小さな藻類のミドリムシはその名の通り、きれいな緑色の体をしています。
しかしこのほど、東京理科大学と株式会社ユーグレナの研究により、かつお出汁と赤色光で培養することで「赤色のミドリムシ」が誕生することが明らかになりました。
ミドリムシの体内に蓄積した赤色色素は「カロテノイド」という栄養価の高い成分であり、抗酸化作用や眼病予防の効果を持つことから食品としての利用が期待されています。
研究の詳細は2024年2月12日付で科学雑誌『Plants』に掲載されました。
目次
- ミドリムシは栄養価の高い「スーパーフード」
- かつお出汁で「赤色のミドリムシ」が誕生!
ミドリムシは栄養価の高い「スーパーフード」
ミドリムシ(学名:Euglena gracilis)は今から5億年も前に誕生した微細生物です。
名前に「ムシ」と付いていますが昆虫とはまったく関係なく、ワカメやコンブと同じ藻類に属します。
その一方で、ミドリムシは葉緑体で光合成をして栄養分を作りながら、細胞を変形させて自ら動き回るという、「植物」と「動物」の両方の性質を兼ね備えた興味深い生物です。
そう言われると、植物が動物へと変化することがあるの? という疑問が浮かびますが、これは原始的な捕食性の真核単細胞生物が藻類を食べて、そのまま細胞内に共生させた状態とされています。
こうしてミドリムシは2つの生物の性質を持つゆえに、肉と野菜に含まれる栄養をどちらも持っています。
そのため、ミドリムシはスーパーフードのひとつとして食品利用が進んでいるのです。
(※ 食品などの商用としてはミドリムシではなく、学名の「ユーグレナ」の名称が用いられています。さすがに「ムシ」とあると口にしにくいですからね… )
実際に株式会社ユーグレナは世界で初めて、ユーグレナの屋外大量培養に成功し、ユーグレナを使った健康食品、飲料、お菓子、サプリなどを作っています。
そしてユーグレナが持つ栄養素のひとつとして、特に注目されているのが「カロテノイド」です。
カロテノイドは黄色や赤色の色素を持っており、ユーグレナでは赤色の眼点の中に含まれています。
カロテノイドには活性酸素を取り除く抗酸化作用があるだけでなく、継続的な摂取により血糖値の上昇を抑制したり、眼病を予防することが報告されてきました。
しかし一方で、ユーグレナが自然に持つカロテノイドの量は少なく、その生産効率を向上させる手法も知られていません。
食品の栄養素でユーグレナを培養できる?
その中で、研究チームはユーグレナの食品利用の拡大を目的に、大豆や乳製品、卵を用いたユーグレナ細胞の増殖、海苔や煮干しを使ったユーグレナの培養方法の開発を行ってきました。
これは食品にさまざまな栄養成分が入っており、それを使うことでユーグレナを効果的に培養できると考えられているからです。
チームは他にも、トマトジュースを用いた安価な培養方法も開発しました。
こうした知見を踏まえて、チームは「適切な食品の栄養素を含む培地で培養することで、ユーグレナのカロテノイド含量を増加させられるのではないか」と仮説を立てました。
そこでチームが新たな培地として選んだのが、私たち日本人になじみ深くて栄養価の高い「かつお出汁」でした。
かつお出汁で「赤色のミドリムシ」が誕生!
今回の実験では、適切な培地と光条件下でユーグレナが赤色化するかどうかを検証しました。
このアプローチの仕組みは非常にシンプルです。
ユーグレナは光に長時間さらされると光ストレス反応を引き起こします。その過程で光から身を守るために、周囲の栄養素を使いながら新たな分子を産生するのです。
ここでチームはかつお出汁の栄養素でカロテノイドの産生が促されるのではないかと予想しました。
実験では、独立栄養培地(※)である「CM培地」、従属栄養培地(※)である「KH培地」、かつお出汁を使った「BS培地」の3つを用意。
そこにユーグレナを入れて、さまざまな波長の光を当てて様子を見ました。
(※ 独立栄養とは、植物のように光や二酸化炭素を使い自ら栄養素を作ることで、こうした生物の培地には外部からの有機分子が添加されません。
従属栄養とは、動物のように外部にある有機分子を食べて栄養素を得ることで、こうした生物の培地にはビタミンやミネラルなど、さまざまな有機分子が添加されます。)
その結果、かつお出汁を含むBS培地に強い赤色光(605〜660nmの波長)を照射した条件で、最もユーグレナの赤色化が進むことが明らかになりました。
チームはどんな成分が赤色化を促したのかを特定するため、かつお出汁に多く含まれるヒスチジン(必須アミノ酸の一種)だけを添加した培地、魚介類のうま味成分である5′-リボヌクレオチドだけを添加した培地、さらに煮干し・イカ・桜エビ・椎茸の煮出し汁での培養も実施。
しかし、いずれの培地でも赤色化が見られなかったことから、これは単一の成分ではなく、かつお出汁に含まれる色々な栄養素が組み合わさってユーグレナの赤色化を引き起こしていることが示されました。
そして最も重要な点として、ユーグレナの赤色化は細胞内のカロテノイドが増加しているからだということが確かめられました。
さらに通常のユーグレナの培養条件では生成されない「キサントフィル(カロテノイド類の一種)」も生成されていたのです。
以上の結果から、かつお出汁と赤色光を用いた培養方法により、カロテノイドを多量に含むユーグレナを効率的に得られることがわかりました。
しかも、この培養方法は遺伝子組み換えをともなわないことから、安全な食品利用が可能と考えられています。
研究主任の山下 恭平(やました・きょうへい)氏は、ユーグレナを赤色化する試みにおいて、「さまざまな食品と光条件を組み合わせる試行錯誤の結果、重要な成分として日本の伝統食材であるかつお出汁が見出されたことは、驚きとともに、大変うれしく思いました」と話しています。
今後はこの”赤色ミドリムシ”を活用した新たな健康食品の開発が期待できるでしょう。
参考文献
ミドリムシを赤色化する手法を開発、鍵は『かつお出汁』と強い赤色光 ~遺伝子改変を伴わないプロセス、微細藻類ユーグレナの食品利用拡大につながる知見~
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240328_8334.html
元論文
Reddening of the Unicellular Green Alga Euglena gracilis by Dried Bonito Stock and Intense Red Light Irradiation
https://doi.org/10.3390/plants13040510
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。