問題と物理的な距離を空けることで、その問題が簡単に感じられるかもしれません。
米国コーネル大学のマノジ・トーマス氏(Manoj Thomas)らの研究では、問題との心理的な距離を実験的に操作し、難易度の感じ方が変わるかを検討しています。
実験の結果、抽象的な思考を促進され、問題との心理的な距離を取った人は、問題が簡単に感じ、悩ましい選択を先延ばしにしない傾向が確認されました。
今回の研究で興味深い点は、椅子にもたれかかり、問題との物理的な距離を空けた場合にも、同様の効果が生じたところです。
研究チームは「PCでの作業中、画面に顔を近づけたり、離したりするだけで、問題の難しさの感じ方が変わっている可能性がある」と述べています。
研究の詳細は、学術誌「Journal of Consumer Research」にて2012年8月1日に掲載されました。
目次
- 難しいと感じるだけで選択の質が下がる
- 心理的な距離を取ることで意思決定を先延ばしにしなくなる
難しいと感じるだけで選択の質が下がる
どのPCを買うべきか、子どもをどこの学校に行かせるべきか、今度の休日にどこに行くべきか。
私たちは日々暮らしていく中で、重要度の大小はあるものの、数えきれないほどの選択を行なっています。
読者の皆さんは最近、どのような選択で迷いましたか?
ブラックフライデーがあったので、通販の選択で悩んだという人もいるかもしれませんが、そうした場合、時間をかけて悩むからには、できる限り質の高い決断をしたいと考えるはずです。
近年、問題の難易度が高い、低いにかかわらず、難しいと感じるだけで、意思決定の質が低下してしまうことがわかってきました。
さきほどの通販の例でいうなら、複数の製品から一つ選ぶのが難しいと感じている時に、消費者は最終的に下した決断に自信が持てず、選択結果への満足感が低くなってしまうのです。
そうなると購入して使ってから、「もしかしたら、悩んでいたもう片方の方が良かったのではないか」と後悔する原因になるのです。
では、少しでも問題が簡単に感じ、満足感の高い判断ができるようになる方法はないものでしょうか。
ここで手がかりとなりそうなのが、近年報告された米国コーネル大学のマノジ・トーマス氏らの研究です。
この研究では、まず参加者を以下の2つのグループに分け、PC上に提示される39個の単語(たとえば、炭酸水、PC、新聞)をひとつずつ見て、それぞれの質問に対応する単語を答えてもらうという実験を行いました。
抽象的思考グループ:「提示された単語は何の具体例か?」という問いに答える
具体的思考グループ:「提示された単語の具体例は何か?」という問いに答える
提示された単語が「炭酸水」であれば、抽象的思考グループの場合、炭酸水は飲み物のカテゴリーに含まれるので「飲み物」と回答し、具体的思考グループの場合、炭酸水の具体的なメーカーである「コーラ」と回答する必要があります。
この実験的操作は、抽象化して考える場合には問題との心理的な距離が空き、一方で具体化して考える場合には問題との心理的な距離が近づくという知見に基づいて行われました。
その後、参加者には別の26個の単語(架空の単語である”Meunstah”や誰でも知っている”Station(駅)”)の発音の難しさと、人前でその単語を読み上げるときにどれだけ不安かを評価してもらっています。
実験の結果、最初の問題で抽象的な思考をさせた(問題との心理的な距離が空いた)人は、そうでない人と比較して、2番目の単語発音の問題で、難しい発音を簡単だったと回答する傾向が高くなりました。
この問題に対する難易度の感じ方は、簡単な発音の問題に対しては差がなかったことから、問題と心理的な距離を取ることは難しい問題をより回答しやすくする効果があると言えるでしょう。
またこの心理的な距離を取ることで得られる効果は、問題に対して感じる難易度がましになるだけではありません。
心理的な距離を取ることで意思決定を先延ばしにしなくなる
後続の実験では、同様の心理的な距離を操作する手続きを踏み、比較が難しい場合と比較が簡単な場合で、どちらの製品が良いかを選んでもらっています。どちらが良いのか選べない場合は、選択を保留することもできます。
比較が難しい製品の例としては、マウス付きPCと容量が大きいPCのように比較できる特性が揃っておらず、比較が簡単な場合は製品の値段が7万4000円と3万1000円のように比較できる特性が揃っていました。
実験の結果、難しい選択をするときに、抽象的な思考を促進された人は、そうでない人と比較して、選択することが簡単に感じ、選択を先延ばしにしない傾向が確認されました。
さらにこの研究で面白い点が、問題の回答時に参加者の姿勢を変えるよう指示し、問題(画面)との物理的な距離も操作して、同様の現象が生じるかの検証を行ったというところです。
参加者は画面から顔を遠ざける人と、画面に顔を近づける人の、2つのグループに分けられ、前項で紹介した難しい発音の難易度を評価する課題と、悩ましい選択をする課題を行ってもらっています。
実験の結果、抽象的な思考で問題と心理的距離を空けた人と同様に、画面から顔を遠ざけ物理的に問題と距離を空けた人は、画面に顔を近づけた人と比較して、取り組む課題をより簡単に感じ、選択を先延ばしないことが分かりました。
この結果は、問題との物理的な距離を取ることが、心理的な距離を取ることと同様の効果を生むことを示唆していると言えるでしょう。
研究チームは「PCでの作業中、画面に顔を近づけたり、離したりするだけで、問題の難しさの感じ方が変わる可能性がある」と述べています。
もしかすると、ミーティング時に議論の中心となっている場所から離れて座ることで、議論を俯瞰的に把握し、話し合いが行き詰ったときに、的確な意見を述べることができるかもしれません。
困難な問題に直面したときには、つい前のめりになって作業をしがちですが、この姿勢では不安が募り、余裕を失いかねません。
難しい問題を解くとき、他にも悩ましい選択肢から意思決定をしなければならないときは、背筋を伸ばし頭を少し後ろに引いて物理的な距離を取りましょう。
そうすることで問題が簡単に感じられ、よりよい発想や選択ができるかもしれません。
元論文
Psychological Distance and Subjective Experience: How Distancing Reduces the Feeling of Difficulty
https://academic.oup.com/jcr/article/39/2/324/1797092
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。