「普段使っている歯ブラシには膨大な数の細菌が存在している」と聞いたことがあるでしょう。
それゆえ、定期的に歯ブラシを取り換えるようにしている人も少なくないはずです。
しかし、同じ微生物であるウイルスについてはあまり考えたことがないかもしれません。
最近、アメリカのノースウェスタン大学(Northwestern University)に所属するエリカ・M・ハートマン氏ら研究チームは、歯ブラシには細菌だけでなく、非常にたくさんのウイルスが存在していることを発見しました。
また歯ブラシだけでなく、もしかしたら意外に思うかもしれませんが、シャワーヘッドにも多種多様なウイルスが存在することも発見しています。
実験で解析されたそれらのサンプルには、合計600種類以上のウイルスが存在していたというのだから驚きです。
研究の詳細は、2024年10月9日付の学術誌『Frontiers in Microbiomes』に掲載されました。
目次
- 歯ブラシやシャワーヘッドには細菌がいっぱい
- 細菌とウイルスの違い
- 600種類以上のウイルスが検出される!過剰に反応しないことが大切
歯ブラシやシャワーヘッドには細菌がいっぱい
細菌があらゆる場所・環境に存在することは、よく知られています。
土壌や水中だけでなく、ヒトの体内にも多種多様な細菌(例:腸内のビフィズス菌や大腸菌、皮膚の表皮ブドウ球菌など)が存在しています。
しかし一部の細菌は体内に取り入れることで私たちの健康を害することがあり、嫌われています。
例えばスマホの表面や歯ブラシなどでは、細菌が繁殖しやすく、触ったり口の中に入れたりすることで健康に害を及ぼすリスクがあります。
特に歯ブラシは、濡れたままの状態で放置されることが多く、細菌が繁殖しやすい場所としてよく知られています。
免疫力が低下している時には細菌感染などのリスクが高まるため、定期的に歯ブラシを取り換えることを意識している人も多いはずです。
そして実は、歯ブラシ以外にも、私たちがよく使用するアイテムで細菌が繁殖しやすいものがあります。
それはシャワーヘッドです。
シャワーヘッドは、湿度が高く温かい環境にさらされることが多く、乾燥する機会がほとんどありません。
またシャワーヘッドの内部では使用後に水が溜まりやすく、これが細菌の繁殖を助けます。
そしてシャワーを使用した時に空気中に放出される「微小な水滴」には細菌が含まれており、特に病原菌が空気中に拡散することで、免疫力の弱い人に悪影響を及ぼす恐れがあると分かっています。
実際、2009年のコロラド大学(University of Colorado)の研究では、アメリカにある45個のシャワーヘッドが分析した結果、非結核性抗酸菌(肺の病気を引き起こす)が一般的な都市水道水に含まれる100倍以上検出されたと報告されています。
こうした話題はよくテレビなどでも特集されていたりするので、聞いたことがある、一応気にして掃除や交換をしているという人は多いでしょう。
しかし、身近に存在する目に見えない微生物は細菌だけではありません。
ここには同様にウイルスも潜んでいる可能性があるのです。
細菌とウイルスの違い
細菌は微生物の一種ですが、「ウイルス」も微生物の一種です。
細菌とウイルスは同じ微生物に含まれますが、細菌が細胞を持ち、細胞分裂により自己増殖できるのに対し、ウイルスは細胞を持たず、宿主細胞の中でしか増殖できません。
大きさも全く異なり、細菌が1~10μmなのに対し、ウイルスはその1/10~1/100のサイズです。
細菌学のスペシャリストだった野口英世が最後は疫病の原因を特定できずに亡くなったのも、彼の生きた時代には電子顕微鏡がなくウイルスを見ることが出来なかったからだと言われています。
それくらいウイルスは細菌と比べて小さいのです。
このように細菌とウイルスでは構造が大きく異なる他、大きさもかなり異なるため、当然ながら感染症になった場合の治療法も異なります。
では、私たちの身近にはどれほどのウイルスが存在しているのでしょうか。
今回、ノースウェスタン大学(Northwestern University)に所属するエリカ・M・ハートマン氏ら研究チームは、細菌が多く存在していることで有名な歯ブラシやシャワーヘッドに、どれほどのウイルスが存在しているか調べることにしました。
彼女は、「このプロジェクトは好奇心から始まりました」と述べています。
研究の対象となったウイルスは「ファージ(バクテリオファージ)」と呼ばれるものです。
ファージは、細菌に感染してその細胞内で増殖するウイルスであり、宿主となる細菌が生存する場所であれば、どこにでも存在すると言われています。
そのため、細菌の多い歯ブラシやシャワーヘッドにも多数存在すると考えられます。
では、実際にどれほど多様なウイルスが存在したのでしょうか。
600種類以上のウイルスが検出される!過剰に反応しないことが大切
研究チームが、96個のシャワーヘッドと34本の歯ブラシを分析したところ、それらの中に合計で600種類以上のウイルスが存在していることが分かりました。
しかも発見されたウイルスの多くは、これまで発見されてこなかった「未知のウイルス」だと考えられています。
そして、シャワーヘッドと歯ブラシでは、ウイルスの種類が重複することはほとんどありませんでした。
場所によってウイルスの種類が異なるのは、ウイルス(ファージ)たちがそれぞれ特定の細菌を好むからです。
実際、歯ブラシに存在する細菌の多くは人間の口から来るものであり、シャワーヘッドに存在する細菌の多くは周囲の環境(都市水道水に含まれる病原体を含む)から来ているため、それぞれを宿主とするウイルスの種類が異なるのも当然なのです。
ハートマン氏はこの結果について、「シャワーヘッドと歯ブラシは、それぞれ小さな島のようです。これは世の中に存在するウイルスの驚くべき多様性を強調しています」と述べました。
そして、これらのウイルスやその細菌の一部は、増殖することで人体に危険を及ぼす可能性があることも分かりました。
とはいえ未解明な部分が多く、研究チームは、「ファージとその宿主との相互作用が、人間の健康リスクに影響を及ぼすかどうかは、更なる調査が必要だ」と結論付けています。
一方で多くの科学者たちは、ファージが細菌に感染して破壊することから、ファージを使った細菌感染症の治療法を研究してきました。
ハートマン氏も今回検出されたファージを用いて、新たな治療法が生み出される可能性を指摘しています。
「ウイルス」と言う名前が付いているからと言って、その全てが私たちに害を及ぼすわけではないのです。
だからこそハートマン氏は、私たちの身の回りには、人体に悪影響を及ぼさない無関係な微生物が多く存在するので、それらに私たちが過剰反応しないよう警告しています。
今回の研究によって、歯ブラシやシャワーヘッドには、多くの細菌だけでなく、600種類以上のウイルスが存在すると分かりました。
私たちとしては、この事実に過剰反応することなく、微生物が及ぼす健康被害にだけ着実に対処していくのが良いでしょう。
ハートマン氏は、歯ブラシを定期的に交換したり、シャワーヘッドを洗剤を使って定期的に清掃したりすることを勧めています。
参考文献
Viruses Are Teeming on Your Toothbrush, Showerhead
https://www.mccormick.northwestern.edu/news/articles/2024/10/viruses-are-teeming-on-your-toothbrush-showerhead/
‘Absolutely Wild’: Viruses Are Teeming on Your Toothbrush And Showerhead
https://www.sciencealert.com/absolutely-wild-viruses-are-teeming-on-your-toothbrush-and-showerhead
元論文
Phage communities in household-related biofilms correlate with bacterial hosts
https://doi.org/10.3389/frmbi.2024.1396560
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部