帯状疱疹は、神経に沿って帯状に痛みやかゆみを伴う発疹ができる病気です。
「体を一周すると死ぬ」という言い伝えがあるので、焦る人もいますが、実際にはそのようなことはありません。
病院に行けば治療してもらえますし、発症リスクを低下させるためのワクチンも存在しています。
そして最近、イギリスのオックスフォード大学(University of Oxford)に所属するマキシム・タケット氏ら研究チームは、その帯状疱疹ワクチンに別の効果があると報告しました。
20万人以上を対象にした調査により、帯状疱疹ワクチンが認知症の発症リスクを低下させると分かったのです。
研究の詳細は、2024年7月25日付の科学誌『Nature Medicine』に掲載されました。
目次
- 「帯状疱疹」と「ワクチン接種」
- 帯状疱疹ワクチン「シングリックス」は認知症リスクを低下させる
「帯状疱疹」と「ワクチン接種」
帯状疱疹とは、体の左右どちらかの神経に沿って発疹ができる病気であり、皮膚の痛みや違和感、かゆみなどが生じます。
この発疹はいずれ水ぶくれに変化していき、帯状に分布するようになります。
帯状疱疹は、多くのケースで上半身にみられ、胸のあたりだけでなく顔面に現れることさえあります。
帯状疱疹については、ストレスで起きる病気という認識を持っている人も多いかもしれません。
しかし、実際のところ帯状疱疹を起こしているのは、多くの人が子供のころに経験する水ぼうそうの原因である「水痘・帯状疱疹ウイルス」です。
このウイルスに初めて感染すると、まずは水ぼうそうとして発症します。
問題は水ぼうそうが治っても、このウイルスは症状を出さないだけで、背骨に近い神経に生涯にわたって潜み続けるという点です。
そのため日本の成人90%以上の体内に水痘・帯状疱疹ウイルスは潜伏しています。そして、加齢や疲労、ストレスなどによって免疫機能が低下すると、帯状疱疹として再び姿を現すのです。
免疫低下が原因であるため、50歳以上の人は帯状疱疹の発症率が高く、その対策の1つとして予防接種があります。
ワクチン接種により免疫の強化を図り、発症リスクを低下させるというわけです。
そしてこの水痘・帯状疱疹ウイルスに関しては、もう1つ興味深い報告がありました。それが、このウイルスが脳に与える影響によって認知症リスクが増加している可能性です。
そのため研究者たちの間では、帯状疱疹ワクチンは認知症リスクを低下させるのではないかという期待が持たれていたのです。
ちなみに、この帯状疱疹ワクチンには、「シングリックス」「ゾスタバックス」と呼ばれる二種類があります。
最初に出てきたワクチンはゾスタバックスで、アメリカでは2006年に導入されて、その後多くの国で用いられてきました。
ただこのゾスタバックスは年齢の上昇とともに効果が落ちてしまい、特に50歳以上の成人に対する予防効果はあまり高くありませんでした。
そのため、認知症リスクに関してもその予防効果はあまり明確に確認できずにいたのです。
しかし現在、帯状疱疹ワクチンはより効果的とされる新しいシングリックスに切り替わっています。(アメリカでは2017年に帯状疱疹の予防接種は、シングリックスへ変更されています)
シングリックスの大きな違いは、ゾスタバックスの問題点であった加齢による予防効果の減少が改善されている点です。特にシングリックスは50歳以上の成人に対して予防効果が高いとされています。
そこで、オックスフォード大学のタケット氏ら研究チームは、新しい帯状疱疹ワクチンであるシングリックスならば、これまで予想されていながらも明確に確認できずにいた認知症リスクの低下効果を明らかにできるのではないかと考え調査を行ったのです。
帯状疱疹ワクチン「シングリックス」は認知症リスクを低下させる
今回、タケット氏ら研究チームは、帯状疱疹ワクチンであるシングリックスを接種した人々にどのような影響があるのか調査しました。
彼らは、グローバル臨床医療データサービス「TriNetX」における20万人以上のデータを使用し、シングリックス接種後の6年間の認知症リスクと、ゾスタバックス接種を受けた人々を比較しました。
またシングリックスは、他の感染症(インフルエンザや破傷風など)のワクチンとも比較されました。
その結果、シングリックスを接種した人は、ゾスタバックスを接種した人より、ワクチン接種後6年間の認知症の発症リスクが17%低いと分かりました。
またシングリックスを他の感染症のワクチンと比べたところ、シングリックスの方が認知症の発症リスクを23~27%低下させることも分かりました。
ちなみに、これらの効果は男女ともに見られましたが、男性よりも女性の方が特に効果的だったようです。
そしてシングリックスの認知症の発症リスク低下の効果は、ワクチン接種から6年経った後も続いている可能性があります。
しかし今回の研究では、データが不足しているため、それ以上の結果を出していません。
今回の結果は、「帯状疱疹ウイルスが認知症のリスクを高める恐れがあり、帯状疱疹の予防接種によって認知症も予防できる」という仮説を裏付けるものです。
そして、新しいシングリックスでは、より高い効果が見込めるようです。
一方で、この研究に関わっていないイギリスのエディンバラ大学(The University of Edinburgh)のリチャード・レイス氏は、帯状疱疹ワクチン以外でも、複数のワクチンが認知症の発症リスクを低下させることを指摘しています。
例えば、結核を予防するワクチンには、認知症リスクをある程度低減させる効果があると報告されています。
つまり、レイス氏によると、帯状疱疹の予防が認知症の予防に役立つと言うよりも、いくつかのワクチンによって体の免疫力全般を高めることが、認知症の予防に役立っている、というのです。
現段階では、どちらの推測がより正しいのかは分かりません。
それでも帯状疱疹ワクチン「シングリックス」が実際に認知症の予防に役立つ可能性は高いと言えるでしょう。
高齢者の中には、帯状疱疹の予防のためにワクチン接種を受ける人もいるでしょうが、そうした人々は、同時に「認知症の予防」という追加効果が付いてくるのかもしれません。
参考文献
New shingles vaccine could reduce risk of dementia
https://www.ox.ac.uk/news/2024-07-25-new-shingles-vaccine-could-reduce-risk-dementia
元論文
The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia
https://doi.org/10.1038/s41591-024-03201-5
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。