私たちの時間の感じ方は、私たちが世界でどのような体験をするかによって長く感じたり、短く感じたりします。
時計の針では同じ10分でも、楽しいときと退屈なときとでは、主観的な時間の長さが変わることは、誰もが経験しているはずです。
そんな中、米ジョージ・メイソン大学(GMU)の新たな研究では、視覚的な情報量によっても時間の感じ方が変わることが示されました。
研究では、記憶に残る印象的な画像を見ると時間の流れがゆっくりに感じ、印象的でない画像に比べて「より長く見ていた」と感じるようになることが報告されています。
研究の詳細は2024年4月22日付で科学雑誌『Nature Human Behavior』に掲載されています。
目次
- なぜ主観的な時間は伸び縮みするのか?
- 記憶に残りやすい画像ほど、時間の流れがゆっくりになる
なぜ主観的な時間は伸び縮みするのか?
「熱いストーブに手を乗せたら1分がまるで1時間に感じるでしょう。でも可愛い女の子と一緒に過ごす時間は1時間がまるで1分にしか感じません。それが相対性です」
かつてアインシュタインは、相対性理論のわかりやすい解説を求められ冗談めかしてその様に語りました。
実際のアインシュタインの理論は、重力の影響で物理的な時間が伸び縮みすることを定式化したものなので、人間の感じる主観的な時間の伸び縮みとは無関係ですが、彼のこの冗談に多くの人が共感したことからも、人間は状況によってかなり時間の流れ方に変化を感じていることがわかります。
私たちの体には24時間周期を計る「概日リズム(体内時計)」が備わっており、それは脳の視床下部にある領域によって制御されていることがわかっています。
その一方で、主観的な時間の長さの感じ方というのは、脳内のどこかの領域から生じるものではありません。
研究主任のマーティン・ウィーナー(Martin Wiener)氏も「時間の感覚をコントロールする脳領域はまだ一つも見つかっていない」と話します。
しかしウィーナー氏らは、主観的な時間感覚の変化が起こる理由について一つの仮説を持っています。
それは「脳が限られた時間の中で、より多くの情報を処理するかどうかに関係しているのではないか」ということです。
例えば、何かしらの景色を3秒という枠内で知覚する場合、見ている本人にとって処理すべき情報量が少なければ、主観的な時間の流れも速く過ぎ去るように感じるかもしれません。
反対に、その人にとって処理すべき情報量が多い印象的な景色だと、その分だけ主観的な時間の流れもゆっくりになり、同じ時間をより長く感じる可能性があります。
そしてこれは「記憶の残りやすさ」とも関係してくると考えられます。
なぜなら、本人にとって印象的な景色ほど記憶に残りやすく、印象的でない景色ほど忘れやすいと考えられるからです。
そこでウィーナー氏らは、記憶に残りやすい画像が主観的な時間の感じ方にどんな影響を与えるか、実験で調べてみました。
記憶に残りやすい画像ほど、時間の流れがゆっくりになる
研究チームは今回、延べ170名の参加者を対象に一連の時間知覚に関するタスクを行いました。
実験では、1秒以内(300〜900ミリ秒)ごとにフラッシュ点滅でパッパッパッと切り替わる様々な画像を見てもらいます。
画像には「平凡なトイレ・劇場の講堂・空港のターミナル」といった空間的な規模の大きさや、シーン内の視覚的な散らかり具合(=どれだけ雑然としているか)のレベルが異なるものが含まれています。
参加者はランダムに提示された画像が消えた後に、その画像が提示された時間が「長かった」か「短かった」かを評価しました。
すると、参加者は提示された画像の空間的な規模が大きいほど、時間を長く感じると回答したのです。
これは、トイレのような小さな空間より、劇場や空港のターミナルといった規模の大きい場面の方が情報量が多く、注意力を必要とするため、これが脳の活動を引き起こし時間を長く感じさせるのだと予測されます。
しかし散らかり具合については、まったく逆の結果が見られました。
実験では、散らかっている部屋など雑然としたシーンを見たときほど、参加者は時間を短く感じたのです。
散らかった部屋などは、情報量が多く注意力を必要とする画像に感じるため、雑然とした画像ほど時間が短く感じるという結果は、先の広い空間画像で時間を長く感じるという結果とは矛盾しているように思えます。
この直感に逆らった結果の原因は、主に脳の認知的なリソースに関連するのではないかと予測されます。
散らかった環境では視覚的な刺激が多すぎて、「情報過多」による認知の飽和が脳で起きることで、結果として時間の知覚が短縮されている可能性が考えられるのです。
これは、脳が一度に処理できる情報の量には限界があり、その限界を超えると時間を短く感じてしまう可能性を示唆しています。
またこれと別に、翌日に参加者を再び実験室に呼び、前日のタスクで自分がどの画像を見たかを思い出す記憶力テストも行われました。
こちらの実験では、時間を長く感じたという空間的な規模の大きい画像ほど、記憶に良く残っており、雑然とした画像はあまり記憶に残っていないという結果になりました。
つまり、画像を見ているときに感じる時間の長さと、画像の印象の強さ、記憶の残りやすさは、すべて相関しており、情報量の多い広い空間の画像ほど、見ているときの時間を長く感じ、印象が強く記憶に残りやすかったことを示しています。
そして、散らかっている画像については、上述した通り情報過多が原因で、逆に印象が薄くなり記憶にも残りにくくなっていると考えられます。
以上の結果は、印象的で記憶に残りやすい画像を見ているときほど、時間の知覚がゆっくりになる可能性があることを指し示すものです。
ウィーナー氏はこれを受けて、やはり印象的で記憶に残りやすい画像は、見ている本人にとって「処理すべき情報量が多い」と感じられるために、知覚している時間も実際より長く感じるようになったのかもしれないと話します。
反対に、印象が薄く雑然とした画像については、私たちが取り止めのないものをいちいち処理するのを無意識的に回避して、知覚に費やすエネルギーを節約するために、処理する情報量も少なくなって、記憶に残らなくなったり、時間の知覚も速く感じたりするのではないかと指摘しています。
このように、私たちの時間の感じ方は見ているものの情報量によって大きく変わるようです。
思い出の写真が詰まったアルバムを見るとき、時間の流れがゆっくりに感じるのも、より多くの情報に注視することに理由があるのかもしれません。
参考文献
Some Images Are So Memorable They Can Mess With Your Sense of Time
https://www.sciencealert.com/some-images-are-so-memorable-they-can-mess-with-your-sense-of-time
Time Slows Down When We See Something Memorable
https://www.scientificamerican.com/article/time-slows-down-when-we-see-something-memorable/
Do Humans Have A Universal Internal Clock? Maybe Not, Says New Study
https://www.iflscience.com/do-humans-have-a-universal-internal-clock-maybe-not-says-new-study-73915
元論文
Memorability shapes perceived time (and vice versa)
https://doi.org/10.1038/s41562-024-01863-2
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。