デジタル機器の弱点が突かれました。
米国のミシガン大学(UM)で行われた研究により、スマホのカメラやホームカメラ、車載カメラに至るどんなカメラからでも、リアルタイムな盗撮が可能な技術が発表されました。
新たな盗撮技術は既存の機器では防御不可能であり、カメラの電源をオフにしても、理論的には、完全には防ぐことができません。
研究では実際のカメラが捉えた画像と盗撮された画像の比較が行われており、かなり鮮明な画像として抽出できることが示されています。
新たな技術はいったいどんな方法で、他人のカメラから情報を盗み出しているのでしょうか?
研究内容の詳細は、ネットワークシステムセキュリティに関するシンポジウム『The Network and Distributed System Security Symposium (NDSS) 2024』にて発表されました。
目次
- 内部の電子回路そのものがアンテナになってしまう
- AI技術を使用して受信画像のクリーンアップを実現した
内部の電子回路そのものがアンテナになってしまう
カメラ技術は現代社会で不可欠なものとなり、スマートフォン、家庭用セキュリティシステム、さらにはIoTデバイスに至るまで、あらゆるものに組み込まれています。
これらのデバイスは私たちの生活を便利にし、身の安全や犯罪者の逮捕に役立っています。
また暗号化やセキュリティー技術のお陰で、私たちはプライベートな映像をある程度、安心して送ることが可能です。
しかしノースイースタン大学のケビン・フー教授は、カメラ内部の「ある部品」を利用した新たな盗聴方法を発見しました。
この方法は「EM Eye」と名付けられ、現在一般に売られているカメラではどんな暗号化通信技術を追加しても、盗聴を防ぐことはできません。
さらにこの技術を使うためには高価な設備は不要で、数百ドルの投資と基本的な知識があれば足りるのです。
いったいどのような手段で「EM Eye」はセキュリティーを突破しているのでしょうか?
「EM Eye」は内部回路の電磁波を収集して分析できる
新たなシステム「EM Eye」が狙うのは、回路そのものです。
例えば、セキュリティカメラやスマートフォンのカメラには、撮影した映像情報をICチップまで届ける内部回路が必須です。
どんなカメラも検知した光の信号をデジタル化する過程が必要であり、さらにデジタル化したデータを移動させるには内部回路、つまり電線の中を通る必要があります。
このプロセスは電気回路を持つ装置ならば宿命づけられているものと言えます。
ですが中学や高校で習う電磁気学の教科書には、送電線に電気が通ると必然的に電磁波が発生することが記されています。
つまり電気回路のどんなに小さな導線であっても、電気が流れる限り、隠れたアンテナの役割を果たしてしまうのです。
セキュリティカメラの場合は、カメラ本体と記録媒体を繋ぐ長いケーブルが、スマートフォンの場合もカメラの部品からICチップへと向かう導線が、アンテナの役割を果たしてしまいます。
そしてこの放射は、カメラが捉えた映像データの情報を含んでおり、適切な装置さえあれば第三者が受信することが可能です。
通常スマホなどの機器はネットワーク送受信に対して暗号化技術を用いていますが、カメラ自体は一般に市販されているものが組み込まれており、カメラとチップとの間の信号に暗号化が施されることはありません。
ただ理論的にはそうであっても、検証が行われることは稀でした。
アンテナからアンテナに向けた電波送信ですらしばしば問題を抱えるのに、本来アンテナでもなんでもない短い導線からクリアな映像を検知できるとは考えにくかったからです。
また、たとえ被写体の情報を含む電波が存在していたとしても、スマホなどの電子機器の内部からはカメラに関するものの他に無数の情報処理にかかわる電気信号が回路を飛び交っており、検知できずに埋もれてしまう可能性もあります。
AI技術を使用して受信画像のクリーンアップを実現した
そこで今回の研究ではまず、カメラから検知された電磁波放射パターンと撮影された映像の間に、予測可能な関連性があるかが確認されました。
用意されたのは上の図のように、被写体(例えば極秘会議)と会議を記録する記録用カメラ、そして電磁波を検知するためのアンテナをはじめとした受信装置でした。
結果、検知された信号は被写体を識別するのに十分であることが判明します。
ただ、やはりノイズの影響は甚大でした。
この方法で盗聴された画像は、色が失われたり、グレースケール(白黒の濃淡)が不正確になったり、全体の画質が低下するなど、多くの問題を抱えているからです。
これを解決するために、研究チームはAI技術を利用し、検出された低画質の映像と元の映像の関係をAIに学ばせてみました。
すると画質の問題は大幅に改善し、元の画像にかなり近い品質でビデオを再現することに成功しました。
上の図ではカメラがとらえた正規の画像が一番左側に示されています。
中央は盗聴者がカメラから受信した電波をもとに構成された画像で、かなり歪んでいるのがわかります。
しかしAIによる処理を行うことで一番右に示された画像のように、オリジナルとそん色ない状態までクリーンアップすることができました。
次に研究者たちは「EM Eye」の性能を検証するために、12種類の市販されている一般的な監視カメラや車載カメラ、そしてスマホのカメラでテストを行いました。
すると驚くべきことに、中程度の品質のEM受信機器を使用すると、スマートフォンのカメラから発せられる電磁波は、最大で30センチメートル離れた場所からでも受信可能であることがわかりました。
さらに、ホームカメラや車載カメラの電磁波は、最大で5メートル離れた場所から受信可能であり、ドアや壁を越えて、車内や家庭、オフィスなど、物理的に隔離された空間の映像を盗聴できることが明らかになりました。
この結果は数万円程度の受信装置さえあれば、他人のカメラをリアルタイムで盗撮できることを示しています。
研究者は受信可能距離を伸ばすには電気工学に関する高い知識が必要になってくるが、近距離ならば大学2年生程度の知識と安価な装置で実現可能だと話します。
同様の電磁波から盗撮を試みる技術は、パソコンなどのモニターに対しては40年以上に渡り検討されています。
研究者たちもその点の類似性については認めているものの、AI技術の導入や格安の機器で実現可能である点は注目すべきでしょう。
「EM Eye」はカメラがオフでも盗撮可能で証拠も残らない
さらに重要なことは、EM Eye はカメラの電源がOFFでもカメラが見ているものを覗き見できるという点です。
もし十分に敏感で、僅かな信号でも高解像度に再構成できる特別な機器があれば、カメラのCCD(光を電気信号に変換する装置)から発せられる信号を、カメラがオフの状態でも受け取ることが理論上可能なのです。
研究者たちも「レンズが開いていれば、たとえカメラをオフにしていると思っていても、情報が収集できる」と述べています。
(※ただオフの状態のカメラから情報を収集する場合、得られる情報はかなり限定されます)
またこの技術はコンピューターがハード ドライブに記録した映像データを盗み見ているわけではなく、有線を伝う電気信号の漏洩を受動的に取得しているだけのため、ハッカーが自分でデータを記録せずにリアルタイムでカメラ映像を覗き見していた場合、なにも証拠が残りません。
カメラのレンズ部分に物理的な覆いを行うことで最低限の防御は可能になりますが、赤外線など覆いを貫通する光については、別途対策が必要になるでしょう。
研究者たちは、カメラ内部の電気回路やカメラのボディー部分に電磁波を遮断する覆いしたり、部品間のデータ伝送を工夫することが解決につながると述べていますが、現在流通している機器に関して、現状このハッキング技術には完全に無防備な状態です。
参考文献
How secure is your security camera? Hackers can spy on cameras through walls,new research finds
https://news.northeastern.edu/2024/02/08/security-camera-privacy-hacking/
元論文
EM Eye: Characterizing Electromagnetic Side-channel Eavesdropping on Embedded Cameras
https://www.ndss-symposium.org/ndss-paper/em-eye-characterizing-electromagnetic-side-channel-eavesdropping-on-embedded-cameras/
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。