家族や友人と昔話をしていると、「あれ…。あのとき起こったことって、そんなハナシだっけ」と思うことはありませんか?
それは、些細な違いかもしれないし、起こった出来事そのものが全く異なっているかもしれません。そうした記憶違いがあるたびに、私たちは「記憶の不思議さ」を思い知らされます。
記憶には、時間の経過とともに変化し、薄れ、変容する性質があります。そして記憶は、私たちの感情や期待、そして「出来事の終わり方」によっても影響されて歪みます。
今回は、この「記憶の歪み」についてのお話です。ご紹介する研究の詳細は、2023年8月31日付の『Journal of Experimental Psychology』誌に掲載されています。
目次
- 記憶は出来事の「終わり方」から影響を受ける
- 出来事が完了していないと「でっちあげ記憶」が作られる
記憶は出来事の「終わり方」から影響を受ける
私たちの記憶には多くの誤りが生じることは、みなさんもご存知でしょう。
私たちはしばしば、事の詳細を忘れたり、歪めたり、実際には起こらなかったことを思い出したりもします。
これまでの多くの研究から、記憶は「過去の出来事を正確に記録したもの」ではなく、かなりあやふやでバイアスの影響を受けやすいものだということがわかっています。
一般的な知識や信念の認知的枠組み(スキーマ)や、特定の状況や活動における行動順序の枠組み(スクリプト)は、私たちがどのように出来事を経験し、それを記憶するかに影響を与えます。
たとえば記憶に不完全な点があれば、これを「埋める」ために、既存の知識や常識を利用することがあります。また、複雑な出来事を記憶する際には、余計な詳細を省略して、情報を「圧縮する」こともあります。
ところで、私たちは、日常生活のさまざまな活動や出来事を記憶するとき、それらを明確な「始まり」、「中間」、「終わり」というパートを持つひとつのイベントとして捉える傾向があります。
たとえば、朝起きて家を出る、昼食をとる、夕方に帰宅するといった一日の流れは、時間的な連続性を持つ一連の出来事として記憶に残ります。
一つの出来事が終わり、新しい出来事が始まる瞬間を、「イベント境界(Event Boundary)」と呼びます。たとえば、家を出て車に乗る瞬間や、食事が終わり皿を洗い始める瞬間などが、これにあたります。
つまりイベント境界とは、ある一連の出来事の始まりと終わりの部分です。
このイベント境界は、私たちの認識と記憶のプロセスにおいて、特に注目されやすく、記憶に残りやすいことが、先行研究により明らかになっています。
英国サセックス大学(University of Sussex)の研究者らは、脳がイベント境界を重要だと捉える点に着目し、これが人の記憶にどう影響するのかを探求しました。
彼らは、「出来事の終わり方」に焦点を当て、「記憶の歪み」が生じる原因についてを、総勢526人の参加者を対象にした実験を行いました。
結果、「不完全な終わり方」をした物事の記憶はエラーを起こしやすいことが明らかとなり、この記憶のエラーは具体的な手がかりによって解消される可能性があることがわかりました。
それでは、どんな実験が行われたかを確認していきましょう。
出来事が完了していないと「でっちあげ記憶」が作られる
研究者らは、5つの異なる実験を通じて、「不完全な終わり方」をした出来事が、どのように記憶に残るのかが検証されました。
実験では、細かい設定は異なるものの、基本的には「2種類の動画視聴」を行い、その後に「どんな内容だったか説明してもらうテスト」を行いました。
「手がかり」があると、より正確な記憶が引き出される
実験1〜3で参加者は、行動や出来事の完了を含む「完全な動画」と、内容が中途半端に終わる「不完全な動画」を視聴しました。
実験1と2では、視聴者は動画の視聴後に、動画についてどの程度記憶しているかを自己申告し、動画で起こった出来事について詳細に記述するよう求められました。
すると多くの参加者は、結末を見ていない「不完全な動画」に関して、最後まで見たと誤解して偽りの結末を答えてしまう「拡張記憶エラー(extension memory error)」が見られたのです。
しかし、次に行われた実験3では、これとは異なる結果が出ました。
実験3では、参加者は、実験1と2で視聴した2つの動画の「長いバージョン」を視聴し、どの時点まで記憶しているかを指摘する「認識記憶テスト」を受けました。この場合、参加者に「拡張記憶エラー」はほとんど観察されなかったのです。
このことから、たとえば実験3で使用された「長いバージョンの動画」のような具体的な手がかりがある場合、私たちは以前に経験したものや学んだことと照合し、より正確な記憶を引き出す傾向があることが示されました。
更新された情報は記憶から「省略」されがちである
次に行われた実験4は、「完了した後に新しい情報が追加された場合」は、これらが人の記憶にどう影響するかを調べる目的で行われました。
参加者は「不完全な動画」に加え、「更新された動画(場面完了直後に新しいシーンに切り替わり、数秒で終了する)」を視聴し、テストを受けました。
不完全な動画の視聴で「拡張記憶エラー」が多く見られたという点では、実験1−3と同様の結果となりました。
一方、更新されたビデオの視聴では、「中途半端に終了して場面が切り替わった情報」を省略する「省略エラー」が多く見られました。これは、イベントの自然な終わりが記憶の形成に重要であり、新しいシーンが完了する前に中断されると、その情報は記憶にしっかりと留まらないことを示唆しています。
時間の経過とともに、記憶はどんどん歪んでいく
実験5では、時間の経過が記憶の歪みにどのような影響を与えるかを調査することにありました。
この実験で参加者は、「不完全な動画」と「完全な動画」の2つを視聴し、視聴直後と1週間後に「記憶テスト」を受けました。
テストの結果、時間が経過するにつれて記憶エラーが増加することが確認されました。特に、不完全な動画に対する記憶は、時間が経過するにつれてより歪んでいく傾向があることが示されました。
研究は、私たちの記憶がいかに柔軟で、時には不完全な情報を基に再構築されることがあることかを示してくれます。
時間の経過で記憶が薄れたり、歪むのは私たちも自覚できる事実でしょう。
しかし終わり方がどうなったかあやふやな場合に、私たちは似たような新しい記憶を頼りに勝手に記憶を作ってしまう傾向があるようです。
こうした点が私たちが嘘の記憶を作ってしまうきっかけになっているようです。
あなたの記憶は完璧ではないかもしれませんが、欠陥品だというわけでもありません。
ときには家族や友人と、思い出話に花を咲かせ、お互いの「記憶違い」を笑い飛ばしてみても良いでしょう。そして、そのときどきで修正と新たな思い出を加え、物語を大事に育てていけば良いのではないでしょうか。
参考文献
The Sense of an Ending – and why we are wired to produce false memories
https://theconversation.com/the-sense-of-an-ending-and-why-we-are-wired-to-produce-false-memories-76031
元論文
APA PsycNet FullTextHTML page
https://psycnet.apa.org/fulltext/2024-03333-001.html
ライター
鶴屋蛙芽: (つるやかめ)大学院では組織行動論を専攻しました。心理学、動物、脳科学、そして生活に関することを科学的に解き明かしていく学問に、広く興味を持っています。情報を楽しく、わかりやすく、正確に伝えます。趣味は外国語学習、編み物、ヨガ、お散歩。犬が好き。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。