに高いことがわかりました。
これは性別違和感を抱える人々は体の小さな特徴の数や程度が全体的に多い傾向にあることを示します。
特に顔や頭部まわり(頭部領域)の違いが大きく、合計スコアでも、先に述べたように性別違和感のない人が約2.9点なのに対し性別違和感のある人は約4.6点と1.6倍になっていました。
また興味深いことに顔のMPAはランダムではなく、いくつかの項目で偏りが目立ちました(補足資料参照)。

たとえば性別違和感がある人の目は、特に出生時に女性(男性を自認)とされたで「軽い離れ気味」が増える一方「強い離れ過ぎ」は少ないという複雑な結果になりました。
また目頭(目の内側の端)には皮ふのひだが少し多い傾向がありました。
一方で耳は差が比較的はっきりしていて、性別違和感のある人では、左右で形がそろわない耳や、軽い変形のような細かなズレが多い傾向がありました。
さらに、耳の位置がやや低めという特徴は、出生時に男性とされた人(女性を自認)では目立ちましたが、出生時に女性とされた人では対照グループと同じくらいでした。
そして口周りでは、性別違和感のある人では、上あごの天井(口蓋)が高めだったり、舌に溝が多かったり、舌の表面がまだらになっている人がやや多い傾向がありました。
一方で、手足など末端部位の特徴については、出生時に女性とされた人(男性を自認)のほうで対照よりやや多く見られたものの、出生時に男性とされた人(女性を自認)の人では統計的に有意な差は見られませんでした。
これらの結果から研究者たちは性別違和感を持つ人たちの胎児期の脳の発達に、わずかな不安定さ(揺らぎ)があった可能性があると述べています。
画期的な成果だが、統計データを安易に個人に当てはめてはいけない

今回の研究により、性別違和感を抱える人たちには胎児期の発達段階で何らかの生物学的な影響があった可能性が示唆されました。
本研究の発見は、性別違和感という現象が単なる心理的なものだけではなく、胎児期の脳発達に関連している可能性を示し、当事者への理解を深める新たな手がかりとなるでしょう。
コラム:安易に個人に当てはめてはいけない
今回の研究で対象となった、軽度の外見の異常(MPA)にはある程度、見た目で気づけるものもありますが、素人が確実に判別できるものではありません。実際、本研究では訓練を受けた精神科医による測定器具を用いた厳密な計測が行われています。また研究で得られた結果はあくまで統計データであり、個人の目や耳の形をみて性別違和感のある人だと決めつけるのは間違いです。今回の研究は外見の小さな異常と性別違和感というこれまで見過ごされがちであった間に統計的な関連を見出した厳粛な科学研究であり、(当然ながら)差別を助長するものではありません。
また、この研究では比較相手が異性への性的指向の人に限られており、性的指向(誰を好きになるか)の影響が混ざっている可能性も残ります。
また今回の研究はトルコが拠点となっており、日本人やその他の民族でも同様の結果が得られるかは今後の研究課題となるでしょう。
それでも、本研究はMPAと性別違和感の関連を示した初の系統的な検証報告であり、この分野におけるパイオニア的な一歩となりました。
研究チームは今後、遺伝子やエピゲノム(DNAの化学修飾)、胎児期のホルモン環境などを詳しく調べることで、性別違和感の神経発達学的な背景をさらに解明できると期待しています。
もしかしたら未来の世界では、私たちの体に刻まれた小さな“足跡”を手がかりに、見えない脳の発達の仕組みや違いを読み解けるようになるのかもしれません。
元論文
Minor Physical Anomalies as a Gateway to Understanding the Neurodevelopmental Roots of Gender Dysphoria
https://doi.org/10.1080/0092623X.2025.2555930
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
