キンキンに冷えたビールが美味しい理由は心理的なものではありませんでした。
中国科学院(CAS)で行われた研究により、冷やしたお酒が美味しく感じる理由を分子レベルで解明することに成功しました。
お酒は種類によりある程度のアルコール濃度が決まっており、好まれる温度も異なります。
新たな研究ではそれら理由を探るべく、ビール・日本酒・ワイン・ウイスキー・ブランデー・ウォッカ・白酒などのお酒を対象に、アルコール濃度と温度変化が「お酒の分子」に及ぼす影響を精密に測定し、味に関してもプロのテスターを採用して評価しました。
研究成果には、お酒の濃度をめぐる「歴史的」「経済的」な知見も含まれており、お酒好きには興味深い内容になっています。
研究内容の詳細は2024年5月1日に『Matter』にて「エタノールと水のクラスターがアルコール飲料の臨界濃度を決定する(Ethanol-water clusters determine the critical concentration of alcoholic beverages)」とのタイトルで公開されました。
目次
- お酒の「物性」はアルコール濃度で別物になる
- アルコール感はアルコール濃度と比例しない
- 冷たいビールや冷酒が美味しい理由を分子レベルで解き明かす
- 熱燗にしてもお酒の物性が変化する
お酒の「物性」はアルコール濃度で別物になる
アルコール飲料はそれぞれ異なる理想的な飲用温度を持っています。
例えば、ビールや白ワインは冷えた状態で飲むことでその爽やかさが増し、赤ワインは室温近くでその本来の味わいが楽しめるとされています。
一方でウイスキーなどのアルコール濃度が高い蒸留酒は温かいとアルコールの風味がより際立つことが知られています。
中国の白酒もどちらかと言えば、温めて飲むのが好まれます。
新たな研究では、アルコールの濃度や温度によって、お酒の分子挙動がどのように変化し、また味に対してどんな影響が出るのかが調べられました。
お酒の表面張力は特定のアルコール濃度で急激に変化する
調査にあたってはまず、アルコール濃度を上げながら、アルコール飲料の表面張力を測定しました。
表面張力を知ることで、液体が固体(舌など)と接触したときの挙動の変化を知ることが可能になります。
たとえば、ガラスのような表面に対して表面張力が高い水は「ビーズ状」に見えますが、アルコール濃度の高い蒸留酒を一滴垂らすと水よりも平らになって広がります。
また表面張力は口の中での液体の挙動をかなり変えるため、風味にも大きな影響を与えます。
結果、常識を覆す発見がなされました。
これまでアルコール濃度が上昇するに従って、表面張力も連続的に弱くなっていくと考えられていました。
しかしお酒の場合、表面張力がアルコール濃度に対して滑らかな比例直線を描かず、上の図のように階段状に変化していることが判明しました。
この結果はお酒の表面張力が一定のアルコール濃度に達するごとに急激に変化していることを示しています。
また興味深いことに、一般的な日本酒・白ワイン・赤ワイン・ウイスキー・ブランデー・一部の白酒のアルコール濃度は、この急激な変化が起こるポイントに配置されていました。
次に研究者たちは液体内部の分子の様子を調べました。
表面張力の違う液体は、液体内部の分子構造も違うと考えたからです。
(※分子挙動の調査には高周波陽子核磁気共鳴による実測と分子動力学にもとづくシミュレーションの両方が行われました)
すると再び意外な事実が判明します。
アルコール濃度やお酒の温度が水とアルコールの分子配置を大きく変えていたのです。
具体的にはアルコール濃度やお酒の温度が低い場合、内部のアルコールと水はピラミッド状の構造をとる傾向がありました。
そして徐々にアルコール濃度が上がっていくとピラミッド型の構造が横方向に崩れて長く伸びていくことが判明。
さらにアルコール濃度やお酒の温度が高くなると、アルコールと水の分子は鎖状の構造を形成することがわかりました。
これまでの研究によって、たとえ同じ分子でも配列が違う場合、味覚や風味に大きな影響を与えることが知られています。
そこで研究者たちはプロとアマチュアの両方のテイスターを集め、アルコール濃度が異なる白酒を試飲してもらいました。
アルコール感はアルコール濃度と比例しない
先にも述べましたが、お酒の分子配列の変化は連続的なものではなく、ある特定のアルコール濃度になると一気に進行し、そこからは再び特定の濃度に達するまではあまり変化はみられません。
白酒の場合、この急激な変化ポイントが51%と52%の間に存在します。
研究者たちがテスターたちにこのポイントの前後の濃度の白酒を試飲してもらったところ、プロのテスターもアマチュアのテスターも、他の濃度差(49%と50%など)ではそれほどアルコール感に違いを感じないと答えたましたが、51%の白酒と52%では、アルコール濃度も大きく違っていると回答しました。
アルコール感というのは、飲む前の香りや飲んだ後に鼻を抜ける香りから感じるアルコール独特の風味のことです。
このアルコール感が、たった1%の濃度差で全く異なって感じたのです。
この結果は、お酒内部のアルコールと水の分子配列が急激に変化したことが、テスターたちの味の感じ方やアルコール度数の判断に急激な変化を起こしていたことを示しています。
研究者たちは、この51%と52%の境目をはじめとした各種の急激な変化ポイントが、白酒のカテゴリの違いをうみだす主因だと述べました。
というのも、お酒では安い水をできるだけ多くする一方で、製造にコストがかかるアルコールは少なくするほうが儲かります。
そして白酒にはアルコール度数で幾つかの分類があることが知られています。
研究では38~42%の白酒の味は51%の白酒の味と大差ないことが示されています。
ならば、比較的低アルコール濃度の白酒を製造するのに、わざわざコストのかかるアルコールを次の変化ポイント付近(50%近く)まで高める必要性は薄くなります。
また52%の白酒のアルコール感は60%まで高めた白酒のアルコール感とそこまでの差は産みません。
ならばアルコール量をギリギリまで低くしたものを中レベルのアルコール濃度の白酒として販売したほうが利益を生み出してくれます。
研究者たちが調べたところ、伝統的な白酒のアルコール度数のカテゴリは低レベルで38~42%、中レベルでは52~53%、高レベルでは68~75%となっていました。
どのレベルでもあと1~2%アルコール濃度が低くなると、より低位のアルコールレベルの酒だと判断されてしまう数値です。
ウイスキーやブランデー、日本酒などのアルコール濃度が変化ポイントの前後にあるのも、同様の原理からだと考えられます。
伝統的な白酒の分類ができた当時は、現代のような高度な分析装置はありませんでした。
顧客のより強いアルコール感を求める欲求と酒造業者の利益の均衡が、分子配列変化の急激な変化が起こるポイントに伝統的な酒の濃度を設定したと考えるのは、極めて興味深いと言えます。
しかしお酒内部の分子配列を変える要因はアルコール濃度だけではありません。
次はいよいよ冷たいビールが美味しい理由を解き明かします。
冷たいビールや冷酒が美味しい理由を分子レベルで解き明かす
お酒内部の分子配列はアルコール濃度だけでなく、温度によっても異なります。
先にも述べたように、アルコール濃度が低く、お酒の温度が低い場合、分子構造はピラミッド型に、アルコール濃度が高く、お酒の温度が高いほど、分子構造は鎖状に変化していきます。
ウイスキーや白酒の場合、アルコール濃度の僅かな差が急激な変化ポイントに達する要因になりました。
しかし一般的なビールのアルコール濃度の場合、前後にそのようなアルコール濃度による急激な変化ポイントはありません。
では冷えたビールが美味しいのは、冷えた水が美味しく感じるのと同じ、ただの温度効果なのでしょうか?
研究者たちは、そうではないと述べています。
というのもこれまでの結果は、お酒を一定の環境で調べた結果であり、冷やした結果についてのものではないからです。
そこで研究者たちは改めて冷えたお酒について調べることにしました。
すると意外な事実が判明します。
同じ分子配列の調査を5℃まで冷やしたアルコールで行うと、アルコール濃度11%付近に現れるはずの分子配列の急激な変化ポイントが消失することが判明したからです。
この結果は、冷えたビールの場合、アルコール度数が数%と低いにもかかわらず、感じられるアルコール感はアルコール濃度15%のお酒、つまり日本酒やワインと似ていることを示しています。
またアルコールを冷やしていくと、アルコール濃度が高いお酒に特徴的だった鎖状の分子配列が長くなっていくことが発見されました。
実際、プロのテスターに試飲してもらたっところ、低温のビールほどアルコールの灼熱感(喉に感じる刺激)が増加し、アルコール風味も増していると評価されました。
さらにアルコール濃度が低いお酒に特徴的なピラミッド型の構造が低温(5%)になると「引き締まり」を起こして、独特の四面体構造へと変化することも観察されました。
ビールが一番おいしい温度が5℃前後とされているのも、これら分子構造の変化が基礎にあると考えられます。
研究者たちも「温度が下がると分子構造がよりコンパクトになるため、冷えたビールの味がより刺激的になる」と述べています。
これらの結果は、ビールのようなアルコール濃度が低いお酒も冷却することで、アルコール感が大きく増大したり、独特の飲みごたえや爽やかさを提供できることを示しています。
日本酒で常温よりも冷酒を好む人がいるのも、冷やしたときのアルコール感増大や低温に特徴的な分子構造に価値や醍醐味を感じているからだと考えられます。
しかしお酒の楽しみ方は冷やすだけではありません。
日本酒の場合にも熱燗ファンがいるからです。
熱燗にしてもお酒の物性が変化する
なぜお酒は温めても美味しく感じるのか?
謎を解明すべく研究者たちは、お酒を温めたときの変化についても調べました。
すると40℃付近でアルコール濃度38%付近にあった分子配列の急激な変化ポイントが消滅しており、アルコール濃度35~65%まで分子配列がほぼ安定していることが示されました。
この結果は、ぬるま湯付近のお酒は、よりアルコール濃度が高いお酒とアルコール感が似ていることを示しています。
実際、プロのテイスターであっても40℃に熱された白酒の場合、アルコール濃度39%とアルコール濃度52%の味を区別することができませんでした。
一方で、温めたお酒は常温に比べてアルコール感が強いと評価されました。
研究者たちは、日本酒や焼酎、白酒、黄ワインをぬるま湯で飲む習慣があるのは、低アルコール濃度でも、高アルコール濃度のお酒と同じアルコール感を味わえるからだと述べています。
また原理的には、アルコール濃度が低いお酒でも、温めることで常温に比べてアルコール感の増加が見込めることも示されました。
これは常温のビールと40℃付近のビールでは、40℃付近のビールのほうがアルコール感が強い可能性を示しています。
ただ40℃付近のビールがあまり人気がないことから、ビールなどではさまざまな効果を相殺し合った結果、冷やすほうに軍配があがったと考えられます。
あるいは試す人がいないだけで、ぬるま湯ほどの温度のビールには、まだわたしたちが知らない隠れた魅力があるのかもしれません。
お酒の美味しさにおいて、アルコール感は必ずしも全てを決める要因ではありません。
特に温めたお酒では揮発成分が増加し風味が良くなるなど、アルコール感以外の効果もあるからです。
しかし温度を変えるだけで、プロのテスターでもアルコール濃度がわからなくなり、灼熱感などのアルコール感が変化してしまうというのは、重要な点だと言えます。
今回の研究成果を活用すれば、より少ないアルコール濃度であっても、強いアルコール感を感じられるお酒を造ることができるでしょう。
具体的には、飲む温度の推奨値が定められたお酒や、分子構造をより高アルコール濃度に多い鎖型を増やすようにする成分が入ったお酒を開発できれば、アルコールをたくさん摂取したと錯覚させることが可能となるはずです。
実際にアルコール濃度が高いお酒は、価格も高くなりまた常飲するには健康にもよくありませんが、強いお酒を飲んだ感覚が手軽に味わえるなら、製造者にも消費者にも優しいお酒になるかもしれません。
参考文献
Why you can taste more ethanol in a cold pint of beer or warm glass of baijiu
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/05/240501125742.htm
元論文
Ethanol-water clusters determine the critical concentration of alcoholic beverages
https://doi.org/10.1016/j.matt.2024.03.017
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。