最近、海外で人気の投稿型ソーシャルサイト「Reddit」のある投稿が大きな話題を呼びました。
歯科医として働いている投稿者は、新しく改装された両親の家を訪ねた時に、奇妙な床に気づき、その内容を写真付きで投稿しました。
なんと廊下の床タイルの1つに、人間の顎骨らしきものが埋め込まれていたのです。
恐ろしい事件のようにも思える出来事ですが、これは一体誰の骨だったのでしょうか?
目次
- 歯科医の実家の床タイルから人間の顎骨が見つかる
- タイルの石材「トラバーチン」には、化石が含まれている
- 人間の顎骨だと気づくのは難しい
歯科医の実家の床タイルから人間の顎骨が見つかる
ある歯科医が、ヨーロッパにある新しく改装された両親の家を訪問した時、奇妙なことに気づきました。
なんと、テラスに続く廊下の床タイルの1つに、斜めに切断された「人間の下顎骨」のようなものが埋め込まれていたのです。
その中には、数本の歯も含まれていました。
困惑した歯科医は、投稿型ソーシャルサイト「Reddit」に、この奇妙なタイルの写真と経緯を投稿。
ネット上で大きな話題を呼ぶことになりました。
多くの科学者たちも関心を寄せており、彼らによると、確かにこの物体は「人間の顎骨」である可能性が高いようです。
では、この歯科医が、タイルを見て人間の顎骨だとすぐに判断できたのは、どうしてでしょうか。
彼はその理由を次のように語っています。
「私が注目したのは、下顎の形です。
タイルに埋め込まれている物体が、歯科クリニックで用いるCTスキャン画像の一部と驚くほど似ていたのです。
私はインプラント治療(顎骨に人工歯根を埋め込み、その上に人工歯を装着する治療法)を専門としているので、この種の画像を毎日扱っており、見覚えがありました」
一般の人であれば見逃してしまいそうなものですが、この人が歯科医であり、インプラント治療の専門家だったからこそ発見できたのでしょう。
では、どうして人間の顎骨がタイルに埋まっていたのでしょうか?
背後に恐ろしい殺人事件があったとでもいうのでしょうか。
タイルの石材「トラバーチン」には、化石が含まれている
「床タイルから人間の顎骨が見つかる」という事例は、多くの人にとって衝撃的ですが、この投稿を見た古人類学者たちにとっては、そこまで驚くべきことではなかったようです。
その理由は、タイルの種類にあります。
タイルには、セラミックや石材、セメント、大理石など様々な材料が用いられます。
その中には、粘土状の原料を特定の寸法に押し固めて作られたものや、天然で採掘される石をタイルの形に切り取ったものがあります。
そして今回、歯科医の両親の床タイルに用いられたのは、「トラバーチン」と呼ばれる石灰岩の一種です。
石材業界では、このトラバーチンも「大理石」にカテゴライズされることがありますが、その特徴は異なります。
大理石は、石灰石が地中で熱と圧力を受けて再結晶化したものです。
一方、トラバーチンは石灰石が湧水・地下水などで溶けて移動し、再沈殿して出来上がったものです。
大きな地圧で押し固められることもないため、スカスカの多孔質になります。
トラバーチンは天然温泉の近くに形成されることが多く、現代でも比較的短期間で形成されることもあるようですが、商業目的で使用されるトラバーチンの多くは、数十万年かけて形成された堆積物から採取される傾向があります。
実際、アメリカのウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)に所属する古人類学者のジョン・ホークス氏は、次のように述べています。
「トラバーチンには化石が含まれることが多いです。
その多くは、湧水に生息する藻類、植物、小動物であり、特に軟体動物や甲殻類の化石が見られます。
そしてもっと大きな動物の化石が見つかることもあり、人間も例外ではありません。
よく知られている人類の化石のいくつかは、トラバーチンから発見されてきたのです。
そしてこれらの発見のほとんどは、建設用の採石の際にもたらされました」
つまり、今回のケースでは、トラバーチンを採石場から切り出す際に、そこに含まれている人間の化石が、途中で発見されることなくタイルにまでなったということなのです。
人間の顎骨だと気づくのは難しい
では、写真のタイルに埋まっていた顎骨は、一体誰のものなのでしょうか。
専門家によると、今回のタイルに使用されたトラバーチンは、トルコ西部のデニズリ盆地の採石場から切り出されたものであり、ここで採れる石は180万年前から70万年前のものだと考えられています。
しかし投稿された写真だけでは、そこに埋まっていた人類の種や年代について正確に知ることは難しいようです。
ホークス氏は、「明らかに人類の親戚だと考えられるが、現代人類の可能性を排除したり、どの古代集団に属していたかを突き止めたりするには、詳細な研究が必要だ」と語っています。
幸い、投稿者である歯科医は、複数の大学の研究者からアプローチを受けており、現在、タイルとその顎骨については詳しく調査されているようです。
ちなみに、「なぜタイルとして一般住宅の床に敷かれるまで、誰も顎骨の存在に気づかなかったのか」という疑問については、ホークス氏が次のように答えています。
「採石場では、トラバーチンやその他の石を大きなパネルに粗削りし、研磨前に基本的な品質検査が行われます。
とはいえ、小さな穴や模様、混入物があったとしても、それらはトラバーチンの特徴の1つであり、そもそも人々は、それを好んでトラバーチンを求めるので、検査の段階で注意深く見られることはありません。
工場でも、機械でトラバーチンがカット・研磨され、次々と積み重ねられるため、細かく検査されるわけではないようです。
また、トラバーチンを購入する消費者も、サンプルを見て岩の種類を選択しているだけなので、家の床に設置されるまで実物を見ることは無いでしょう」
そして、タイルに何かが含まれていたとしても、普通の人であれば、それが何か気づくことは通常ありません。
歯科医だからこそ、人間の顎骨だと見分けることができたのです。
今回の出来事は、もしかしたら私たちの自宅の床タイルにも、人間の骨が埋まっているかもしれないことを示唆しています。
もし、天然石のタイルから変わった物体を発見したなら、SNSに投稿すれば思わぬ発見になるかもしれません。
参考文献
A dentist found an ancient human jawbone embedded in his parents’ tile floor
https://www.washingtonpost.com/science/2024/04/23/human-jawbone-floor-tile-fossil/
How many bathrooms have Neanderthals in the tile?
https://johnhawks.net/weblog/how-many-bathrooms-have-neandertals-in-the-tile/
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。