心の荒ぶりはADHD(注意欠如・多動症)のサインかもしれません。
このほど、中国・復旦(ふくたん)大学の最新研究で、感情調節障害がADHDの中心的な症状となっていることが見出されました。
これまで、ADHDがどのようなプロセスで症状の顕在化に至るのかよく分かっていませんでしたが、今回の知見は感情コントロールの難しさが中核的要素となって、不注意・多動性・衝動性を主軸とするADHD症状が顕在化する可能性を示唆しています。
研究の詳細は2024年5月13日付で学術誌『Nature Mental Health』に掲載されました。
目次
- ADHD症状が顕在化する原因はなんなのか?
- 「心の荒ぶり」がADHDの中核症状だった
ADHD症状が顕在化する原因はなんなのか?
ADHDを持つ人は、集中力を長く維持したり、計画的に作業を進めたり、衝動を抑えたりするのに苦労します。
ADHD症状は一般的には12歳以前の小児期に始まりますが、青年期および成人後になって診断されるケースも数多く報告されています。
1つ注意して欲しいのはADHDは先天的な神経発達障害によって起こる諸症状を指すもので、風邪のようにあるとき突然罹るというようなものではないということです。
ADHDと診断されることを、発症と表現しますが、これは潜在的に持っていたADHDの症状が表面化したり、後になって発覚した状況を言っています。
症状の程度によっては幼少期は特に問題にされず、忘れっぽい子とか、落ち着きがない子で済まされていたものが、大人になって仕事に支障をきたす様な問題を起こすことが増え診断を受けた結果ADHDだと発覚した、というのが主に青年期以降に見られるADHD発症のケースです。
特に近年はADHDへの認識度の高まりに応じて診察の機会が増えており、このために世界的にADHDと診断される大人の数が急増しているとされています。
ADHDがどんな症状を特徴とするのか、ADHDが顕在化しやすいのはどの年齢なのか、といった情報は世間的にも理解され始めていますが、その一方で「ADHDがどのような経過を辿って症状の顕在化に至るのか」はよく分かっていませんでした。
これまでのところ、ADHDは特定の「認知機能障害」と「動機づけ機能障害」の組み合わせに起因するというのが有力な見方となっています。
認知機能障害とは、記憶力や注意・判断力、言語能力といった脳の認知機能に何らかの欠陥が生じる問題です。
これを起こすと、注意が散漫になったり、計画能力や時間管理が損なわれたりして、ADHD症状を起こしやすくなると考えられています。
一方の動機づけ機能障害とは、行動を起こすための意欲や、目標達成に向けた努力をする能力に何らかの問題が発生している状態です。
こうした人は例えば、一度始めた行動や活動を長期間維持するのが難しかったり、やってる途中で物事への興味を失ったり、明確な目標設定が困難なため、難しい課題やプレッシャーのある状況を避ける傾向が強くなります。
ただ、この2つは共にADHD症状と関連性の深い要因とされますが、実はADHD症例の30%には見られず、ADHD症状を持つことを確実に予測できる因子ではありませんでした。
確かにADHDについては、子供の頃は多動性、大人になると注意欠陥が主な症状になる、というような説明がよくされおり、状況によって症状の表れ方に変化があることも示唆されています。
そこで研究チームは、ADHD症状により深く関与している要因が他にあるのではないかと考え調査を行ったのです。
「心の荒ぶり」がADHDの中核症状だった
感情調節障害とは文字通り、日常生活において感情を適切に管理し、コントロールする能力に問題が生じている状態を指します。
感情調節障害に陥った人は、何らかの感情を誘発する刺激に対して、過剰に反応してしまうか、あるいは極端に抑制される傾向があります。
こうした人は例えば、ほんの些細な出来事ですぐカッとなって激しい怒りを抱いたり、感情が不安定になりやすく、急に悲しくなって泣いたり、逆に感情がほとんど喚起されず、表情に乏しくなったります。
感情が高ぶると物を投げるなどの行動をとってしまったりするのも、この症状に見られる一部です。
要するに、感情の浮き沈みが激しく、心が荒ぶると抑制できない状態になるのです。
そしてこの感情が上手く調整できないという問題は、ADHD患者でもよく見られることが報告されています。
そこで研究チームは、この感情調節障害がADHDの不注意や衝動性、多動性の根底にある中核的な症状である可能性に着目したのです。
これを明らかにするためチームは、ABCD(Adolescent Brain Cognitive Development Study)研究に参加した小児ADHD患者672名のデータを分析しています。
ABCD研究とは、米国国立衛生研究所(NIH)が主導する大規模な縦断研究プロジェクトのこと。
ここでは子供から青年期にかけての脳の発達とその認知機能への影響を理解すべく、1万人以上の子供を対象に10年にわたる長期的なデータ収集を続けています。
さらにチームはABCD研究のデータバンク以外にも、小児ADHD患者263名とADHDではない健康な小児409名を対象にデータ収集を行っています。
被験者の平均年齢は11〜12歳でした。
調査では専用の質問票を用いて、ADHD症状のスコア評価を行うと同時に、認知機能と動機づけ機能も測定。
それから感情調節障害については、保護者の回答による客観的なスコア評価を行いました。
これに加えて、MRI(磁気共鳴画像法)を使い、感情調節機能に関わる脳領域も調べています。
感情調節障害が強いほど、ADHD症状も重くなっていた
そしてデータ分析の結果、ADHD症状の重症度は、認知機能障害や動機づけ機能障害よりも「感情調節障害」との関連性の方が強いことが明らかになったのです。
感情調節障害のスコアが高い子供ほど、ADHD症状の重症度も高い傾向が見られました。
特にADHD症状が非常に重篤な小児350名のうち21%は、認知機能および動機付け機能の欠陥を示しておらず、感情調節障害の高いスコアを示していたのです。
また追跡期間中にADHD症状が緩和する子供たちもいましたが、感情調節障害のスコアが高かった子供たちほど、ADHD症状が慢性化して長引く傾向がありました。
実際にADHD症状の重篤な子供では、感情調節機能と密接に関わる脳領域「下前頭回(かぜんとうかい)」の表面積が他の子供たちに比べて縮小していることが確認されています。
これらの結果を受けてチームは、この脳領域の表面積が小さくなるほど、感情調節障害が強くなり、それが感情の浮き沈みの激しさを引き起こすことで、ADHDに特有の不注意・多動性・衝動性につながっている可能性が高いと説明しました。
今回の研究成果は、心の荒ぶりが制御できない感情調節障害こそが中核的要素となって、ADHD症状の顕在化に寄与している可能性を示唆するものです。
一方で、今回の研究は小児のデータに焦点を合わせたものであり、脳構造や感情調節機能が小児とは異なる大人に同じ結果を適用できるかはまだわかりません。
しかしながら、大人のADHD症状の一つとして感情調節障害が見られることは報告されています。
そのため、大人においても感情調節障害がADHDであることのサインとなっている可能性は十分にあります。
そこで今後は、感情調節機能とADHDとの関連性をさらに深掘りすることが診断の精度を上げていくと期待されます。
その結果次第では、感情調節に焦点を当てた治療がADHD症状を効果的に改善する新たなアプローチとなるかもしれません。
参考文献
Emotion dysregulation is a core component of ADHD, study finds
https://www.psypost.org/emotion-dysregulation-is-a-core-component-of-adhd-study-finds/
元論文
Emotion dysregulation and right pars orbitalis constitute a neuropsychological pathway to attention deficit hyperactivity disorder
https://doi.org/10.1038/s44220-024-00251-z
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部