具合が悪いときに飲む薬はできるだけ飲みやすくあってほしいものです。
特に、子どもにとって飲み薬の苦味が少なく甘いことは喜ばしいことと言えます。
しかし、実は「甘い」だけの薬が危険なことをご存じでしょうか?
薬が甘く、おいしいと、中毒になってしまう恐れもあるのです。
飲みやすい薬には子どもだけでなく大人も乱用するリスクがあります。
大人の場合、薬の効能を理解した上で、あえてその効能を麻薬のように使おうとする人がいるのです。
このような事態を防ぐために、薬には適度な「まずさ」が必要ですが、味覚には個人差があります。
最新の研究では鎮痛剤として有名なイブプロフェンに対する味覚が調査され、薬の味の感じ方と遺伝子の関係性が明らかになりました。
目次
- 子どもに適切な薬の味とは?
- 薬の味の感じ方は遺伝子で変わる
子どもに適切な薬の味とは?
幼児の場合、薬が「体を治すのに必要なものだ」と理解していないこともあり、薬を飲ませるのは一苦労。
また、錠剤やカプセルと違い、子どもの粉薬や水薬はダイレクトに味を感じるため「飲みやすい」味は必要不可欠です。
このため、子どもの薬の多くは甘さを感じるように作られています。
しかし、その「飲みやすさ」は時に子どもの誤飲を引き起こすことがあるのです。
子どもの手の届くところに「おいしい」薬があれば、用法容量を考えずに飲んでしまい、中毒につながってしまいます。
特に鎮痛剤として知られるイブプロフェンは幼児に対して副作用が起こりやすく危険な薬で、アメリカではイブプロフェン小児用シロップの誤飲による中毒が問題視されています。
子どもが自ら飲みすぎないようにあえて「まずく」するため苦味を足すよう定められた州もあるほどです。
日本でも身近な市販薬の中毒
日本ではイブプロフェンを幼児に服用させることは推奨されておらず、幼児用のイブプロフェンの市販薬はありません。
このため、子どもが意図せず甘く飲みやすい薬を多用し、中毒にすることはほとんどありません。
しかし、飲みやすい薬は大人が治療と違う目的で乱用してしまう場合があるのです。
日本では飲みやすく手に入りやすい大人用の咳止めシロップの乱用や依存が問題になっています。
咳を止めるためのリン酸ジヒドロコデインには麻薬性があり、過度に飲みすぎると覚せい剤と同じような感覚を得ることができるためです。
この咳止めシロップのようにドラッグストアなどでも簡単に買うことができる市販薬の乱用や依存は日本以外でも若者を中心に増え続けています。
薬を必要以上に飲まないようにするためには、物理的に飲みにくくする手段が必要です。
「誰しもが飲めるけどたくさん飲みたくはならない味」にすることで、乱用を防げる可能性があります。
そこで、まずは薬の味覚に関する個人差を調査するべく、アメリカのモネル化学感覚研究所は、さまざまな人種におけるイブプロフェン小児用シロップの味覚テストを行いました。
薬の味の感じ方は遺伝子で変わる
アメリカのモネル化学感覚研究所が様々な人種の成人に対してイブプロフェン小児用シロップの味をどう感じるか調査した結果、ヨーロッパ系に比べ、アフリカ系の被験者は苦味や刺激を感じない傾向があることがわかりました。
また、被験者の遺伝子解析を行った結果、味の感じ方には痛みや温度を感じるTRPA1の遺伝的変異が関わっていることも明らかになりました。
TRPA1はワサビやシナモンの辛み成分や冷刺激で活性化する受容体であり、この遺伝的変異は人種によらないことが明らかになっています。
つまり、薬に対する味覚は人種に関わるものとそうでないものの両方があり、非常に複雑であることが示されたのです。
この研究はInternational Journal of Molecular Sciencesに2023年8月22日付けで掲載されています。
薬を「飲み込まない」味覚審査
調査からは味覚の違いに関するデータだけでなく、薬の味覚検査の新しい方法も得られました。
この調査では被験者が従来の味覚検査と同じ「薬を飲み干す」やり方と共に「薬を口に含ませた味を感じさせたあと吐き出す」やり方が行われましたが、味の感じ方はほとんど同じだったのです。
このことから、検査時には薬を飲み込まなくても口に含むだけで飲み込んだ状態の味を予測できることが示されました。
「薬を飲み込まなくても味の審査ができる」という新たな発見によって、薬の味に関する治験のハードルは大幅に下がります。
今回は成人の被験者のみが対象でしたが、薬を飲み込まずに味を判定できるなら、子どもによる味覚審査も行いやすくなるはずです。
この手法の確立により小児用薬の味の開発は、より実践的なものに変わるでしょう。
薬の味の感じ方は「人それぞれ」という認識が必要
モネル科学研究所の調査により味の感じ方が遺伝子によって変わり、人種だけでなく、個々人の遺伝子変異も影響することが明らかになりました。
このため、薬に対する味覚の違いは「わがまま」ではなくあたりまえにあるという前提が必要です。
今回の研究だけでは、誰にとって適切な薬の味を開発することは難しいものの、人種間の傾向を考慮することは可能かもしれません。
また「口に含むだけで味覚調査ができる」という新たな発見は今後の薬の味の研究に大きく寄与するでしょう。
子どもに飲ませるのにも苦労せず、誤飲による中毒も起こりにくい安全な薬を作るために、薬の味の研究からは今後も目が離せませんね。
参考文献
Markers can predict how children will tolerate sweetened medicine https://www.sciencedaily.com/releases/2023/09/230918153223.htm元論文
Genetic Variation and Sensory Perception of a Pediatric Formulation of Ibuprofen: Can a Medicine Taste Too Good for Some? https://www.mdpi.com/1422-0067/24/17/13050