最近は子供への体罰に対する問題意識が高くなり、学校でも家庭でも体罰を与えるという話はほぼ聞かなくなりました。
「体罰は絶対にダメ!」と考える人々も少なくありません。
では、体罰はどんなものでも、完全に控えるべきなのでしょうか。
それとも「感情的で」「一貫性がなく」「制御されない」体罰だけが、子供へ悪影響を及ぼすのであって、使い方によっては「体罰」も教育上有効なのでしょうか。
こうした議論は長年続いてきましたが、最近、アメリカのオクラホマ州立大学(OSU)に所属するロバート・E・ラゼレール氏ら研究チームは、47件の研究をメタ分析した大規模研究により、その議論に対する1つの答えを提出しました。
彼らはこの研究の中で、体罰としてお尻を適度に叩くこと(スパンキング)が、子供の成長に悪影響を及ぼす可能性は1%未満であり、現代では体罰としてのスパンキングの悪影響が誇張されている可能性があると指摘しています。
とはいえ、これは、制御されない体罰の使用を肯定したり、体罰全ての悪影響を軽視したりするものではありません。
では、私たちはこの研究結果から、子供への体罰に対してどのような見方をすべきなのでしょうか。
研究の詳細は、2024年10月4日付の学術誌『Marriage &Family Review』に掲載されました。
目次
- 「体罰」に関する見方は変化してきた
- しつけの種類
- スパンキングは子供の発達に悪影響をほとんど及ぼさないと判明
- 問題は「体罰そのもの」ではなく「体罰の乱用」にある
「体罰」に関する見方は変化してきた
今と昔では、体罰に対する世の中の見方が大きく異なっています。
例えば、かつて日本では、家庭や学校などで「げんこつ」「平手打ち」といった体罰が教育の一環として当たり前のように行われていました。
しかし現代では、そのような考え方や見方が大きく変わり、体罰が否定され、子供の尊厳や権利がより重視されるようになっています。
こうした世相を反映する代表例として、92年に放映が開始されたアニメ「クレヨンしんちゃん」では、ほぼ毎回のように登場していた母親の「げんこつ」というコミカルシーンが、現在の放送ではかなり少なくなっています。
実際、こうした認識の変化により、親による「殴る」「蹴る」といった子供への暴力事件が明るみに出ることも増えました。
また体罰に関する研究も多く行われ、体罰と子供の問題行動の間に強い相関関係を示す結果が提出されてきました。
とはいえ、こうした過去の研究では、子供たちが抱える既存の問題行動が考慮されていないことが多かったようです。
つまり、「体罰自体が子供の問題行動を増加させるのか」それとも「もともと問題行動の多い子供に、より頻繁に体罰が与えられるのか」が曖昧だったのです。
もちろん、虐待にあたる「過度な」「制御されない」「親の気分で行われる」「一貫性のない」体罰が肯定されるべきではありません。
しかし、子供への体罰全てが、「虐待」であり「悪」なのでしょうか。
そう感じる人は少なくありません。
一方で、ルールに基づき、事前に警告が与えられた後に行われる「適度な体罰」は、行っても問題はないと考える人もいます。
これらに対する議論は長年続いてきましたが、今回、ラゼレール氏ら研究チームは、1つの答えを提出しました。
彼らは、47件の過去研究(参加者1万2727人)を用いた大規模なメタ分析により、体罰が子供の発達に悪影響を与えるのか調べたのです。
しつけの種類
今回の研究で扱われている「しつけ」の方法には、以下のものがあります。
まず、体罰ではない「タイムアウト法」です。
これはアメリカで長年行われてきたしつけの方法であり、子供が悪さをした時に、部屋の隅や別の部屋に連れていき座らせ、少しの間ひとりにするというものです。
タイムアウトによって子供が落ち着きを取り戻したなら、「なぜタイムアウトが必要だったか」「どうすべきだったか」を認識させてあげます。
別のしつけは、体罰の一種である「スパンキング(尻叩き)」です。
この方法もアメリカで長年行われてきたしつけの1つであり、一般的に「平手でお尻を1回から数回叩く」ことだと考えられています。
そして今回の研究では、このスパンキングを発展させた「バックアップ・スパンキング(back-up spanking)」にも焦点が当てられています。
これは、「タイムアウトに従わない子供のお尻を平手で叩く」という方法です。
最初は、体罰ではないしつけ方法で子供の問題行動に対処しようと試み、それでは効果がなかった場合にのみ、体罰であるスパンキングを行うというものです。
では、これらのしつけ方法が分析された結果、どのような結果が得られたのでしょうか。
スパンキングは子供の発達に悪影響をほとんど及ぼさないと判明
大規模研究の結果、スパンキングが子供の発達に悪影響を及ぼす可能性は1%未満だと分かりました。
例えば、スパンキングが、子供の問題行動や攻撃的な行動に繋がる可能性は0.64%でした。
体罰を受けた子供は、暴力的になったり、ルールを破る・盗みを働くなどの反社会的な行動を繰り返すようになったり、同級生とトラブルを起こしやすくなったりすると言われていますが、スパンキングではほとんど関連性が見られなかったのです。
またスパンキングを受けることで、自己肯定感が低くなったり、抑うつ症状や不安障害が見られたりするという考えもありますが、今回の研究ではそのような関連性はほとんど見られず、その可能性は上述の0.64%よりもさらに低いものでした。
こうした結果は、「子供へのスパンキングが有害だ」というこれまでの報告が、いくらか誇張されていたかもしれないことを示しています。
また、今回の研究では、「バックアップ・スパンキング」が、タイムアウトに従わない子供をそのままにするよりも効果的だと分かりました。
バックアップ・スパンキングを受けた子供は、親の言葉に従い、タイムアウトに協力する可能性が大幅に高くなったのです。
加えて、バックアップ・スパンキングを含むスパンキングの効果は、子供の年齢によって異なると分かりました。
子供が2~6歳と幼い場合、スパンキングが子供の問題行動を僅かに減少させると判明し、若干の良い効果をもたらすことが分かりました。
しかし、子供が成長するにつれスパンキングの良い効果は薄れ、特に8~11歳の子供には、やや悪影響を与えると分かりました。
そのためラゼレール氏は、今回の研究から、次のように結論づけました。
「お尻を叩く最も効果的な方法は、タイムアウトなどの軽いしつけに従わない2~6歳の子供のお尻を叩くことです。
このような方法であれば、反抗的な子供はより軽いお仕置きのうちに従うことを学び、結果として、叩くことを段階的に減らしていくことができます」
今回の研究では「スパンキング(体罰)を含むしつけは、子供にほとんど悪影響を与えない」ことが示されました。
しかし、これまでの研究結果や、子供時代辛い思いをしてきた人々の声と矛盾するようにも思えます。
なぜこのような違いが生じるのでしょうか。
問題は「体罰そのもの」ではなく「体罰の乱用」にある
今回の研究結果と、これまでの体罰に関する研究結果に違いが生じたのはなぜでしょうか。
ラゼレール氏はその理由を、「これまでの研究は、効果的なしつけとそうでないしつけを区別してこなかった」と説明しています。
薬などの医学分野の研究では、薬の投与量や、最も効果を発揮する条件が一貫して定義されるものです。
しかし、しつけに関する研究では、そのような定義づけがほとんどなされてこなかったというのです。
これは、実際にしつけを行う親、その効果性を論じる人々にも当てはまります。
これまで「体罰」という「しつけ」は、明らかに誤った方法で使用されてきました。
「しつけ」という名目で、親が怒りに任せて何度も叩いたり殴ったりすることがありました。
「スパンキング・お尻叩き」ですら制御されず、明確なルールもなく、親や先生たちの気分のままにそれが実施されたり回数が増えたりしました。
この点について、ラゼレール氏も次のように述べています。
「明らかにスパンキングは誤った判断で子供に下されており、これが子供に有害な影響を及ぼしていた可能性があります。
スパンキングが、あまりに厳しく、あまりに頻繁に、無秩序な子育てのアプローチの一部として用いられると、子供に有害な影響を及ぼします」
歴史を通じて「制御されない体罰」が横行した結果、現代で「体罰そのものを禁止する考え」が広まっているのも納得できます。
今回の研究では、「年齢や方法、頻度などが正しくコントロールされた体罰は、子供に悪影響をほとんど及ぼさず、やや良い結果をもたらす場合もある」と分かりました。
単に体罰の使用を親や教育者側に容認すれば、制御できずに乱用されてしまうことは歴史が証明していますが、だからといって完全に禁止してしまえばこれも良い結果に繋がらない可能性があります。
体罰の効果と影響が正しく理解されなければ、子供の問題行動を改善できなくなったり、問題のない親が虐待者として裁かれてしまったり、虐待をしつけとして言い逃れされたりという状況が続いてしまいます。
今回の研究はこうした問題に一石を投じ、私たちに新たな課題と疑問を投げかけています。
参考文献
Does spanking harm child development? Major study challenges common beliefs
https://www.psypost.org/does-spanking-harm-child-development-major-study-challenges-common-beliefs/
元論文
Resolving the Contradictory Conclusions from Three Reviews of Controlled Longitudinal Studies of Physical Punishment: A Meta-Analysis
https://doi.org/10.1080/01494929.2024.2392672
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部