脳に微弱な磁場を与えることで、うつ病を短期治療できるようです。
うつ病には、薬物療法、心理療法に次ぐ第3の治療法として「rTMS治療(=反復経頭蓋磁気刺激療法)」があります。
rTMSは頭部に電磁コイルを設置して脳内に磁場をかけることで微弱な電流を誘導し、神経活動を正常化する治療法で、薬物の副作用も少なく、脳への負担が少ないとされています。
英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)、中国・貴陽学院は最近、このrTMS治療を従来のタイムスケジュールよりも大幅に短縮させた新たなプロトコルの有効性を検証。
その結果、治療開始からわずか1週間ほどで、うつ病の改善効果が得られることが確認されました。
この治療法は加速型rTMS治療と呼ばれ、短期間で完了し自宅でも安全にできるうつ病治療として期待されています。
研究の詳細は2024年10月23日付で医学雑誌『Psychological Medicine』に掲載されました。
目次
- 薬物や心理療法が効かない「うつ病」がある
- 自宅にいながらうつ病治療ができるように
薬物や心理療法が効かない「うつ病」がある
うつ病は今や成人の約20人に1人が患っていると推定されています。
抗うつ薬を用いた薬物療法や、セラピストとの対話による心理療法などが存在するものの、3人に1人の患者にはほとんど効果が見られません。
こうした薬物療法や心理療法でも症状が改善しないものを「治療抵抗性うつ病(TRD:treatment-resistant depression)」と呼びます。
その一方で、これまでの脳科学研究により、うつ病を発症する主な神経メカニズムとして、「背外側前頭前野(DLPFC)」の活動低下と「眼窩前頭皮質(OFC)」の活動過剰が深く関わっていることが判明しています。
DLPFCは感情調整の制御に関与しているため、ここが機能低下すると不安症や自己否定、無力感といったうつ病につながるメンタルに陥りやすいのです。
また眼窩前頭皮質(OFC)は報酬に関連する情報処理を担っており、ここが過剰に活動すると、報酬の欠如やネガティブな刺激に敏感に反応してしまい、負の感情を抱きやすくなるとされています。
そこで研究者たちが薬物療法、心理療法に次ぐ第3の治療法として進めているのが「rTMS治療(=反復経頭蓋磁気刺激療法)」です。
「rTMS治療」とは?
rTMS治療とは簡単にいうと、頭部に専用の電磁コイルをセットし、磁場を変化させることで、脳内に微弱な電流を発生させる方法です。
それを標的とする脳領域にピンポイントで当てることで、機能不全にある神経細胞を刺激し、正常な働きに戻すことを目指します。
rTMS治療は外から電流を直接与えるものではないため、電気ショックに比べて脳へのダメージがはるかに少なく、薬物療法のように副作用が出ることもほとんどありません。
また従来の薬物療法や心理療法より短期間で効果を実感できるため、通院の負担軽減などの面で利点があります。
こうした多くの利点から、日本でも2019年よりrTMS治療の適応が認可されました。
とは言うものの、rTMS治療は通常20〜30日にわたるセッションを必要とするため、重度の精神的苦痛や自殺念慮を抱いているなど、すぐにでも症状の改善が急務なうつ病患者にとってはまだ理想的な選択肢となっていません。
そこでケンブリッジ大を中心とする研究チームは今回、従来のrTMS治療のタイムスケジュールを大幅に短縮させた加速型rTMS治療の有効性を検証することにしました。
自宅にいながらうつ病治療ができるように
従来のrTMS治療は20〜30日にかけて行われますが、チームは今回この治療期間を大きく短縮させるべき、加速型rTMS治療という新しい方法で、1日に4回、5日間集中的に治療する方法を実施しました。
臨床実験では、中国・貴州省の病院に入院しているうつ病患者75名を対象としています。
患者のうつ病レベルは「ハミルトンうつ病評価尺度(HDRS)」として知られる診断ツールで評価されました。
rTMS治療の標的とするのは、先ほど述べた「背外側前頭前野(DLPFC)」と「眼窩前頭皮質(OFC)」です。
そしてチームは患者を次の3つのグループに分けました。
1つ目はDLPFCとOFCの両方の脳領域に磁場を用いたrTMS治療を行うデュアル(二重)グループ。
2つ目はOFCには偽の磁場を与え、DLPFCにだけrTMS治療を適応したシングル(単一)グループ。
3つ目がDLPFCとOFCともに偽の磁場を与えるコントロール(対照群)です。
1回の治療セッションは約5分間(1日で計20分間)続けられ、治療終了直後の5日目から症状がどれだけ改善したかを評価します。
その結果、事前の予想通り、デュアル(二重)グループでは他の2つのグループと比較して、うつ病の症状が有意に改善していることが認められたのです。
うつ病スコアは通常、治療開始前から少なくとも50%低下した場合に「臨床的に有効性がある」と判断されます。
それを基準にすると、デュアル(二重)グループではほぼ半数(48%)の患者がわずか5日間の治療でこの水準をクリアしていました。
他方でシングル(単一)グループで、うつ病スコアの50%減をクリアしたのは5人に1人弱(18%)、対照群では20人に1人未満でした。
さらに4週間後のフォローアップ調査では、デュアル(二重)グループの61%の患者がこの水準をクリアしていました。
この結果を受けて、ケンブリッジ大学の精神科医であるヴァレリー・ブーン(Valerie Voon)氏はこう話しています。
「私たちが実施した迅速なアプローチはわずか5日間の治療セッションで、うつ病の症状を軽減できることを示しました。
これは自殺念慮を抱いている人など、重度で緊急の治療を必要とするうつ病患者にとって有用な可能性があります」
加えて、rTMS治療のもう一つの利点は将来的に自宅治療が可能になると期待できることです。
これにより継続的な通院治療を回避し、家にいながらうつ病を改善できることが期待されています。
今回の加速型rTMS治療が世界的に普及すれば、通院の煩わしさなどの負担を削減を実現し、個々の患者に合った治療プロセスが可能になるでしょう。
参考文献
Magnetic field applied to both sides of brain shows rapid improvement for depression
https://www.cam.ac.uk/research/news/magnetic-field-applied-to-both-sides-of-brain-shows-rapid-improvement-for-depression
元論文
A novel dual-site OFC-dlPFC accelerated repetitive transcranial magnetic stimulation for depression: a pilot randomized controlled study
https://doi.org/10.1017/S0033291724002289
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部