地球から近いところに、予想外に大きなブラックホールが潜んでいたようです。
欧州宇宙機関(ESA)は先日、地球から1926光年の場所に、太陽質量の33倍に達する恒星ブラックホールを発見したと報告しました。
1926光年は宇宙の規模からすればかなり短い距離で、今回見つかった恒星ブラックホールは地球から2番目に近いブラックホールになるとのことです。
また、この天体は過去に天の川銀河で見つかった恒星ブラックホールの中で最も大きいという。
それほど大きなブラックホールがなぜ今まで見つかっていなかったのでしょうか?
研究の詳細は2024年3月30日付で天文学雑誌『Astronomy &Astrophysics』に掲載されています。
目次
- 天の川銀河で「最大の恒星ブラックホール」を発見!
- ガイアBH3は休眠状態にある「眠れる巨人」だった!
- こんなデカい恒星ブラックホールはどうやって生まれるのか?
天の川銀河で「最大の恒星ブラックホール」を発見!
今回の恒星ブラックホールは、ESAが主導する宇宙望遠鏡ミッション「ガイア計画」で得られた観測データを見直していた際に偶然に発見されました。
ガイア計画は、約10億個の恒星について精密な位置を測定し、それぞれの恒星までの距離や動きを調べることを目的としています。
ガイア計画の観測では過去にも2度、天の川銀河の中にある恒星ブラックホールが見つかっていました。
1つ目の「ガイアBH1」は地球からへびつかい座の方角に1560光年離れた場所にあり、太陽質量の10倍程度の天体です。
2つ目の「ガイアBH2」は地球からケンタウルス座の方角に3800光年離れた場所にあり、同じく太陽質量の10倍弱の天体です。
そして新たに見つかった3つ目の恒星ブラックホール「ガイアBH3」は、地球からわし座の方角に1926光年離れた場所にあり、太陽質量の33倍の大きさがありました。
これは地球から2番目に近いブラックホールとなります。
恒星ブラックホールとは一般に、寿命を終えた恒星の重力崩壊によって誕生し、大半は太陽質量の10倍以下のものがほとんどです。
天の川銀河には、ガイア計画とは別の観測で、地球から7300光年の場所に恒星ブラックホール「はくちょう座X-1」が見つかっています。
これが太陽質量の21倍に達し、今までは天の川銀河で最大の恒星ブラックホールとなっていました。
しかし今回の発見で、ガイアBH3がはくちょう座X-1を抜いて単独トップ(※)に躍り出ています。
(※ 恒星ブラックホールとしては最大ですが、天の川銀河の中心には「いて座A*(いてざエー・スター)」という太陽質量の約400万倍に匹敵する超大質量ブラックホールがあるとされる)
では、これほど大きな恒星ブラックホールが地球から近い場所にあったのに、どうして今まで見つかっていなかったのでしょう?
ガイアBH3は休眠状態にある「眠れる巨人」だった!
ガイアの観測データから恒星ブラックホールを見つけるとき、研究者たちは星の公転軌道のゆらぎに注目します。
星の動きというのは、近くに別の重い星やブラックホールがあったりすると、その重力の影響で公転軌道にゆらぎが生じるのです。
それをヒントに、恒星の中心部にあるブラックホールを見つけることができます。
ただブラックホール自体は光を放たないので、直接観測することはできません。
しかし恒星ブラックホールの多くは近くを公転する星から物質を吸い上げています。
それらの物質は猛スピードでブラックホールの中に落下しながら摩擦を起こし、非常に高温になってX線を放出するのです。
こうした恒星ブラックホールと伴星のペアを「X線連星(X-ray binary)」と呼び、研究者はそのX線の光を頼りにブラックホールを検出します。
ところがガイアBH3では、その周囲を公転する伴星のゆらぎは検出できたものの、X線はまったく見えませんでした。
というのも、伴星がガイアBH3からかなり離れた場所を公転していたため、物質を吸い込むことができない距離にあり、X線が放出されていなかったのです。
公転軌道がブラックホールに近づけば、またX線の放出が再開されると思われますが、研究者たちは、この休眠状態にあるガイアBH3を指して「眠れる巨人(sleeping giant)」と評しました。
どうやら、この暗さのせいで今日まで発見が遅れていたようです。
こちらはガイアBH1・BH2・BH3の伴星の公転軌道を時間に沿って示した動画になります。
(※ 音声はありません)
調査に参加したフランス国立科学研究センター(CNRS)のパスクワーレ・パヌッツォ(Pasquale Panuzzo)氏は、これほど巨大な恒星ブラックホールが地球の近くで見つかったことを受けて、「これは研究人生で一度あるかないかの発見です」と話しました。
こんなデカい恒星ブラックホールはどうやって生まれるのか?
しかし、この貴重な発見は同時に大きな謎を提示しています。
これほど大きな恒星ブラックホールがどうやって形成されたのか、研究者たちにもわからないのです。
恒星ブラックホールはたいてい、元となる恒星が寿命を迎える中で大部分の質量を失ってしまうので、その後にできるブラックホールが太陽質量の30倍になることは考えられません。
その一方で研究者らは、あるひとつの仮説も立てています。
それは「ガイアBH3の元になった恒星が、水素やヘリウムより重い元素をほとんど含まない”金属不足の星”だったのではないか」というものです。
天文学では、水素やヘリウムより重い元素を指して「金属」と呼びます。
そして過去の研究によると、金属不足の星は一生の間に失われる質量が少なくなることがわかっているのです。
つまり、金属不足の星は寿命を迎えたときに巨大なブラックホールを作るための材料がまだ残っていることを意味します。
加えて、ガイアの観測データからはガイアBH3とその伴星がともに金属量に乏しいことが示唆されました。
これは研究者の仮説が正しいことを示しますが、この説を確かなものにするにはさらなる観測データが必要になるという。
今後、ガイアBH3の挙動を追うことで、巨大な恒星ブラックホールが誕生するシナリオの謎を解き明かせるかもしれません。
参考文献
Sleeping giant surprises Gaia scientists
https://www.esa.int/Science_Exploration/Space_Science/Gaia/Sleeping_giant_surprises_Gaia_scientists
Most massive stellar black hole in our galaxy found
https://www.eso.org/public/news/eso2408/
元論文
Discovery of a dormant 33 solar-mass black hole in pre-release Gaia astrometry
https://doi.org/10.1051/0004-6361/202449763
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。