「おしっこはどうして黄色になるのか?」
意外かもしれませんが、実はこの疑問に対して科学者たちはこれまで明確な解答ができずにいました。
とはいえもちろん何もかも不明だったわけではありません。1世紀以上にわたる研究で、尿を黄色にさせる物質は「ウロビリン」という分子であることが分かっています。
その一方で、ウロビリンを作り出す原因物質までは明らかになっていませんでした。
これが分からなければ、おしっこが黄色くなる仕組みは完全に解明されたとは言えません。
しかし米メリーランド大学(University of Maryland)とアメリカ国立衛生研究所(NIH)はついに、腸内細菌が作り出すある酵素がおしっこを黄色にする秘密を握っていたことを発見したのです。
研究の詳細は、2024年1月3日付で科学雑誌『Nature Microbiology』に掲載されています。
目次
- おしっこが黄色くなるまでの流れ
- おしっこの黄色を作り出す「酵素」を発見!
おしっこが黄色くなるまでの流れ
まずは尿を黄色くする物質について、これまで分かっていることを見てみましょう。
科学者たちは過去の研究で、尿の黄色は体が古くなった血球(血液中に浮遊している細胞)をどのように処理するかに由来することを知っていました。
赤血球が約120日間の寿命の終わりに達すると、肝臓によって分解され始めます。
このときに作られる副産物の一つが、オレンジ色の分子である「ビリルビン(bilirubin)」です。
ビリルビンは基本的に肝臓から腸に分泌し、体外へ排出されますが、部分的に体に再吸収されることもあります。
ここでビリルビンが過剰に再吸収されると、血液中で大量に蓄積し、皮膚や目が黄色くなる「黄疸(おうだん)」を引き起こしてしまいます。
他方でビリルビンが正常に腸内に入ると、そこに常在している腸内細菌がビリルビンを「ウロビリノーゲン(urobilinogen)」という無色の物質に変換します。
その後、ウロビリノーゲンは尿の色のもととなる黄色い色素の「ウロビリン(urobilin)」へと自然分解されるのです。
(ちなみにウロビリノーゲンが分解されて、茶色い分子の「ステルコビリン(stercobilin)」になったのが、便の色のもとになります)
このように物質の流れは十分に解明されているのですが、科学者たちはまだ「ビリルビンをウロビリノーゲンに変換する原因物質」を特定できていませんでした。
腸内細菌で変換が起きることは確かなのですが、腸内細菌の「何が」変換を引き起こしているのかは分かっていません。
ウロビリノーゲンは後に黄色色素のウロビリンに変わるため、ビリルビン→ウロビリノーゲンの変換に関わる原因物質を特定するのはとても重要です。
加えて、この物質の解明は「黄疸」や「炎症性腸疾患(IBD)」の理解にもつながるといいます。
先ほど言ったように、黄疸は血液中のビリルビンの蓄積が原因で発症し、IBD患者はウロビリン値が健康な人に比べて低くなることが知られています。
つまり、黄疸もIBDもビリルビンがウロビリノーゲンに変換されていないことが原因と考えられるのです。
こうした医療上の問題のためにも、本研究チームはビリルビンをウロビリノーゲンへと変換させる物質を探すことにしました。
おしっこの黄色を作り出す「酵素」を発見!
チームは今回、ビリルビンをウロビリノーゲンに変換できるヒト腸内細菌種と、ウロビリノーゲンへの変換能力をもたないヒト腸内細菌種のゲノムを比較しました。
その結果、変換能力のある腸内細菌にのみ「ビリルビンレダクターゼ(bilirubin reductase:bilR)」という酵素をコードできる遺伝子があることが分かったのです。
さらにビリルビンレダクターゼは主に、ヒトの腸内細菌叢で大きな多様性を誇る「ファーミキューテス門(Firmicutes)」に属する細菌種によって産生されることが判明しています。
追加試験では、変換能力をもたない細菌手にビリルビンレダクターゼをもたせると、ビリルビンをウロビリノーゲンに変換できるようになることも確認できました。
つまり、おしっこを黄色にする秘密を握っていたのは、腸内細菌が作り出すビリルビンレダクターゼという酵素だったのです。
ビリルビンレダクターゼの欠如が病気の原因に?
これと別にチームは、健康な成人1801人の腸内細菌叢を調べ、その99.9%がビリルビンレダクターゼの遺伝子を保有する腸内細菌を有していたことを見出しました。
ところが反対に、炎症性腸疾患(IBD)の患者1800人超と、黄疸リスクが高いことで知られる生後3カ月未満の乳児4300人を調べてみると、ビリルビンレダクターゼの保有率が明らかに低いことが分かったのです。
具体的に、IBD患者の保有率は平均68%で、生後3カ月未満の乳児の保有率は平均40%でした。
このことから、ビリルビンレダクターゼの欠如がIBDや黄疸の発症リスクを高めていることが予想できます。
以上の知見は、おしっこが黄色くなる仕組みだけでなく、黄疸やIBDの理解にも役立つ貴重な成果です。
研究主任のブラントリー・ホール(Brantley Hall)氏は「日常的な生理現象の仕組みがこれほど長い間解明されていなかったことは驚くべきことであり、私たちのチームがそれを説明できたことに興奮している」と話しました。
チームは今後、ビリルビンレダクターゼを中心とした研究を進め、黄疸やIBDの治療法を模索していきたいと考えています。
とにかく、毎日のおしっこが黄色いのは健康の印であり、ビリルビンレダクターゼの頑張りのおかげです。
おしっこの色が茶褐色や赤っぽくなると何らかの病気のサインなので、すぐに病院で診察してもらうべきでしょう。
参考文献
Colorful Mystery Solved: Scientists Discover Enzyme That Makes Urine Yellow
https://today.umd.edu/colorful-mystery-solved-scientists-discover-enzyme-that-makes-urine-yellow
Finally, we know why pee is yellow
https://www.livescience.com/health/finally-we-know-why-pee-is-yellow
Why is urine yellow? University of Maryland researchers discovered the answer
https://wtop.com/maryland/2024/01/why-is-urine-yellow-university-of-maryland-researchers-discovered-the-answer/
元論文
BilR is a gut microbial enzyme that reduces bilirubin to urobilinogen
https://www.nature.com/articles/s41564-023-01549-x
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。