人々の通勤手段は、「自動車」「バイク」「電車」「バス」「自転車」「徒歩」など様々であり、状況も異なります。
しかしどんな手段であっても、日本に住む人は1日に「平均1時間19分」という非常に長い時間を通勤のために費やしています。
この「通勤時間が長い」という問題は、お隣の韓国でも同様であり、新しい研究では、抑うつ症状との関連が示されました。
韓国・仁荷大学校(Inha University)に所属する公衆衛生研究者のイ・ドンウク氏ら研究チームは、2万3000人以上を対象にした大規模な研究で、1時間以上を通勤に費やす韓国人は、通勤時間30分未満の人に比べて、抑うつ症状を経験する確率が16%も高いと報告したのです。
研究の詳細は、2023年12月3日付の学術誌『Journal of Transport &Health』に掲載されました。
目次
- 通勤時間が長い日本と韓国
- 通勤時間が長いとメンタルヘルスが悪化しやすい
通勤時間が長い日本と韓国
ストレスや体調不良の原因として、よく「労働時間が長すぎる」ことが挙げられますが、実は「通勤時間が長すぎる」状況も侮ってはいけません。
通勤時間が長いと睡眠時間が削られることが多いからです。
また多くのケースで通勤中は座ったままであり、それが運動不足や肥満に繋がります。
混んでいて座れないから立ったままの通勤が運動になっている、という考え方もあるかもしれませんが、毎日満員電車で通勤している人は、より強いストレスを経験しているはずです。
通勤の手段や状況は様々ですが、総合的に見て、「通勤時間は短い方が良い」というのが多くの人の意見でしょう。
しかし、総務省統計局の「令和3年社会生活基本調査」によると、日本の1日の平均通勤・通学時間は、1時間19分にもなります。
なんと平均であっても片道40分も通勤や通学に費やしているのです。
当然、これは単純計算で1週間に6時間40分も通勤に費やしていることになり、これはほぼ丸一日追加で働いているのとかわりません。
ちなみに、日本で最も通勤・通学時間が長い都道府県は神奈川県(1時間40分)であり、2位は千葉県と東京都(1時間35分)でした。
最下位は山形県と宮崎県ですが、それでも56分を通勤・通学に費やしています。
これでは、多くの人が「毎日が短い睡眠と長い通勤・仕事の繰り返しで疲れ果てている」のも不思議ではないですね。
そして、お隣の韓国もまた、通勤時間が長い国として有名です。
イ・ドンウク氏ら研究チームによると、韓国はOECD(国際経済全般について協議することを目的とした国際機関)加盟国の中で、最も平均通勤時間が長く、抑うつ症状を経験する人の割合が多いようです。
しかし、これまでアジア人を対象とした「長時間通勤が健康に与える影響」を調べた研究はほとんどありません。
そこで今回、イ・ドンウク氏ら研究チームは、韓国における平均通勤時間とメンタルヘルスの関係を調査・分析することにしました。
通勤時間が長いとメンタルヘルスが悪化しやすい
研究チームは、2万3415人の労働者(20~59歳)を対象に、2017年に実施された「第5回韓国労働条件調査(KWCS)」のデータを分析しました。
また参加者たちは、うつ病のスクリーニングツールとして広く受け入れられている「WHO-5精神的健康状態表」の質問に回答しており、チームはそこからメンタルヘルスの状態を分析しました。
「WHO-5精神的健康状態表」の中には、「明るく、楽しい気分で過ごした」「ぐっすりと休め、気持ちよくめざめた」「日常生活の中に、興味のあることがたくさんあった」などの項目があり、参加者は0~5段階で回答します。
研究チームは「WHO-5精神的健康状態表」の合計スコアが13点以下の人には「抑うつ症状がある」と定義しました。
その結果、今回の調査では1日の平均通勤時間は47分でした。
(他の調査では、より長い通勤時間が報告されています)
週5勤務で考えると、週あたり4時間を通勤に費やしていることになります。
また参加者の4分の1が、(医師の診察を受けたわけではないが)抑うつ症状を経験したと回答しました。
そして、通勤時間が長い(60分以上)参加者は、通勤時間が短い(30分未満)参加者と比べて、抑うつ症状を経験する確率が16%高いと分かりました。
加えて、(この研究では因果関係は示されていませんが)男性において、通勤時間が長いこととメンタルヘルスの悪化との関連性は、未婚で週52時間以上働き、子供のいない人で最も強かったようです。
女性の場合は、低所得、交替勤務(またはシフト勤務)、子供のいる人で最も強く関連していました。
研究チームも、「通勤時間の長さと抑うつ症状の悪化との関連は、低所得者層でより強いと分かりました」と述べています。
通勤時間が長く、これらの状況にある人は、特にメンタルヘルスに注意すべきなのかもしれません。
こうした結果が見られた理由について、研究チームは、「時間に余裕がなくなると、睡眠、趣味、その他の活動を通じてストレスを解消したり、肉体的疲労に対処したりする時間が不足する可能性がある」と語っています。
満員電車などでストレスを感じるのは当然ですが、比較的楽な通勤手段を用いていたとしても、それが長時間に及ぶものであるなら、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす恐れがあるのです。
ちなみにイギリス・ケンブリッジ大学(University of Cambridge)の2018年の研究では、「通勤方法を自動車から自転車や徒歩に切り替えるならメンタルヘルスが向上する可能性がある」と報告されています。
とはいえ、無思慮に徒歩に切り替えてしまうなら、「1日に数時間も通勤に費やす」という悲惨な結果になりかねません。
メンタルヘルスの観点で理想なのは、「自宅と職場が近く、その短い距離を徒歩や自転車で移動する」ことなのかもしれませんね。
今回の研究は韓国のものですが、同じアジア圏で生活し、平均通勤時間が長い日本人にも当てはまる可能性は高いと考えられます。
こうした結果を見ると、「郊外に広い家を買ってゆったり過ごそう、通勤時間は…まあ目をつぶろう」という考え方は危険かもしれません。
また会社まで出向く必要のない作業に対しては、通勤が不要なテレワークを推進することがいかに重要かをこの報告は示しています。
そんなことは言われるまでもないと感じる人も多いかもしれませんが、国や企業がこうした問題を認識し対処してもらうためには、今回のような科学データがより多く報告される必要があるでしょう。
参考文献
Massive Study Finds a Link Between Commuting And Poor Mental Health
https://www.sciencealert.com/massive-study-finds-a-link-between-commuting-and-poor-mental-health
元論文
Association between commuting time and depressive symptoms in 5th Korean Working Conditions Survey
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2214140523001676
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。