売春については、性感染症の拡大や、性的サービスを強要される被害を防ぐため、法的に禁止している国が多く存在します。
ただ日本を含め、この法律には単純に買売春をしただけの場合には、罰則規定はありません。
そのため、有名無実な法律になっていると考える人も多く、きちんと刑罰化すべきという議論もあります。
しかし最近、スウェーデンを対象とした新たな調査で、重要な事実が報告されました。
スペインのポンティフィシア・コミージャス大学(UPC)の研究により、スウェーデンに導入された「売春の刑罰化」が意図せずして「強姦犯罪率の増加」につながっていた証拠が見つかったのです。
これは売春を安易に刑罰化してしまうことが返って危険である可能性を示唆しています。
研究の詳細は2024年3月14日付で学術誌『Journal of Population Economics』に掲載されました。
目次
- 売春の法的扱いは国によって異なる
- 売春の刑罰化で強姦件数が増加!
売春の法的扱いは国によって異なる
売春の規制は依然として世界的に議論されている問題であり、法的な扱いも国や州によって様々です。
例えば、アメリカの50州ではほぼ全面的に売春が禁止されていますが、唯一ネバダ州だけでは合法となっています。
同州の都市ラスベガスの街中やホテル内で売春することは罪になりますが、州内の10カ所のカウンティ―(郡)が認めたエリアで売春の斡旋業を営むのは完全に合法です。
こちらはネバダ州にある「チキン・ランチ」という売春宿。
また欧州でも売春が合法化されている国がいくつかあり、ドイツ、オランダ、デンマーク、ベルギー、スイス、オーストリアなどでは売春の斡旋が認可制となっています。
その一方で、こうした売春の合法化に断固として反対したのがスウェーデンです。
スウェーデンでは1999年に、性的サービスの従事者を保護する目的で「売春禁止法」を導入しました。
これにならい、近隣のノルウェーやアイスランドも同じような法制度を導入し、売春を刑罰化しています。
また、日本でも売春行為は基本的にすべて違法です(売春防止法第3条)。
ただ、ここで争点とされているのは売買春をする本人たちではなく、これを勧誘・斡旋する周辺関係者の取り締まりです。
日本では年齢や性別を問わず、売春を行うことは禁止されていますが、主にその処罰対象は売春を管理している人間であり、売春を勧誘した場合は6か月以下の懲役または1万円以下の罰金、売春を斡旋した場合は2年以下の懲役または5万円以下の罰金が科せられます。
つまりこの法律の目的は、売春を強要される被害者がでないようにすることなのです。
そのため売春を法的に認可するにせよ禁止するにせよ、識者たちが問題の争点としているのは「売春の規制によって性犯罪にどのような影響が現れるか」という点なのです。
特にスウェーデンモデルの支持者たちは、売春を法的に禁止することで治安が改善され、強姦のような性犯罪も減少するはずだと考えています。
しかし本研究主任のリカルド・チャッチ(Riccardo Ciacci)氏は「従来の研究の多くは、売春の合法化が強姦犯罪に与える影響を調べたものばかりであり、売春の刑罰化が強姦発生率に与える影響についてはほとんど知られていない」と話します。
そこでチャッチ氏は、売春を全面的に禁止しているスウェーデンを対象に新たな調査を行いました。
売春の刑罰化で強姦件数が増加!
同氏は今回の調査で、スウェーデン犯罪防止委員会の報告書(Swedish National Council for Crime Prevention)における1997年から2014年のデータを利用しています。
スウェーデンで売春禁止法が導入されたのは1999年であるため、売春が違法となった前後の強姦犯罪率を分析することができました。
そしてデータ分析の結果、売春の刑罰化はその後の強姦犯罪の報告数の大幅な増加と有意に関連していることが判明したのです。
具体的には、1997年から2014年の間に、強姦犯罪の発生率は約44〜62%も増加していることがわかりました。
チャッチ氏はこれを受けて、合法的に性行為を購入することができなくなったために、一部の人々がその代替手段として強姦に手を染めている可能性が高いと説明しています。
この調査結果は、性的サービスに従事する人々を守り、性犯罪を減らす手段として、売春を法的に規制することが効果的ではないことを示唆するものです。
効果的でないのみならず、売春を安易に刑罰化してしまうと返って性被害を拡大させてしまう恐れがあるのです。
一方で、今回の調査はあくまで相関関係を調べたものであり、売春がなくなると強姦が増えることの因果関係ははっきりしていません。
そこでチャッチ氏は今後、売春の禁止が強姦の増加を引き起こすメカニズムをより深く追求し、性被害を減らす効果的な公共政策の確立に役立てたいと話しています。
買売春の法整備は非常に難しい面があります。
完全に合法化してしまうと、このサービスへの斡旋や勧誘が横行し、性サービスを強要される被害者を増加させる恐れがあります。また感染症が広まる温床となる懸念もあります。
しかし、法規制を強化しても完全な取り締まりが難しく、管理されていない場所で行われる性被害が増加する恐れがあります。
今回の研究で言及されているように性行為を購入できなくなった人たちの一部が、強姦に走るという恐れも高まるでしょう。
また性サービスは巨大なマーケットであることも事実なので、無理な取り締まりをすると繁華街が急速に衰退してスラム化し別の犯罪の温床になる恐れもあります。
きちんと法整備して税収源としつつ、セックスワーカーを国が保護していくべきという意見もありますが、これも行き過ぎれば国が性サービスを斡旋しているような状況になりかねず、倫理的にも舵取りの難しい問題になるでしょう。
日本でも売春防止法は中途半端な内容で曖昧に取り締まられている印象がありますが、それは今回の研究でも示されているように、効果の見極めが非常に難しい法律であるためです。
禁止、合法どちらを選択するにしても下手な切り替えを行うと、目的とはまるで逆効果の社会的混乱を生みかねません。
そのため、今回のような研究を地道に積み重ねていくことが重要になるのでしょう。
参考文献
Criminalizing prostitution leads to an increase in cases of rape, study finds
https://www.psypost.org/criminalizing-prostitution-leads-to-an-increase-in-cases-of-rape-study-finds/
元論文
Banning the purchase of sex increases cases of rape: evidence from Sweden
https://doi.org/10.1007/s00148-024-00984-2
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。