「放射線」は極めて恐ろしい存在です。
特に私たち日本人は、世界で唯一の戦争被爆国でありながら、今なお震災による原発事故の危機にさらされています。
人間の体はわずか数グレイ(被曝量の単位)の放射線を浴びるだけで、甚大なダメージを負ってしまうのです。
しかし自然界には、人間にとって致死量となる放射線の数万倍もの量にさらされても無事でいられる生命体がいます。
それが「コナン・ザ・バクテリア」と通称される細菌です。
日本で「コナン」といえば大半の人は名探偵を思い浮かべるでしょうが、残念ながらそのコナンとは違います。
こちらは米国の小説『英雄コナン(Conan The Barbarian)』にちなんだものです。
この小説は屈強な戦士コナンが各地を旅して、様々な敵と戦う物語であり、1982年にはアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『コナン・ザ・グレート』として映画化もされました。
つまり、放射線にも耐えられる強靭さを称えて、この細菌を英雄コナンに例えているわけです。
なので記事内でもこれに倣って「コナン細菌」と呼ぶようにしましょう。
では、コナン細菌はいつどのように発見され、なぜこれほどの放射線に耐えられるのでしょうか?
研究の詳細は2024年12月12日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- コナン細菌は「牛肉の缶詰」から見つかった⁈
- コナン細菌は「世界最強の放射線耐性」の持ち主だった
- 放射線に強いメカニズムを解明!ヒトの役にも立つ
コナン細菌は「牛肉の缶詰」から見つかった⁈
コナン細菌が初めて見つかったのは1956年のことです。
米オレゴン州の都市コーバリスにあるオレゴン農業試験場で発見されました。
当時、食品保存の研究の一環として、牛肉の缶詰にガンマ線を照射して滅菌する実験が行われていたのですが、その中で保存されていた缶詰を観察したところ、いくつか腐って膨らんでしまったものがあったのです。
その原因を探るために研究者らが缶詰を調べた結果、強い放射線に耐えられる細菌が見つかりました。
これがコナン細菌です。
コナン細菌は当初、その形状や性質から「マイクロコッカス属(Micrococcus)」に分類されていました。
しかし細胞壁のつくりが違うことや極めて強い放射線耐性を持つことなどから、マイクロコッカス属とは異なる新種の細菌であると判明します。
そこで研究者らは「放射線に耐える奇妙な果実」を意味する「デイノコッカス・ラディオデュランス(Deinococcus radiodurans)」と命名したのです。
なので、コナン細菌の正式な学名はデイノコッカス・ラディオデュランスとなります。
さらに調査を進めると、コナン細菌は世界でも最強の放射線耐性の持ち主であることが明らかになりました。
コナン細菌は「世界最強の放射線耐性」の持ち主だった
生命体をはじめとした物体が受ける被曝量の単位は「グレイ(Gy)」で示されます。
これまでの研究によりますと、私たち人間は全身に3〜5グレイの放射線を浴びると、60日以内に半数が死亡します。
さらに7〜10グレイに及ぶと、ほぼ全員が死に至るとされています。
高濃度の放射線は細胞中の水分子を破壊し、活性酸素を作り出すことで、DNAやタンパク質の損傷を引き起こすからです。
DNAやタンパク質の損傷が修復不能なレベルになると、細胞は正常な働きを保てなくなり、細胞死(アポトーシス)が誘導されます。
その過程で細胞のがん化や組織障害、臓器不全を起こし、最終的に死に至ります。
これは人間だけでなく、あらゆる生物にとっても同じことです。
ところがコナン細菌は違いました。
コナン細菌がどれだけの放射線量に耐えられるかを検証した実験では、なんと驚異の2万5000グレイに耐えられることが示されたのです。
さらにそれだけではありません。
米ノースウェスタン大学(NU)による2022年の研究で、コナン細菌を乾燥させて冷凍した場合(※)、人間の致死量の2万8000倍に相当する14万グレイの放射線量に耐えられるようになったのです(Astrobiology, 2022)。
(※ 放射線は細胞内の水分子に作用して、活性酸素を発生させます。乾燥させて冷凍すると、細胞内の水分子が極めて少なくなるので、活性酸素が著しく低下し、それだけ放射線耐性も高まります)
これはあらゆる生命体の中でも、異例の放射線耐性の高さでした。
これを受けて、コナン細菌は「世界で最も放射線に強い生物」としてギネス記録に認定されています(Guiness World Records)。
しかし最も気になるのは「なぜコナン細菌はこれほど強い放射線耐性を持つのか」ということでしょう。
この謎については、先と同じノースウェスタン大学の最新研究によって解明されました。
放射線に強いメカニズムを解明!ヒトの役にも立つ
これまで、コナン細菌の放射線耐性は主に「DNAの修復能力が異常に高いからだ」と考えられてきました。
放射線にDNAを傷つけられても、直ちに回復できることが鍵だと見られていたのです。
もちろんDNA修復能力の高さも重要ですが、ノースウェスタン大学の最新研究ではむしろ、DNAが傷つけられる以前に、活性酸素からDNAやタンパク質を守る防御システムが強靭であったことが明らかになりました(Press release, 2024)。
同チームはコナン細菌の放射線耐性の秘密を解き明かすべく、分子レベルで調査を実施。
するとコナン細菌は活性酸素を一掃できる強力な抗酸化物質を生成できることが判明したのです。
さらに深掘りしてみると、この抗酸化物質は「マンガンイオン」「リン酸塩」「ペプチド」の3つの成分が強固に結合してできていることがわかりました。
実はこれ以前に、マンガンとリン酸塩を組み合わせると強力な抗酸化物質が合成できることは知られていました。
しかしコナン細菌はそこへさらに、複数のアミノ酸の結合でできた分子の「ペプチド」を組み合わせており、実験の結果、マンガンとリン酸塩だけの組み合わせよりも遥かに強い放射線耐性を発揮したのです。
研究主任のブライアン・ホフマン(Brian Hoffman)氏も「この3つの複合体こそが放射線に対する優れたシールドになっていました」と説明。
その上で「マンガンとリン酸塩が一緒になると強力な抗酸化物質になることは以前から知られていましたが、今回、第3のペプチドを加えることによってもたらされる『魔法の力』を発見できたことは非常に画期的です」と続けています。
コナン細菌は放射線によって大ダメージを与えられる前に、強力な抗酸化物質シールドでもって、活性酸素を除去していたのです。
そして最小限に抑えられたダメージのおかげで、その後のDNA修復プロセスへとスムーズに移行できると考えられます。
今回の知見は、医療や防衛、宇宙探査の分野に大いに役立てられる成果です。
ホフマン氏らは例えば、ミッション中の宇宙飛行士を強烈な放射線から守る薬剤を開発したり、放射線から身を守るワクチンの開発につながると考えています。
コナン細菌の力が私たちを放射線の脅威から守ってくれるかもしれません。
参考文献
How ‘Conan the Bacterium’ withstands extreme radiation
https://news.northwestern.edu/stories/2024/12/how-conan-the-bacterium-withstands-extreme-radiation/
This Microbe Eats Radiation For Breakfast. Now We Know Its Secret.
https://www.sciencealert.com/study-reveals-new-secrets-on-why-blasting-this-microbe-with-radiation-wont-kill-it
元論文
The ternary complex of Mn2+, synthetic decapeptide DP1 (DEHGTAVMLK), and orthophosphate is a superb antioxidant
https://doi.org/10.1073/pnas.2417389121
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部