非常に高い耐久性を持つ「クマムシ」は、過酷な環境でも生き延びることができます。
「最強の生物」とも呼ばれる彼らは、これまでに様々な実験で、その異常な生命力を示してきました。
その中の1つの例として有名なのは、「クマムシは人の致死量の約1000倍の放射線に耐えられる」というものです。
しかしなぜ、クマムシは生物にとっては致命的な放射線に耐えるなんてことができるのでしょうか?
今回、アメリカのノースカロライナ大学チャペルヒル校(UNC)に所属するボブ・ゴールドスタイン氏ら研究チームはクマムシは、放射線によるDNA損傷を受けると、DNA修復遺伝子を増幅させて、急速にDNAを修復していたことを発見。
この「驚異の修復能力」こそが、クマムシの驚異の放射線耐性の理由のようです。
研究の詳細は、2024年4月12日付の科学誌『Current Biology』に掲載されました。
目次
- 最強生物クマムシは「人間の致死量の1000倍の放射線」を浴びても生き延びる
- クマムシは驚異的な回復力により大量の放射線にも耐える
最強生物クマムシは「人間の致死量の1000倍の放射線」を浴びても生き延びる
クマムシ(学名:Tardigrade)とは、緩歩動物門に属する生物の総称であり、肉眼では確認しにくいほど微小(体長50μmから1.7mm)な動物です。
海洋・陸水・陸上のありとあらゆる環境に生息することで知られており、1000種以上が確認されています。
そして、このクマムシは、ほとんどの生物が耐えられない過酷な環境でも生き延びる「最強生物」として有名です。
例えば、絶対零度に近い-272℃から水の沸点を上回る150℃までの温度でも生き延びることができます。
また宇宙空間で10日間生き延び、マリアナ海溝の底の1000気圧にも耐えることが可能です。
さらに、ドイツのシュトゥットガルト大学(University of Stuttgart)が2022年に行った研究では、クマムシの凍結と解凍を繰り返した実験により、凍結中には寿命が消費されないことも明らかになりました。
加えて、最強生物であるクマムシは、大量の放射線を浴びても生き延びることが可能であり、5000~6200グレイ(Gy)の放射線レベルに耐性があると言われています。
人間の場合、全身に1グレイ以上の放射線を一度に受けると、様々な臓器・組織に障害が生じるとされます。
その値が7グレイにもなると、ほとんどの人間は死亡してしまうと言われています。
放射線は細胞のDNAを傷つけます。DNAは細胞を作り出す設計図です。そのためDNAが破壊されると、細胞を複製できなくなってしまうのです。
このため、放射線を浴びた直後は身体に異変がなくても、代謝する中で身体に次々と異常が起きていくのです。
少量の放射線であれば、DNAの傷もすぐに修復されますが、大量の放射線を浴びるとDNAの破損修復が追いつかず、臓器障害やがんの原因となり、最悪代謝による細胞の入れ替えができなくなり死に至ります。
であるにも関わらずクマムシは、人間の致死量の約1000倍の放射線を浴びても生き延びることができます。
では、なぜクマムシは人間と同じ生物でありながら、放射線に対してこれほどまでに高い耐性を持つのでしょうか。
クマムシは驚異的な回復力により大量の放射線にも耐える
ゴールドスタイン氏ら研究チームは、過去25年間にわたり、クマムシの研究を行ってきました。
今回の研究では、クマムシの一種である「Hypsibius exemplaris(ヒプシビウス・エクセンプラリス)」に着目し、どのようにして大量の放射線に耐えることができるのか調査しました。
その結果、H.exemplarisは、放射線によってDNAの損傷を受けないわけではないと分かりました。
これについては当然とも言えますが、私たち人間と同じように、クマムシも放射線を浴びることでDNAは確かに傷ついていました。
一方で研究チームは、H.exemplarisが、広範囲にわたってDNAの損傷を修復できることも発見しました。
H.exemplarisは放射線を検出すると、DNA修復遺伝子の発現を増大させ、放射線によるDNAの損傷を急速に修復していたのです。
人間にもDNA修復遺伝子はありますが、どうしても限界があります。
しかしクマムシたちは、人間とは異なり、それらの発現を増大させて回復力を大きく高め、放射線に対処していたのです。
彼らは「大量の放射線がDNAをズタズタに傷つけるなら、それを上回る回復力を持てばいい」という力業で生き抜いていたようです。
ゴールドスタイン氏は、この発見に対して非常に驚いており、「クマムシは、私たちが予想もしていなかったことを行っている」とコメントしました。
今回の研究は、クマムシが最強生物である証拠をまた1つ積み重ねるものとなりました。
研究チームは、新しい発見を応用することで、クマムシ以外の動物を放射線から守る方法を生み出すことができるかもしれないと考えています。
過去には「クマムシのDNAを人間に組み込む」という研究もありました。
もしかしたら遠い将来では、放射線に強い人体を生み出すことも可能なのかもしれませんね。
参考文献
UNC-Chapel Hill researchers discover new clues to how tardigrades can survive intense radiation
https://www.eurekalert.org/news-releases/1041321
What Makes Tiny Tardigrades Nearly Radiation Proof, Featuring the Goldstein Lab
https://bio.unc.edu/news/what-makes-tiny-tardigrades-nearly-radiation-proof-featuring-the-goldstein-lab/
元論文
The tardigrade Hypsibius exemplaris dramatically upregulates DNA repair pathway genes in response to ionizing radiation
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.03.019
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。