仕事が終わって帰宅したら、もう夜の7時。
夕飯を食べたり、お風呂に入ったりなんだしているうちに10時を回っていて、自由時間がほとんどない!
そこで仕方なく寝る時間を削って、YouTubeを見たり、ゲームをしたり、SNSを徘徊する人は多いでしょう。
こうした背景から「ショートスリーパー」に憧れる現代人が増えつつあります。
ショートスリーパーとは1日の睡眠時間が4〜6時間未満であるにも関わらず、日中の眠気など、生活に全く支障がない人たちのことです。
最近ではショートスリーパーになるための方法なども吹聴されていますが、果たして、ショートスリーパーとは誰でもなれるものなのでしょうか?
これについて、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の神経科医であるルイス・プタチェク(Louis Ptáček)氏は、長年の研究から「ショートスリーパーになれるかどうかは遺伝的素質に大きく左右される」と話します。
目次
- ショートスリーパーには優秀な人が多い?
- ショートスリーパーは誰でもなれるのか?
ショートスリーパーには優秀な人が多い?
「睡眠はだいじ!」とはもう耳にタコができるほど聞かされた話です。
ただ研究者たちが何度もしつこく睡眠の大切さを説くには、確かな根拠があります。
一般的に成人に推奨される1日の睡眠時間は6時間以上〜8時間程度です。
睡眠には、脳と体の回復、記憶の整理と定着、ホルモンバランスの調整、免疫力の向上、脳の老廃物の除去といった様々な役割があります。
これを下回る睡眠時間が続くと寝不足になり、さらに寝不足の状態が慢性化すると、集中力の低下、高血圧、肥満、糖尿病、うつ病、心筋梗塞、がんの発症といった健康リスクが高まるのです。
しかし睡眠が大切とはわかっていても、現代社会では仕事や家事に追われて、どうしても睡眠時間が削られがちになっています。
こうした背景の中、できるだけ自由時間を増やし、人生の有意義な時間を取り戻す方法として注目されているのが「ショートスリーパー」です。
ショートスリーパーは一般に、1日の睡眠時間が4〜6時間未満であるにも関わらず、翌日の活動に支障がなく、健康上にも異常がない人たちと定義されます。
ショートスリーパーの多くは小児期や若年期から他の人に比べて睡眠時間が短い傾向があり、その体質は一生涯続くとされています。
またショートスリーパーになれば、その分だけ活動時間も増えますから、その時間をビジネス面や創造的な仕事に費やすことが可能です。
それが関係しているかどうかは不明ですが、ショートスリーパーには著名人が多く、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなどは1日3〜4時間しか睡眠時間を取らなかったと言われています。
日本の著名人ですと、明石家さんまさんも数時間の睡眠だけで、あれだけエネルギッシュな活動を続けています。
それから歴史を遡ってみれば、ショートスリーパーの偉人はかなり多く、ナポレオンやレオナルドダ・ヴィンチは1日3時間程度、発明王エジソンも4時間ほどしか眠らなかったそうです。
エジソンに至っては「睡眠は人類の洞窟時代からの遺産に過ぎず、今となっては一晩に4時間以上眠る必要はない」とまで主張しています。
現に彼が発明した白熱電球の普及は、人々の睡眠時間を短くさせることに寄与しました。
こう見ると「歴史的な発明や大きな業績を成し遂げるには、ショートスリーパーになるのが近道なのかも?」と思われるかもしれません。
ただ念のために言っておきますと、睡眠時間が長い人の中にも偉大な著名人はたくさんいます。
代表的なのは天才物理学者アインシュタインで、彼は1日に10時間も睡眠を取っていました。
日本の著名人としては、ゲゲゲの鬼太郎でお馴染みの漫画家・水木しげるも1日10時間睡眠を心がけていましたし、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊は1日11時間も寝ていたといいます。
まあ、睡眠時間と優秀さとの関連性はこの辺にしておいて、「忙しい日々の中で自由時間を増やすために、ショートスリーパーになりたい!」という方は少なくありません。
では、ショートスリーパーとは誰でも習慣次第でなれるようなものなのでしょうか?
ショートスリーパーは誰でもなれるのか?
この問題については、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経科医であるルイス・プタチェク氏が長年にわたり研究を続けてきました。
その中でプタチェク氏は「ショートスリーパーになれるかどうかは遺伝的な素質が大きい」と結論を出しています。
彼は以前、家族の多くがショートスリーパーだという被験者一家を対象に遺伝子調査をしたところ、「DEC2」と呼ばれる遺伝子に突然変異が起きていることを特定したのです(Science, 2009)。
さらにチームはマウスを対象にDEC2を遺伝子改変した結果、そのマウスは同じ母親から生まれた兄弟たちとは違い、睡眠時間が短くなることを確認しています。
それでいて健康状態に問題は見られませんでした。
詳しく調べてみると、DEC2の遺伝子変異は覚醒を促す「オレキシン」という脳内ホルモンの分泌を増やしていることがわかったのです。
オレキシンが欠乏すると、日中に強い眠気が襲う睡眠障害の一つ「ナルコレプシー」になることが知られています。
この結果は、ショートスリーパーになるかどうかが遺伝的な要因に大きく左右されることを示した成果でした。
その後の研究でも、ショートスリーパーに関連する遺伝子変異が次々と特定されています。
例えば、親子3世代にわたるショートスリーパー家系の被験者からは、「ADRB1」と呼ばれる遺伝子に突然変異が起きていることが判明しました(Neuron, 2019)。
ADRB1の遺伝子変異は睡眠の調節に関与する脳領域で活性化しており、マウスにADRB1変異を持たせると、起きている時間が他のマウスに比べて有意に長くなったのです。
また他にもショートスリーパーの父子ペアにおいて、睡眠・覚醒のサイクル調節に関わる遺伝子「NPSR1」に変異が起きていることも発見されています(NIH, 2014)。
これらの結果から、ショートスリーパーの人たちは特定の遺伝子変異を持つことで、生まれつき短い時間でも高い質の睡眠を取れるようになったと考えられるのです。
そのため、医学的な見解では、普通の人が無理にショートスリーパーになろうとするのは危険であり、たとえ睡眠時間の大幅な短縮に成功しても、それはショートスリーパーの遺伝的素質を元から持っていた可能性が高いからだと考えられます。
ショートスリーパーに憧れて、日々の睡眠時間を1〜2時間削ったとしても、起きている時間に眠気やだるさを感じてしまっては元も子もありませんし、心身の疾患を発症するリスクも高めてしまうだけです。
もしショートスリーパーに挑戦してみて全然合わなければ、1日6時間以上の睡眠は確保した上で、起きている時間の使い方を工夫した方がよいでしょう。
参考文献
The ones who need little sleep
https://knowablemagazine.org/content/article/mind/2024/genetics-of-people-who-need-little-sleep
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部