自分が贔屓にしていたメーカーが、急な方針転換をして驚いたという経験は誰にも覚えがあるでしょう。
ゲームメーカーや映画メーカーなら作っている作品の方向性が変わったり、ファッション関連のメーカーならデザインやプロモーションの方向性が変わったり、このような変化は時折発生します。
ファンからすると変えるべきではないメーカーの特色が突然変更されたりすると、「組織内で反対する人はいなかったのか?」と不思議に感じることもあるでしょう。
そんなときはもしかすると「魔法の三分の一の法則(The Law of the Magic Third)」が働いているのかもしれません。
この概念によると、組織内の3分の1の人が同じ意見を持つと、組織全体の考えや行動が急速に変化する可能性があるといいます。
比較的少数の力が会社全体の方向性を変える仕組みが存在するのです。
目次
- 組織内の3分の1以上の支持で組織全体の行動が変わる
- 「例外」が「例外でなくなる」
- 変革を求めるなら、3分の1の「臨界点」を目指して努力すべき
組織内の3分の1以上の支持で組織全体の行動が変わる
「魔法の三分の一の法則(The Law of the Magic Third)」とは、組織内の約3分の1のメンバーが特定の意見や行動を支持すると、組織全体がその提案を採用する傾向が高まるという考えです。
アメリカのジャーナリストであるマルコム・グラッドウェル氏が、著書『Revenge of the Tipping Point』の中で提唱した概念で、基礎となる考えは77年にハーバード大学のロザベス・カンター教授が発表した研究に基づいています。
カンターが提唱していたのは組織内で少数派の割合が30%を超えると、組織の意思決定や文化に実質的な影響を与えるというものです。
この研究によると、男性主体だった組織に女性が参加することで、その存在が新たな意見や視点をもたらし、組織の議論や意思決定に影響を与えることが明らかになっています。(研究が発表された70年代は女性の社会進出が本格化した時代だった)
たとえば、9人の取締役会に女性が1人だけ加わった場合、その意見は多数派に押されて取り入れてもらえる機会は少なくなります。
では女性が2人いればどうでしょうか。
状況は少し変わるかもしれませんが、組織の方針はここでは変わりません。
しかし、女性が3人加わり、取締役会の3分の1を占めると、組織の意思決定において大きな影響力を持つようになります。
カンターの研究は、少数派が一定の割合を超えることで、組織内の考え方や行動が劇的に変化する可能性を示しているのです。
経営に携わっていない労働者たちからすると、急に会社の方針が転換されて驚くこともあるかもしれません。
彼らの目には、経営陣に追加された1人か2人が、組織全体の考えをいきなり変えたように見えるからです。
では、組織やグループでは、なぜこのような変化が生じるのでしょうか。
「例外」が「例外でなくなる」
「魔法の三分の一の法則(The Law of the Magic Third)」は学術的な用語ではありませんが、この考えのポイントは、グループには「例外が例外でなくなる」タイミングがあるということです。
グループ内の半数以上の意見が同じであれば、グループ全体がその意見に流れるのは当然です。
では、10分の1の人たちだけが特定の意見を支持している場合はどうでしょうか。
彼らの意見は少数派というよりも「例外」です。
そのため、1割の例外的な意見は、グループの意思決定に大きな影響を与えることはできません。
しかし、その意見を支持する人が3分の1を超えるとどうでしょうか。
まだ多数派ではないものの十分な規模であり、明らかに「例外」としては見られなくなります。
他のメンバーは、3分の1の意見を無視するのではなく、真剣に考え始めます。
そして私たちには、ある状況で自分の意思を決定する際に、他人の意思や行動を参考にする傾向(社会的証明という)があります。
強い意見を持っていない大部分の人は、グループの3分の1が同意見だった場合、その意見を真剣に捉え、自分の考えに取り入れるようになるのです。
こうした経緯で、グループの全体的な意見は急激に変化します。
このような傾向は、カンターの研究から「黄金の3割(Critical Mass Theory)」としても知られています。
この理論でも、集団の中でその存在を無視できないグループになるための分岐点は30%であり、それを超えることで集団に変革が生じると考えられています。
最近だと、多くの企業が経営的成功に繋がっているようには見えないにもかかわらず、DEI(多様性実現の取り組み)を積極的に取り入れていることを奇妙に感じているかもしれません。
しかし、こうした組織の意思決定にも「魔法の三分の一の法則」が働いている可能性があります。
ただこうした事例を考えると、組織を変革する際の現実的な道筋が見えてきます。
変革を求めるなら、3分の1の「臨界点」を目指して努力すべき
「魔法の三分の一の法則」や「黄金の3割」からすると、組織を変革するための道筋が分かります。
日本の職場では、多くの場合、同調圧力が強く、少数派の意見が埋もれる傾向にあります。
しかし、少数派が3分の1以上になると状況は一変する可能性があります。
例えば、女性のリーダーや外国人社員が3割を超えると、組織文化やコミュニケーションスタイルがより多様で柔軟になります。
これによりイノベーションが促進され、より持続可能なビジネスモデルが生まれる可能性があります。
同様に、学校教育においても、授業中に多様なバックグラウンドを持つ生徒が一定の割合を占めるようになると、クラス全体の議論が活性化し、異なる視点を尊重する価値観・雰囲気が育まれます。
とはいえ、この法則にはリスクもあります。
例えば、社会の3分の1が特定の人物や行動を否定すると、その批判は瞬く間に広がり、社会全体が同調する事態が生じえます。
また政治的なキャンペーンでは、少数派があえて誤情報を広めて議論を意図的に誤った方向へ誘導することも可能かもしれません。
いずれにせよ、社会や組織全体が変化する「臨界点」があることを知っておくことは、状況の急激な変化を理解するのに役立ちます。
もし私たちがポジティブな変革を起こしたい場合、まずは自分の周りの小さなグループにおいて、自分の行動を見直してみると良いでしょう。
職場で新しいアイデアを提案したり、家庭で新しいルールを試してみたりすることがその一歩に繋がります。
私たちの一歩は、身近な人に影響を与えるはずです。
そしてその影響力がグループ内の3分の1を超えた時、組織全体や社会に変革が生じるのです。
参考文献
The “magic third” rule: How just one voice can transform a group
https://bigthink.com/neuropsych/the-magic-third-rule-how-just-one-voice-can-transform-a-group/
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部