音と光で治療できます。
実はこれまでの研究で、40Hzの音と光がアルツハイマー病にみられるアミロイドβを脳内から減らす効果を持つことが知られていました。
ただ、なぜそんなものでアルツハイマー病に対処できるのか、脳内でどんなメカニズムが働いているのかはよくわかっていませんでした。
しかし今回、米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われたマウス研究が、毎秒40回(40Hz)の音と光の刺激によって、有害なアミロイドβタンパク質を脳内から洗い流すメカニズムについて明らかにしました。
一体どうして音と光だけで、脳内の有害物質は排除されるのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年2月28日に『Nature』に掲載されました。
目次
- 40Hzの音と光はアミロイドβを脳内から除去する
- 40Hzの音と光は脳内の洗浄システムを強化できる
- 洗浄液の量を制御する蛇口システムの存在
- 40Hzの刺激は脳内で40Hzの神経活動を誘発させる
40Hzの音と光はアミロイドβを脳内から除去する
最近、アルツハイマー病治療にかんする極めて興味深い現象が発見されました。
その現象とは、毎秒40回(40Hz)の光や音の刺激を行うだけで、アルツハイマー病の要因の1つと考えられているアミロイドβが脳内から現象するというものです。
これまで脳内に存在するアミロイドβに対処するには、アミロイドβを除去したり生成を邪魔する化合物を用いた、生化学的な手段が用いられてきました。
しかし新たな方法は単に、40Hzの刺激を行うだけで、薬を飲む必要すらありません。
この画期的な治療法が発表されると、直ぐに高い注目を集め、製薬会社をはじめとした多くの企業が、40Hzの周波数を利用した対アルツハイマー病の機器の開発に着手することとなりました。
また動画サイトなどでは「アルツハイマー病に効果がある」として40Hzの周波数を流す動画が乱立することになりました。
(※40Hzの音は人間の可聴域ギリギリにある低音であり、音階では極低音の「ミ(E1)」(41.203Hz)に近くなっています。)
また日本の塩野義製薬とピクシーダストテクノロジー社などでは、テレビやラジオの音をリアルタイムで40Hzの音「ガンマ波サウンド」に偏重できる特殊な技術を開発しています。
しかし「なぜ40Hzの刺激がアミロイドβを除去できるのか?」「なぜ他の周波数ではダメなのか?」「どんな仕組みでアミロイドβが除去されるのか?」といった根幹となる原理やメカニズムについては、多くが謎に包まれていました。
そこで今回MITの研究者たちは、40Hzの刺激がアミロイドβを除去するメカニズムを解明する実験を行うことにしました。
なぜ音や光だけで、脳内からアミロイドβを除去できるのでしょうか?
40Hzの音と光は脳内の洗浄システムを強化できる
なぜ40Hzの刺激がアミロイドβを除去できるのか?
調査にあたっては、アルツハイマー病のような病状を誘発するように遺伝子操作されたマウスが用意されました。
このマウスたちは普通のマウスと違い、若くして脳内でアミロイドβが蓄積し、アルツハイマー病のような病状を発症します。
研究者たちはまず、このマウスたちに40Hzの音と光の刺激を与え、アミロイドβが脳内から除去される方法を調べました。
この調査において特に着目されたのが、脳内の老廃物除去システム(グリンファティック系)でした。
脳内からアミロイドβが出ていく場合、脳に備わっている老廃物除去システムを利用していると考えたからです。
老廃物除去システムの仕組みを簡単に説明すると、以下の図のようになります。
脳内の血管にはその周辺部分に並行して、脳脊髄液が流れるラインが設置されています(図では血管の周りの部分)。
脳脊髄液は、ある種の洗浄液としての働きを持っており、動脈の周辺部から脳組織にしみ出して、老廃物を押し流します。
そして老廃物と混ざり合った洗浄液は、静脈の周辺部のラインに入ると脳から排出され、最終的にリンパ管に捨てられます。
研究者たちは40Hzの刺激をしたマウスとしなかったマウスを比較したところ、刺激を行ったほうのマウスのリンパ液にはアミロイドβの濃度が増加していることが示されました。
そこで研究者たちは40Hzの刺激を受けてたマウスたちの老廃物除去システム全体を詳細に観察し、どんな変化が起きているかを調べることにしました。
すると40Hzの刺激を受けたマウスたちは脈拍が増加すると同時に血管も拡張し、洗浄液の役割をする脳脊髄液と脳組織から出る間質液の両方が増加していることが判明しました。
さらに汚れを排出するリンパ管の直径も増加していることもわかりました。
この結果は40Hzの刺激が脳内の「洗浄液」の流れを強化して、有害なアミロイドβを脳の外へと洗い流していることを示しています。
ただこの段階では、洗浄の仕組みだけしか解明されておらず、どんな仕組みで洗浄液の増減が起きているかも不明でした。
そこで次に研究者たちは、洗浄液の蛇口となる仕組みを調べることにしました。
洗浄液の量を制御する蛇口システムの存在
なぜ40Hzの刺激が洗浄液を増やすのか?
謎を解くため研究者たちは、ニューロンの世話係として知られる「星状細胞(アストロサイト)」にに着目しました。
この星型をした細胞には洗浄液の量を調節する存在する蛇口システム「アクアポリン4(AQP4)」と呼ばれるスイッチが存在します。
この蛇口システム(AQP4)が働くと星状細胞は血管に並行する形で配管されているラインから洗浄液を放出させ、脳内の汚れを除去します。
研究者たちがマウスを遺伝子操作して、この蛇口システム(AQP4)を働かなくさせたところ、40Hzの刺激を与えても、アミロイドβの洗い流しが起こらなくなっていることが確認できました。
この結果は、40Hzの刺激によって洗浄液を増加させるには、蛇口システム(AQP4)にの働きが必要であることを示しています。
研究者たちも「脳脊髄液の流入はアクアポリン4の働き(分極)の増加と関連していた」と述べています。
しかしこの段階でも「40Hzでなければならない理由」までは解き明かされていません。
音と光が蛇口を揺さぶって洗浄液を流さたのでしょうか?
どうやら違うようです。
40Hzの刺激は脳内で40Hzの神経活動を誘発させる
蛇口システム(AQP4)はなぜ40HzでONになるのか?
研究者たちは答えを得るため、40Hzの刺激を受けたマウス脳内でどんな遺伝子が活性化するかをRNAの量を測ることで調べました。
DNAを全設計図とするならRNAは設計図の部分写しです。
細胞がタンパク質を生産する場合、全設計図DNAそのものをいちいち引っ張り出していては効率が悪いため、適宜に設計図の部分写しRNAを作成します。
そのためRNA量を調べれば、どの遺伝子が活性化し、どんなタンパク質が必要とされているかがわかるのです。
(※実験では単核RNAシークエンシング(snRNA-seq)を使用しRNA量を調べました)
すると、短い距離とのみ通信を行っている「介在ニューロン」から、いくつかのペプチド(アミノ酸の連鎖したもの)が信号として分泌されており、それが蛇口システムの活性化を起こしていたことが判明します。
実際、この介在ニューロンを遮断すると、洗浄液が流れずアミロイドβの除去もできなくなりました。
さらに神経活動を分析したところ、40Hzの刺激によって神経細胞もまた40Hzのパターンで活動を行っていることが判明しました。
まとめると、まず①音や光による40Hzの刺激が脳内で処理され、②情報が介在ニューロンに信号が送られると、40Hzのパターンの活動を引き起こし、③特定のペプチドを分泌して、④星状細胞にある蛇口システム(AQP4)を活性化させ、⑤脳を洗浄する脳脊髄液を放出してアミロイドβを洗い流し、⑥最後にリンパ管にアミロイドβを捨てます。
研究では40Hzの刺激によって脳の洗浄がすぐに始まることも示されました。
ただ認知に持続的な効果をもたらずには、数週間~数か月にわたって持続的な40Hzの刺激が必要であるとのこと。
もし同じ仕組みが人間でも起こるのならば、病室に常時40Hzの音や光を流すことでアルツハイマー病に効果が出るでしょう。
幸い、人間において毎秒40回(40Hz)は不愉快なブツブツ感をあまり感じることがないため、違和感なしに過ごすことができます。
もしかしたら未来の病院では、アルツハイマー病患者の部屋で40Hzの音楽が流れているかもしれませんね。
参考文献
How sensory gamma rhythm stimulation clears amyloid in Alzheimer’s mice
https://news.mit.edu/2024/how-sensory-gamma-rhythm-stimulation-clears-amyloid-alzheimers-0307
元論文
Multisensory gamma stimulation promotes glymphatic clearance of amyloid
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07132-6
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部