性交という生物の行動は、遺伝的多様性を維持しつつ子孫を残すために進化の歴史の中で広まっていきました。
しかし、一部の鳥類から昆虫に至るまで、幅広い生物で単為生殖という繁殖方法も見られています。
単為生殖は単体でも増えられるため、繁殖力の面では強みを持ちますが、一方で遺伝的多様性を維持できないため、環境変化に弱くなります。
ところが、単為生殖でありながら、数百万年に渡り繁栄する生物もいるのです。
フランス、ローザンヌ大学のスサナ・フレイタス氏らのグループは、こうした「単為生殖」でありながら長期間繁栄している生物の秘密を調査。
結果、彼らが単為生殖で増える種でありながら、ごくまれに性交を行っていたことを発見しました。
単為生殖の生物には、本来子孫を残すための性交は必要としないはずです。これはどういうことなのでしょうか?
この記事では単為生殖昆虫の性交とその意味について解説していきます。
この研究はProceedings of the Royal Society Bに2023年9月20日付けで掲載されています。
目次
- 単為生殖とは?
- 単為生殖昆虫の性交を遺伝子解析で発見
- 有性生殖に単為生殖を組み合わせた昆虫たちの生き残り戦略
単為生殖とは?
メスの卵細胞が受精せずに新しい個体となって生み出される単為生殖は、オスと交わることなく子を成すことから処女懐胎と呼ばれることもあります。
有性生殖の場合、卵などの生殖細胞は一度染色体数が半分になる「減数分裂」を経て、染色対数が半分の両親の細胞同士が接合することで、生まれてくる子は両親の遺伝子を引継いでいき、種族の中でも多様な遺伝子の個体が存在します。
単為生殖の生物は性交を必要せず、性交による遺伝子の交配が行われないので、母親の遺伝子のみを引き継ぐ形になります。
一口に「母親の遺伝子のみを引き継ぐ」といっても母親の細胞が減数分裂(染色体を半分にして生殖細胞を生成すること)せずにそのまま受け継がれるパターンと一旦減数分裂を行ってその中で接合するパターンがあります。
前者では子は母親と同じ遺伝子を持つクローンとなりますが、後者では言わば同一母個体の近親交配となるため、厳密に母親と同じ遺伝子を持つわけではありません。
しかしどちらにせよ、単為生殖の生き物は有性生殖と比べて遺伝子多様性に乏しいと言えます。
遺伝子多様性は種の存続に欠かせないものです。
生物は多様な遺伝子を持つ個体が環境に合わせて淘汰されていくことで、徐々に環境に適応していきます。
単為生殖の場合は遺伝子の多様性が乏しいため、大きな環境の変化によって絶滅してしまうケースも少なくないのです。
そんな中、ナナフシの仲間には単為生殖なのに百万年以上にわたり、生き抜いている種族がおり、彼らがどのように環境に適応していたのか謎に包まれていました。
単為生殖昆虫の性交を遺伝子解析で発見
ナナフシ目ティマ属の昆虫は21種類おり、うち5種類が単為生殖です。
ティマ属の単為生殖昆虫は百万年以上にわたり、単為生殖を保ったまま生き抜いています。
フランス、ローザンヌ大学のスサナ・フレイタス氏らの研究グループは、この5種類の単為生殖昆虫について、長期にわたり絶滅せず、環境に適応していることから、何らかの手段で遺伝子多様性を得ているのではないかと考えました。
ティマ属の単為生殖昆虫が単為生殖だけでなく、有性生殖に切り替えることができる(=性交によっても子孫を増やせる)可能性について、遺伝子解析を用いた調査を行うことにしたのです。
本当に百万年以上にもわたりずっと単為生殖で子孫を作ってきたのならば、同じ品種の虫たちはクローンのように似通った遺伝子を持つはずです。
そこで、研究グループは単為生殖の8種各24匹と、これらと近しい有性生殖の1種24匹について、遺伝子解析を行いました。
その結果、単為生殖のうち6種はほぼクローンと言えるレベルの似通った遺伝子を持っていることがわかり、少なくともしばらくは性交が行われていないことが示されました。
一方、単為生殖の残り2種については、一部に近しい遺伝子が組み替えられた個体が発見されました。
有性生殖のものほどではないものの、これらの遺伝子は高いヘテロ接合性を持っています。
ヘテロ接合とは、2つの異なる形質を持った染色体の遺伝型を指します。
逆に、形質の同じ染色体がセットになった遺伝型がホモ接合です。
単為生殖の場合、母親の遺伝子だけで別個体を作り出すため、ホモ接合性が高くなります。
ヘテロ接合性が高い場合、両親の持つ異なる染色体が接合していると解釈するのが妥当なため、性交によって生まれた個体と判断することができます。
このことから、単為生殖昆虫の中には、有性生殖ほどの頻度ではないにせよ、性交を時々行っている品種がいることが示されました。
つまり、単為生殖昆虫は単為生殖でしか繁殖できないわけではなく、有性生殖も可能である中で単為生殖を優先しているのです。
単為生殖を優先する理由とは?
環境に適応して長い間種を保つという観点でいうと、遺伝子多様性はかなり優先度が高い事柄と言えます。
しかし、実は単為生殖にも大きなメリットがあるのです。
性交時はどうしても動きが制限され、捕食されやすくなりますが、単為生殖なら安全ですし、性交による感染症のリスクも避けられます。
また、単為生殖のティマ属が暮らす山では山火事が起こることがあると言います。
山火事は、そのあたり一体に済む昆虫を一気に大量に殺してしまいます。
種族の大部分が死に絶えたときオスとメスが出会って性交するのは簡単なことではありません。
しかし単為生殖の場合は1匹でも生き残れば子孫を残し、種を保つことができるのです。
つまり、単為生殖を主としつつ、遺伝子多様性が得られるのであれば、それほど種の存続に強い手段はありません。
今回、性交が確認できた単為生殖のティマ属は8種中2種でしたが、単為生殖のティマ属が長い間絶滅せず生き抜けていることを考えると、残り6種でも今回確認できなかっただけでごく稀な性交を行っている可能性があります。
遺伝子の多様性がないティマ属の単為生殖昆虫は、稀に性交することで遺伝子交配を行い、環境に適応していくことで、百万年以上にわたり種を存続させてきたのです。
このように、単為生殖を主としてごくまれに有性生殖を行っているという例は今回のティマ属の例で初めて発見されましたが、実は昆虫たちにとって有性生殖と単為生殖を組み合わせることはそれほど珍しいことではありません。
有性生殖に単為生殖を組み合わせた昆虫たちの生き残り戦略
今回紹介したナナフシたちのようにほぼ単為生殖のみで子孫を残す生き物は非常に稀ですが「有性生殖だけでなく単為生殖もできる」という昆虫は多数います。
ミツバチ、スズメバチ、アリ、アブラムシなどは単為生殖でも増えることができる昆虫です。
昆虫以外にもアミメニシキヘビ、シチメンチョウ、シュモクザメなどあらゆる生き物で単為生殖の事例が報告されています。
昆虫の単為生殖は、生殖の合理性を目指したもので、季節など周囲の環境の過ごしやすさで単為生殖と有性生殖を切り替えるケースもあります。
例えばアブラムシは食べ物がたくさんある夏から秋にかけては単為生殖でどんどん個体数を増やしていきます。
やがて秋が深まってくると、雄が生まれるようになり、有性生殖を行って卵を産みますが、この卵は単為生殖のもののようにすぐに孵化することはなくそのまま冬を越します。
このようにアブラムシは単為生殖によって爆発的に繁殖して自らの遺伝子を広く散布し、その後有性生殖によって遺伝子多様性を得ているのです。
前述の通り、性交には捕食など様々なリスクがあり、オスとメス2匹がそろわなければいけないというハードルの高さもあります。
単純に数を増やしたいだけならば、単為生殖の方が効率的なのです。
ティマ属の単為生殖昆虫の例は単為生殖をメインとしたとても珍しいものですが、有性生殖と単為生殖をうまく組み合わせることで、繁殖効率と遺伝子多様性を両立している昆虫は意外にも身近にいるのですね。
参考文献
Asexual Insect Accused Of Having Sex! https://defector.com/asexual-insect-accused-of-having-sex元論文
Evidence for cryptic sex in parthenogenetic stick insects of the genus Timema https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2023.0404