とんでもない怪物ブラックホールが発見されました。
オーストラリア国立大学(ANU)によって確認されたこのブラックホールは、太陽1個分に相当する物質を毎日むさぼりながら急成長しており、すでに太陽質量の170億〜190億倍に達しているという。
加えて、その強烈な重力からブラックホールの周囲にガスや塵が円盤状に降着し、なんと太陽の約500兆倍の明るさを発していることが分かりました。
これは過去に宇宙で見つかった最も明るい天体になるとのことです。
研究の詳細は2024年2月19日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 怪物ブラックホールの正体は「クエーサー」
- 1日に太陽1個分の物質をむさぼり食って成長中!
怪物ブラックホールの正体は「クエーサー」
この怪物ブラックホールは「J0529-4351」として約40年近く前の観測で、すでに発見されていました。
しかしあまりに明るい天体であったため、これは地球に近い恒星であろうと誤認されていたのです。
2022年6月、欧州宇宙機関(ESA)の位置天文衛星ガイアによるサーベイ(掃天観測:広域の空を撮影して大量の天体のカタログを作るプロジェクト)にもこの天体は当然映っていました。
このガイアの掃天観測データでは、何十億個もの天体から機械学習を用いた自動分析によってクエーサーを選り分ける作業が行われていますが、この自動分析でもAIは「J0529-4351」をクエーサーの候補からは除外していました。
つまりAIもクエーサーにしては明るすぎるので、「J0529-4351」を地球に近い恒星であると判断していたのです。
こうして40年近くただの恒星だと思われていた「J0529-4351」でしたが、2023年にこの領域を詳しく観測した、オーストラリアのサイディング スプリング天文台の調査によって、これがクエーサーなのではないかということが明らかになったのです。
そこで今回の研究チームはチリ北部のアタカマ砂漠地域にある超大型望遠鏡(VLT)の X シューター分光器を使って、「J0529-4351」の詳細な調査を行いました。
その結果、この天体が地球から約120億光年という途方もない距離にある非常に明るいクエーサー(Quasar)であることが判明したのです。
これは宇宙が誕生してまだ15億年程しか経っていない時代のものであることを意味します。
クエーサーとは、宇宙で最も明るい天体のひとつであり、その正体は銀河の中心部にある超大質量ブラックホールです。
銀河中心の超大質量ブラックホールは宇宙空間のガスや塵を絶えまなく吸い込んでおり、それらはブラックホールの周囲に巨大な渦巻き状のディスクを形成します。
これを「降着円盤」といいます。
降着円盤では物質同士の摩擦によって膨大な熱エネルギーが発生しており、これが物質をプラズマ化させて、X線や可視光線、電波にいたる強烈な電磁波を放射します。
特にこの活動が活発になると、母体となる銀河そのものよりも銀河の中心核であるブラックホールの方が明るく輝くようになり、これを天文学では「活動銀河核(active galactic nucleus:AGN)」と呼びます。
この活動銀河核の中でも特に明るいものを、現在の天文学では「クエーサー」と呼んでいます。
ではこの「J0529-4351」が、これまでの観測でずっとクエーサーにしては明るすぎると除外され続けてしまったというのはどういうことなのでしょうか?
その理由が、「J0529-4351」の詳しい分析を進めた今回の研究で明らかとなりました。
「J0529-4351」はこれまでの人類の理解を超える規格外のとんでもないモンスターだったのです。
1日に太陽1個分の物質をむさぼり食って成長中!
調査を進めると、「J0529-4351」の中心部にあるブラックホールは、1日に太陽1個分に相当する物質を吸い込んでおり、猛烈なスピードで急成長していることが分かりました。
1年当たりでは太陽の約370倍の質量を取り込んでおり、その重さはすでに太陽の170億~190億倍になっているといいます。
またブラックホール周囲の降着円盤は直径7光年に達していることも特定されました。
同チームのサミュエル・ライ(Samuel Lai)氏いわく「これは過去に宇宙で見つかっている最大の降着円盤で間違いない」とのことです。
ちなみに天の川銀河の中心ブラックホールいて座A*の降着円盤の直径は約6000万キロメートルとされ太陽系の水星軌道とほぼ同じ大きさです。1光年は約9兆4608億kmで、「J0529-4351」の直径である7光年は地球から太陽までの距離(1天文単位)の約45万倍に相当します。
これにより、「J0529-4351」は太陽の約500兆倍の明るさを発しており、これまでに観測された中で最も明るい天体を記録しました。
これを受けてチームは、J0529-4351の光度が「エディントン限界(Eddington limit)」に限りなく近づいている可能性があると指摘します。
エディントン限界とは何か?
クエーサーのように降着円盤を持つ天体では、中心部のブラックホールに向かって絶えずガスや塵が吸い込まれる同時に、膨大な量の光エネルギーが放出されています。
この時の物質を吸い込む力が「重力」であり、光エネルギーを外に押し出す力が「放射力」です。
この重力と放射力の2つの力が釣り合った状態が「エディントン限界」であり、その天体が放出できる光度の限界値に達します。
天体は通常、このエディントン限界以下の光度で輝いていますが、もし放射力が重力を上回り、エディントン限界を超えてしまうと、降着円盤も吹き飛んでしまうと考えられています。
しかし、J0529-4351の光度が本当にエディントン限界に達しているかどうかを調べるにはさらなる観測が必要です。
また研究者らは、120億光年先にあるJ0529-4351を詳しく調べることで、初期宇宙において超大質量ブラックホールがどのように形成されるかに関する謎も明らかにできるかもしれないと述べています。
怪物ブラックホールは今も太陽1個分の食料を毎日食べてグングンと成長中。
一体どこまで大きくなるのでしょうか?
参考文献
Brightest and fastest-growing: astronomers identify record-breaking quasar
https://www.eso.org/public/news/eso2402/
Brightest quasar ever seen is powered by black hole that eats a ‘sun a day’
https://www.space.com/brightest-quasar-ever-powered-black-hole-solar-mass-accretion-disk
Astronomers find monster black hole devouring a sun’s-worth of matter every day
https://www.livescience.com/space/astronomers-find-monster-black-hole-devouring-a-suns-worth-of-matter-every-day
元論文
The accretion of a solar mass per day by a 17-billion solar mass black hole
https://doi.org/10.1038/s41550-024-02195-x
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。