ドラマでも漫画でも、自分の好きなキャラクターに強く肩入れをすることは誰しもあるはず。
しかしいくら好きといっても、その架空のキャラと現実の友人との区別は流石につきますよね。
ところが米オハイオ州立大学(OSU)の最新研究で、孤独感が強い人ほど、脳内で「現実の友人」と「架空のキャラ」を考えた際の、脳活動の違いが曖昧になっていることが判明したのです。
この結果は、孤独な人ほど、自分の好きなキャラクターを実際の友人のように考える傾向が強いことを示しています。
研究の詳細は、2023年7月3日付で科学雑誌『Cerebral Cortex』に掲載されました。
目次
- 人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャラで検証
- 同じ現象は「好きな有名人」に対しても起こる?
人気ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』のキャラで検証
多くの人が実感しているように、私たちは現実の友人と同じように、架空のキャラクターにも友情や親近感を抱くことがあります。
その一方で、現実の友人と架空のキャラへの想いが”脳内の神経活動レベル”でどれほど類似しているかは知られていません。
そこで研究チームは今回、アメリカの人気テレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場するキャラクターを使って、実験を行いました。
本作は2つの架空の大陸の支配者一族による政治的・軍事的対立を描いたファンタジー作品で、本国アメリカのみならず、世界中で熱狂的なファンを生み出しています。
研究主任のディラン・ワグナー(Dylan Wagner)氏いわく、本作には魅力的なキャラクターが数多く登場し、ファンは各々の好きなキャラクターに強い愛着を持つことができるため、今回の実験には最適だったという。
実験データは、2017年に放送されたシーズン7で収集されました。(本作は2019年5月19日に放送されたシーズン8の最終話をもって終了している)
実験では、同シリーズのファンである19人の男女を参加者とし、最初に日常的な孤独感を測定するテストを受けてもらいます。
次に、脳活動をfMRI(磁気共鳴機能画像法)装置でスキャンしながら、自分のこと・現実の友人のこと・『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場するキャラクターのことを考えてもらいました。
(具体的なキャラクターは、ブロン、キャトリン・スターク、サーセイ・ラニスター、ダヴォス・シーワース、ジェイミー・ラニスター、ジョン・スノー、ピーター・ベイリッシュ、サンダー・クレゲイン、イグリットなど)
シーズン7に登場するキャラクターの相関図は、こちらのスター・チャンネルからご覧いただけます。
また参加者は事前に、どのキャラクターに最も思い入れがあるかもアンケートで報告しました。
孤独な人ほど「現実の友人」と「架空のキャラ」を考える脳活動の境界線が曖昧
チームが脳スキャンで注目したのは「内側前頭前皮質(mPFC)」と呼ばれる脳領域です。
ここは自分や他人のことを考えると神経活動が活発化することで知られています。
fMRI装置の中で、参加者は一連の名前をランダムに見せられて、その人物について考えるよう指示されました。
ときには自分自身の名前、ときには実際の友人の名前、そして『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場するキャラクターの名前です。
それぞれの名前の下には「賢い」「哀れ」「信頼できる」などの特性が書かれており、参加者はそれが名前の人物を正しく言い当てているかについて考え、合致すると思えば「イエス」、不適切であれば「ノー」と答えます。
その際の脳活動を計測した結果、日常的な孤独感のスコアが高い人と低い人では、脳活動にハッキリとした違いが見られたのです。
まず、孤独感の低い参加者においては「現実の友人」と「架空のキャラ」を考えたときのmPFCパターンが明瞭に区別できました。
これは彼らが実在の人物と架空の人物との間に意識的な境界線を引いていることを示します。
ところが、孤独感の高い参加者を見ると、「現実の友人」と「架空のキャラ」を考えたときのmPFCパターンが非常に似ており、両者を明確に区別する境界線がほぼ存在しなかったのです。
これについてワグナー氏は「孤独な人々は、現実生活に欠けている社会的な繋がりを架空の人物に頼っている可能性がある」と指摘しました。
日常で孤独感の強い人たちは、現実の生活で得られない人とのつながりを、架空のキャラクターとのつながりを通じて埋め合わせようとしている可能性があるようです。
確かにアニメやドラマを見た際、気に入ったキャラクターと自分が対話する場面を想像することはあるでしょう。
また、話す友達がいないから「エア友達」を作って会話するという話題も耳にすることがあります。
話し相手がいない場合に、自分の近況や気持ちを頭の中の架空の人物に向けて話すというのは、割と誰もが経験する行動です。
こうした行動は孤立や孤独感を抱える人ほど頻繁に行うと予想できるため、これが彼らの脳内で架空のキャラクターと現実の人々との境界を曖昧にしている可能性があるでしょう。
同じ現象は「好きな有名人」に対しても起こる?
これと同じ傾向は架空のキャラクターだけでなく、実在するが面識のない有名人やインフルエンサーに対しても当てはまる可能性があります。
個人的に会ったことのない人に親しみや友情を感じる心理状況を「パラソーシャル関係(Parasocial interaction)」と呼びます。
これは異常心理ではなく、誰にでも見られる健全な心の働きです。
例えば、普段からよく見ているライブ配信者やユーチューバーに強い親近感を覚えることはないでしょうか。
また決まって見るテレビ番組のMCの女性が、親戚のおばさんのように親しく感じられることはないでしょうか。
アメリカの掲示板サイトRedditでは、今回の研究結果を見たユーザーがこんな話をしています。
「私には50歳でひとり暮らしをしている友人がいますが、彼は贔屓にしているミュージシャンをファーストネームで呼び、成功したときには”自分のことのように誇らしく感じる”と語っていました」
彼が特別なのではなく、同じことを経験している人は多いはずです。
自分が応援しているアイドルやアスリートが悪く言われると、実際の友人を庇うように激しく反論したり、怒りを覚えることもあるしょう。
ただ心理学者の中には、パラソーシャル関係が過剰になるすぎるとストーカー行為に走らせる危険性があるとする意見もあります。
例えばアイドルなり配信者なりを対象に「〇〇を幸せにできるのは自分だけ」「〇〇のことを一番理解しているのは自分だ」というような心理を抱くのは、過剰なパラソーシャル関係が原因であり、架空と現実の人間関係の境界が曖昧になった結果だと言えるでしょう。
ストーカーにまで話を拡張すると、悪い印象が強調されてしまいますが、孤独な人の方がコンテンツに入り込んで楽しめるということかもしれません。
また最近、ゲーム配信が友達と遊んでいるような感覚がして楽しいとハマる人が多い裏には、こうした社会的な孤立感が広まっている可能性もあるでしょう。
バーチャルと現実の境界は、孤独感が強い人ほど脳内で曖昧になってしまうのです。
参考文献
For the lonely, a blurred line between real and fictional people https://news.osu.edu/for-the-lonely-a-blurred-line-between-real-and-fictional-people/元論文
The boundary between real and fictional others in the medial prefrontal cortex is blurred in lonelier individuals https://academic.oup.com/cercor/article-abstract/33/16/9677/7217125