生きとし生けるものの老化は常に一方通行であり、大人から赤ちゃんに戻ることはありえません。
しかし以前の研究で、刺胞動物(しほうどうぶつ)の「ベニクラゲ」だけは大人から赤ちゃんの状態に戻り、再び生を繰り返すことが知られていました。
それゆえ、ベニクラゲは通称”不老不死のクラゲ(Immortal Jellyfish)”と呼ばれています。
そんな中、ノルウェー・ベルゲン大学(University of Bergen)は最近、「ベニクラゲと同じ能力を持つ生物を新たに発見した可能性がある」と報告しました。
その生物はクラゲに似た有櫛動物(ゆうしつどうぶつ)というグループに属する「ムネミオプシス・レイディ」です。
彼らは一体どのような”若返りの秘術”を行うのでしょうか?
研究の詳細は2024年8月10日付で生物学のプレプリントリポジトリ『BioRxiv』に公開されています。
目次
- ベニクラゲの「若返りの秘術」とは?
- 不老不死の能力を持つ新生物「ムネミオプシス・レイディ」
ベニクラゲの「若返りの秘術」とは?
ムネミオプシス・レイディの前に、まずはベニクラゲの若返りを見てみましょう。
ベニクラゲ(学名:Turritopsis dohrnii)は世界中の温帯〜熱帯の海に生息する体長1センチにも満たない小さなクラゲです。
ベニクラゲの一生は他の多くの生物と同じように、両親の交配により作られた受精卵から始まります。
受精卵から生まれたベニクラゲは最初、海中をふわふわと漂う「プラヌラ」という幼生段階に入ります。
その後、海底の岩場や貝殻に付着して固着段階になったのが「ポリプ」です。
ポリプは次第に植物のように枝分かれした状態になり、一つ一つの芽から「幼クラゲ」が海中に離脱していきます。
そして数週間の成長ののちに「メデューサ」と呼ばれる大人のベニクラゲとなるのです。
ほとんどすべてのクラゲは寿命を終えると、体が徐々に分解されていき、海の中へと溶けていきます。
ところがベニクラゲは違います。
彼らはメデューサの段階で飢餓状態に陥ったり、体を損傷したりすると、ポリプの状態に戻り、何度も生をリスタートできるのです(上図の青色ルート)。
しかも、この若返りの秘術はたった1回だけ許された能力ではなく、何度も発動することができます。
つまりベニクラゲは理論上、「不老不死を手に入れた存在」と言えるのです。
一方通行の老化が運命づけられている生物において、ベニクラゲの能力は異例中の異例であり、特異な存在といえます。
ところがベルゲン大学の研究チームは、ベニクラゲと同じ能力を持った新たな生物を見つけたというのです。
それが「ムネミオプシス・レイディ」でした。
不老不死の能力を持つ新生物「ムネミオプシス・レイディ」
「ムネミオプシス・レイディ(学名:Mnemiopsis leidyi)」は、クラゲに似た見た目をしていますが、クラゲの仲間ではありません。
彼らが属するのは有櫛動物(ゆうしつどうぶつ、クシクラゲ類とも)というグループです。
クラゲ類(刺胞動物)が漂泳性と付着性の2つの生活環を持つのに対し、クシクラゲ類(有櫛動物)の生活環はすべて漂泳性のみになります。
なので、彼らがクラゲのポリプのように海底に固着することはありません。
ムネミオプシス・レイディの生活環
ムネミオプシス・レイディは最初、ベニクラゲと同じように、両親の交配による受精卵から生をスタートさせます。
産卵から大体24時間かけて発生し、ふ化した自由遊泳性の幼生が「シディッピド(cydippid)」です。
シディッピドの最大の特徴は獲物を捕らえる2本の長い触手であり、これは成体には存在しません。
その後、触手が退化して体が大きく成長すると「ローベイト(lobate)」と呼ばれる成体に達します。
ベニクラゲよりはずっと大型で、体長10センチ前後となります。
ムネミオプシス・レイディは元々、アメリカ大陸の大西洋沿岸を原産地としていましたが、現在はアジアやヨーロッパの海にも広がっています。
彼らは餌がなくても、船のバラスト水(大型船舶が航行時のバランスをとるために船内に取り込む海水のこと)の中で何週間も生き延びられるので、大西洋を死なずに横断できたと考えられています。
しかしそのせいで、黒海や地中海の在来の生物と資源を奪い合っており、生態系や漁業に少なからぬ打撃を与えているのです。
そこで研究チームはムネミオプシス・レイディの生存力がどれだけ高いかを明らかにするため、ある実験をしました。
「若返りの秘術」の持ち主だった!
チームはムネミオプシス・レイディの成体を捕獲して2つのグループに分け、一方は餌を与えずに飢餓状態にし、もう一方は組織を切り取って断片化させました。
普通の生物だったら死んでしまう状態で、数週間様子を見ています。
その結果、ムネミオプシス・レイディは数ミリ程の小さな塊へと縮んで行きましたが、死ぬことはありませんでした。
チームがこの段階で餌を与えてみたところ、彼らは2本の触手を生やして幼生段階の「シディッピド」となったのです。
そして何事もなかったように再び成長を繰り返し、大人のムネミオプシス・レイディに戻っていました。
(チームによると、すべての個体が若返ったわけではなく、実験では65匹中13匹が再生したという)
また繁殖能力も通常の個体と同じようにあったといいます。
これは実に驚くべき結果でした。
まさにベニクラゲと同じ若返りのプロセスとよく似ていたからです。
この結果はムネミオプシス・レイディも危機的状態に陥ると、幼生段階に戻って生をリスタートできることを示唆しています。
ピンチに直面したムネミオプシス・レイディは触手のある幼生に戻り、成体のときには手に入らなかった餌資源などに切り替えていると考えられます。
チームが発表した研究論文はまだ査読前であるため、完全な結論が出たわけではありません。
しかし今回の知見はムネミオプシス・レイディの生存力の高さ、および生物の老化の仕組みを詳しく理解するのに役立つと期待されています。
彼らの若返りの遺伝的メカニズムを解き明かすことで、私たちヒトの老化予防にも役立つ情報が得られるかもしれません。
参考文献
This transparent sea creature can age in reverse
https://www.livescience.com/animals/comb-jellies-can-age-in-reverse
元論文
Reverse development in the ctenophore Mnemiopsis leidyi(BioRxiv)
https://doi.org/10.1101/2024.08.09.606968
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部