草と木の違いを尋ねられたとき、答えることはできますか?
見た目で何となく分類できるものの、明確な定義となると難しいものです。
実は植物学の世界でもいまいち定まっておらず、「成長と共に年々太くなり続けるのが木」「1年で枯れてしまうのが草」など様々な定義が聞かれます。
そのどれも竹などの分類ができず、明確な線引きが難しいのが現状です。
しかし、北海道大学工学大学院の研究グループはこの分類を力学的な視点で見ることで、明確かつ新しい分類法を発見しました。
この研究はProceedings of the National Academy of Sciencesに10月6日付けで掲載されています。
目次
- 植物学における草木の分類
- 力学的な視点から見た草木の構造
- 草と木を力学的に分類する
植物学における草木の分類
実は植物学において、草木はあまり明確に区別されていません。
たとえば、桜は木で、イチゴは草ですが、両者は同じバラ科です。
とはいえ、おおまかな草木の分類法はいくつかあります。
まず構造的に見ていくと、木と草の違いは「形成層の有無」です。
形成層とは、樹皮の内側で円を描くように成長していく組織のことで、いわゆる「年輪」です。
一般的に草と呼ばれる植物は形成層がなく、ある程度成長すると茎はそれ以上太くなりません。
そのため年輪を積み重ねて幹が太くなっていくものが「木」でそうでないものは「草」というわけです。
またそれぞれの寿命で分類するという考えもあります。
草は花が咲くと枯れ、その寿命は多くが1年ですが、木は花を咲かせても枯れず数年数十年と成長を続けることができます。
その他にも「木は茶色で草は緑」であったり、「背が高いのが木で背が低いのが草」「太く硬いのが木で細くてもろいのが草」などさまざまな分類があります。
植物学におけるおおまかな草木の分類を述べるなら、「年々太く高く成長していき長く生きるのが木、ある程度の太さ・高さで成長が止まり、1年程度で枯れるのが草」ということになるでしょう。
しかし、これらの分類では定義できない植物があります。
それが「竹」です。
竹は「幹の太さが一定に留まり、年輪がない」「幹が茶色ではなく緑色で中空」「成長の速度が速い」といった草のような特徴と、「木のように高く育つ」「数十年枯れない」といった木のような特徴の両方をあわせもち、その分類については議論が続いています。
また、草の中にはヒマワリやセイタカアワダチソウのように高さが2mを超え、ちょっとした木よりは大きいものもあります。
そんな木のように大きな構造の草たちや竹を明確に線引きするために、今回、北海道大学工学大学院の研究グループは草木の体を力学的視点から分類するという方法を試みることにしました。
力学的な視点から見た草木の構造
光合成によって栄養を得る植物は、他の植物の影にならないよう背を高くするほど生き抜くのに有利となります。
しかし、背が高くなると自重によって倒れてしまうリスクも生まれます。
自重で倒れてしまわないようにする最もシンプルな方法は太くて構造が密な硬い体を持つことです。
木の構造がこれにあたります。
一方、草は一般的に細く柔らかい中空の構造を持っていて、背が高くなると自重を支えることが難しくなります。
この体の構造の違いがシンプルに草木の分類と考えられますが、先に述べた通りこの考え方では上手く分類できない植物があります。
それが1つは竹であり、彼らは中空の構造でありながら非常に高く成長します。
また、2mを超える高さになるヒマワリやセイタカアワダチソウも、木の幹より細く中空の茎でありながら、大きな体を支えることができます。
つまり木と草の違いは、体の構造ではなく自重を支える力学的な方法なのではないか? というのが今回の研究グループの考えなのです。
もしこの自重を支える「硬さ」の要素を明らかにできれば、草木を分類する新しい方法になるかもしれません。
そして草が自重を支える、その力学的な要因が竹になければ、例え年輪がなく中空の構造であっても竹は木であるということができるはずです。
水分によって生じる「硬さ」
草は自重で体を支えられなくなっても、木のように完全に折れてしまうことはあまりありません。
くにゃっとしおれてしまっても、構造的な破損がなければ水を与えてしばらく待てば、しゃんと立ち上がることができます。
草の中空の部分が水で満たされると、しおれた草もまっすぐ立ち上がるのです。
この現象から北海道大学工学大学院の研究グループは「草は内部からの水の圧力で硬さを獲得しているのではないか?」と推測しました。
バルーンアートで使われるような細長い風船は、空気を入れる前はふにゃふにゃのゴムですが、膨らませると張力によって硬い筒のようになります。
この現象と同じように、植物は茎内部の水の圧力によって全方位に引っ張る力(張力)が生じていると考えたのです。
同研究グループは中空円筒状の計算モデルを用いて、この「内部水分による張力」と「実現可能な最大高さ」の関係式を得ました。
その結果、内部水分による張力が自重を上回った場合、自重によって倒れるリスクを完全に回避できることが明らかになりました。
たとえ張力が自重を下回っていたとしても最大高さには大きな影響を与えます。
例えば、張力が自重の半分だった場合でも、最大高さは張力が考慮されない場合の2倍以上になります。
次に同研究グループはこの計算モデルを用いて、すでに重量や高さのデータがある76種類の草の張力と自重の関係性を調査しました。
その結果76種類すべてにおいて、内部水分による張力が自重を上回っており、自重によって倒れるリスクを完全に回避できていることが明らかになったのです。
つまり草は「水分によって生じる疑似的な硬さ」を主として体を支えています。
この草の定義を利用することで、力学的な観点から草と木を明確に分類できる新たな法則が生まれました。
草と木を力学的に分類する
木は、水が不足していない状態でも自分の体を支えることができます。
もちろん木の場合も存分に吸い上げた状態なら草と同じように内部水分による張力が発生しますが、張力よりも自重がはるかに大きいため、張力は自重による圧縮の力に打ち消され影響しません。
すなわち内部水分に関わらず「自身固有の硬さで体を支えている」のが木ということになります。
それに対し、自身の体は細くて柔らかく中空であり、内部水分による張力が自重を上回っています。
すると茎の全ての領域が引っ張られ「水分によって生じる疑似的な硬さ」を得ることで体を支えているのが草です。
このように体を支えるの硬さの種類によって、草と木は明確に分類することができます。
ここで、草と木の分類で焦点となっている竹の分類について上記の分類法を用いて考えてみましょう。
竹の茎(幹)の構造は中空であるものの、水がないからといって一次的にしおれてしまうことはありません。
つまり、体を支えているのは竹自身の固有の硬さです。
今回紹介した力学的な視点からみた分類を用いれば、竹は非常にシンプルに木として分類できます。
分野の融合から見えた新たな可能性
今回発表された新しい分類は植物学の内容を工学の視点で評価したことで得られたものです。
工学はもともと人工物が対象のものですが、そのモノの見方は他分野でも応用できます。
この先、様々な自然科学分野に工学の視点が組み込むことで、今回のように新たな知見を得られる可能性があるのではないでしょうか。
自然科学分野に蓄積されたデータが工学の視点でどのように解き明かされていくのか、他の研究も楽しみになりますね。
参考文献
「草」と「木」の境目はどこ?~力学のレンズを通して、植物の新しい分類方法を発見~ https://www.hokudai.ac.jp/news/2023/10/post-1330.html元論文
Mechanics-based classification rule for plants https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2308319120