サンゴ礁は「海のオアシス」と呼ばれています。
魚の産卵場所になったり、二酸化炭素を吸収して酸素を供給したり、陸地を守る自然の防波堤として活躍したりと、豊かな海の生態系を支える大切な存在です。
しかし昨今の温暖化の影響で、世界各地のサンゴ礁が減少の危機に追いやられています。
そんな中、英ニューカッスル大学(NCL)は最近、選択的繁殖により「熱耐性を高めたサンゴ」を作り出すことに世界で初めて成功したと発表しました。
熱い海にも耐えられるサンゴを世界に広げられるかもしれません。
研究の詳細は2024年10月14日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。
目次
- 選択的繁殖では何ができる?
- 選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」が生まれた!
- サンゴの熱耐性に頼るのは得策ではない
選択的繁殖では何ができる?
今回の画期的な研究はニューカッスル大学のコーラルアシストラボ(Coralassist Lab=サンゴ支援研究室)の主導で実施されました。
研究チームが熱に強いサンゴを生み出すために採用した「選択的繁殖」は、人類が何千年、何万年と前から実践してきた方法です。
例えば、私たち人間のベストパートナーである犬。
犬は約2〜4万年前の間にオオカミの一部から進化したことがわかっています。
その発端は人間のコロニーに近づいて、食べ残しなどを漁っていた比較的穏やかなオオカミの一群にあります。
次第に人間はこの友好的なオオカミたちと深く交流するようになり、グループの個体同士をかけあわせることで子孫を繁殖させました。
すると普通のオオカミにはない「穏やかな形質」が選択的に子孫に受け継がれ、大人しいオオカミ、つまりは犬が誕生したのです。
チームはこの選択的繁殖の方法を用いることで、サンゴの熱耐性を世代ごとに高められるのではないかと考えました。
人為的な活動により年々加速する温暖化のせいで、地球の海はどんどん熱くなっています。
その悪影響は「海のオアシス」たるサンゴ礁にも出ており、集団的な死滅現象が各地の海で増加しているのです。
そこでチームは選択的繁殖により熱に強いサンゴが生み出せるかどうかを検証してみました。
選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」が生まれた!
チームは今回、インド太平洋西部に広く分布するサンゴの一種「コユビミドリイシ(学名:Acropora digitifera)」を対象としました。
実験ではコユビミドリイシのコロニーを2つのグループに分けて、それぞれの対照群と比較します。
1つはサンゴを短期間の強烈な熱波を想定した環境にさらすグループです。
ここでは水温を最初に設定した30℃から10日間でプラス3.5℃も高めます。対照群は10日の間、同じ水温30℃に保ち続けます。
もう1つはサンゴを自然の海洋熱波によく見られる長期間でゆっくりとした熱ストレスにさらすグループです。
ここでは水温を最初に設定した30℃から1カ月かけてプラス2.5℃までゆっくりと高めます。対照群は1カ月の間、同じ水温30℃に保ち続けます。
次に両グループの熱にさらしたサンゴの中で、死ぬことなく生存したサンゴだけを選抜し、その個体同士をかけ合わせました。
そして誕生した次世代のサンゴの熱耐性を調べた結果、熱にさらされなかった対照群のサンゴに比べて高い熱耐性を示しただけでなく、自らの親世代よりも耐熱性能が向上していることがわかったのです。
同じ変化は短期の強烈な熱波にさらしたグループと、長期の適度な熱波にさらしたグループの両方で確認できています。
この結果は選択的繁殖により「熱に強い形質」をサンゴの子孫に受け継がせながら、なおかつ継続的な繁殖によって世代を追うごとに熱耐性をさらに強められることを示唆するものです。
これは選択的繁殖で「熱に強いサンゴ」を生み出せることを示した世界初の成果となっています。
その一方で興味深いことに、短期の強烈な熱波にさらされて熱耐性を獲得したサンゴのグループは、長期の緩やかな熱ストレスに対する熱耐性を示しませんでした。
これは逆もまた然りで、長期の緩やかな熱暴露で熱耐性を獲得したサンゴは短期の強烈な熱波には耐えられなかったのです。
つまり、それぞれの熱ストレスの条件下で獲得された熱耐性は、遺伝的にそれぞれの熱環境に対応した能力であると考えられます。
サンゴの熱耐性に頼るのは得策ではない
今回の研究は、人為的な繁殖でサンゴに熱耐性を持たせられることを示した有望な成果ではあります。
しかし研究者らは「サンゴの熱耐性を高められたからといって温暖化を許容するのは間違いである」とはっきり断言しています。
実際、研究者によると、現在の温暖化のスピードで予測される今後の海洋熱波の影響を踏まえると、ここで示されたサンゴの熱耐性の上昇レベルではとても太刀打ちできないというのです。
またそれとは別に、たとえ熱に強いサンゴだけが温暖化に耐えられたとしても、他の海洋生物たちが耐えられないのであれば何の意味もありません。
加えて、温暖化は生物以外にも、氷河の融解や森林火災の増加、気温や降水パターンの変動による干ばつ・洪水など、さまざまな環境に悪影響を及ぼします。
研究主任のリアム・ラックス(Liam Lachs)氏はこう話します。
「選択的繁殖によるサンゴの熱耐性の向上は実現可能ですが、決して特効薬ではありません。
その効果を最大化するためには、地球規模の温室効果ガス排出量の大幅な削減が絶対的な要件です」
研究チームは次なるステップとして、熱耐性を強めたサンゴを野生下に導入した場合に、生態系にネガティブな影響が見られないか、またどのような場所にどれくらいの規模で導入すると効果が最大化できるかを検討していく予定だと話しています。
参考文献
Scientists have successfully bred corals to improve their heat tolerance
https://erc.europa.eu/news-events/news/scientists-have-successfully-bred-corals-improve-their-heat-tolerance
World-first: Scientists breed heat-tolerant corals to save reefs from climate change
https://interestingengineering.com/science/breeding-heat-tolerant-corals
元論文
Selective breeding enhances coral heat tolerance to marine heatwaves
https://doi.org/10.1038/s41467-024-52895-1
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部