ファンタジー作品に登場するドラゴンは、口から勢いよく火を吐く姿でおなじみですよね。
もちろん、これは空想の話なので何ら科学的な根拠はありません。
しかし、もしドラゴンがこの世に実在するとしたら、彼らはどんな生物学的なメカニズムを使って火を吐くことになるのでしょうか?
英ハル大学(University of Hull)の研究者であるマーク・ローチ(Mark Lorch)氏が、その科学的な仕組みを大まじめに検証してみました。
目次
- 火をつけるための「燃料」は何がベスト?
- 高温ジェットを吐くには「あの虫」の能力が必要
- さあ、奴の力を借りて「火」をつけよう!
火をつけるための「燃料」は何がベスト?
まず大前提として、火をつけるには3つの要素が必要になります。
どれか一つでも欠けてしまうと火はつきません。
その3要素とは、1つ目が「燃料」、2つ目が「酸素」、3つ目が「熱源(火種)」です。
マッチを例にとると、燃料は赤い頭の部分に含まれる赤リンや硫黄などの可燃剤で、酸素は空気中にあるもの、そして熱源はマッチを箱にすばやく擦り付ける摩擦になります。
魔法とかではなく、現実的な生物学に基づいて火をつけようと思うなら、これはドラゴンも例外ではありません。
では、ドラゴンが火を吐くときの「燃料」としては何が最適なのでしょうか?
ローチ氏が第一候補として挙げるのは「メタン」です。
メタンは可燃性ガスの一種ですが、実際にこれを体内で生産できる動物は存在しています。
主要なのはウシ、ヒツジ、ヤギといった畜産動物です。
彼らは胃の中に大量の微生物を飼っており、それらが摂取された植物を分解し発酵することで、副産物として水素ガスと二酸化炭素を生成。
それらが化学反応を起こすとメタンガスが作られるのです。
作られたメタンガスはげっぷやおならを通じて体外へと排出されています。
(※ 畜産動物は胃を4つ持っていて、最も大きな第一の胃「ルーメン」で食物を分解している)
メタンは可燃性なので、ドラゴンが火を吐くための燃料にもなり得るでしょう。
しかし問題は「メタンの量にある」とローチ氏は指摘します。
みなさんのイメージにもあるように、ドラゴンはかなり長い時間「ゴゴォー!」と持続して火を吐き続けることができます。
これを踏まえると、ドラゴンはかなり大量のメタンガスを体内に保持していなくてはなりません。
ところが陸上の生物の体は非常に低い圧力にしか耐えられないため、高圧で大量のガスを蓄えておくことは生物学的に不可能だというのです。
強靭なドラゴンといえども、大量のメタンを長時間にわたり積んでいれば破裂してしまうかもしれません。
たとえ耐えられたとしても、体に相当な負荷がかかることは確かであり、効率はよくないでしょう。
そこでローチ氏は第二候補として「エタノール」を挙げます。
エタノールは可燃性の液体なので、気体のメタンよりは効率よく体内に貯蔵できるといいます。
またエタノールもメタンと同様に、体内の微生物によって生産することが可能です。
ただエタノールにも問題があります。
というのもエタノールは体の代謝ですばやく処理されやすいため、高濃度に保っておくことが難しいのです。
これらを踏まえてローチ氏は、ドラゴンのベストな燃料として「オイルベース」の物質を挙げます。
オイルベースの燃料なら簡単に火もつきますし、体内での処理も遅く、相当量の燃料を効率的に保持しておくことができるという。
この生物学的な根拠は「フルマカモメ」が示してくれています。
フルマカモメは消化された食物を材料にして、胃腺から特殊な油を分泌し、体内に保持しているのです。
これらは天敵に吐きつけるための抑止力にもなれば、ヒナに口移しで与えるエネルギー源としても使われています。
オイルベースの燃料であれば、ドラゴンも相当量の燃料を無理なく体内に保持しておけるでしょう。
では次に、燃料に火をつけるのに必要な「酸素」について見ていきます。
高温ジェットを吐くには「あの虫」の能力が必要
火をつけるのに必要な酸素については空気中にいくらでも浮遊しています。
しかしドラゴンに見られる強烈な火炎放射を実現するには、空気中の酸素を使うだけではまったく足りません。
そこでドラゴンの火炎放射を再現したいなら「ミイデラゴミムシの能力が最適だ」とローチ氏は指摘します。
ミイデラゴミムシは俗に言う”ヘッピリムシ”として有名な甲虫の一種です。
彼らについてはお尻から高温のガスジェットを噴出できることで有名でしょう。
ミイデラゴミムシは腹部に2つの特殊な腺を持っており、片方で「ヒドロキノン」を、もう片方で「過酸化水素」を生成しています。
これらは別々に貯蔵されていますが、天敵に襲撃されると、この2つを特殊な酵素を使って混ぜ合わせ、ヒドロキノンをベンゾキノンに酸化し、過酸化水素を酸素と水に分解します。
このプロセスで大量の熱が発生し、混合物は急速に沸点まで上昇して、ミイデラゴミムシのお尻から強烈なガスジェットとして噴出されるのです。
数センチ足らずの小さな体にも関わらず、高温のガスジェットは約100℃にも達します。
そしてローチ氏いわく、ドラゴンがミイデラゴミムシと同じ機能を搭載していれば、いくつかの大きなメリットがあるという。
1つ目はこの化学反応が強力な高圧を生み出すため、オイル燃料を勢いよく噴出できるようになること。
2つ目はこの化学反応が高熱を発生させるため、オイル燃料が加熱され、燃えやすくなること。
そして3つ目は化学反応のプロセスで「酸素」が発生するため、それをオイル燃料に高濃度で混ぜられることです。
あとドラゴンに必要なのは、ガソリンエンジンのキャブレター(ガソリンを霧状にして空気と混ぜ合わせ、エンジンに送り込む装置)に相当するような生物的な器官でしょう。
これがあれば、オイル燃料を酸素を混ぜ合わせながら、霧のように細かく噴霧できるので、着火もより簡単になるといいます。
では最後に、この可燃性のジェットを引火させるための「熱源」について見ていきましょう。
さあ、奴の力を借りて「火」をつけよう!
ここまでの時点で、ドラゴンが火を吐くための「燃料」と「酸素」が出そろいました。
しかし、これではまだドラゴンの口から高温のジェットが漏れているだけなので、火はついていません。
私たちがドラゴンの前にチャッカマンでもかざせば簡単に火はつきますが、そうはいきませんね。
そこでローチ氏は、ドラゴンに自力で着火させてもらう方法として「デンキウナギの能力を搭載したらいい」と考えます。
デンキウナギはご存じのように、体内に発電器官を持っており、そこから最大800ボルトもの電気を発生させることが可能です。
この発電器官をドラゴンの口内に搭載するとどうでしょう?
ドラゴンが高温ジェットを噴出するタイミングで、口内に短い電気パルスを発生させます。
すると電気パルスが高温ジェットと接触することでスパークし、酸素を豊富に取り込んだオイル燃料が着火されるのです。
これにより、私たちがファンタジー作品でよく目にするドラゴンの強烈な火炎放射が実現するとローチ氏は考えます。
つまり、「フルマカモメ」と「ミイデラゴミムシ」と「デンキウナギ」の能力をまとめて持っていれば、ドラゴンの火炎放射は可能になるのかもしれません。
まだ地球上に当然火を吐く生物なんていませんが、もしここで考察したような機能を一度に獲得する生物が生まれれば、火炎放射を吐き出す生き物がこの世界でも誕生できるかもしれません。
参考文献
House of the Dragon: if dragons were real, how might fire-breathing work?
https://theconversation.com/house-of-the-dragon-if-dragons-were-real-how-might-fire-breathing-work-232777
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。