恐竜よりも、そして樹木よりも古くから存在し、幾度に渡る大量絶滅も耐え抜いてきた生物が存在します。
その名も「ヤツメウナギ」。
インターネットやSNSをよく見る人なら、一度くらいはヤツメウナギの画像を見たことがあるかもしれません。
グロテスクな口を持つことから、キモい生物などとして紹介されていることがよくあります。
現在も世界中に生息していながら、生きた化石と呼ばれ、顎がないグロテスクな丸い口を持つヤツメウナギですが、一体どのようにして危機的状況を、そして気の遠くなるような長い年月を絶滅せずに生き抜いてきたのでしょうか。
名前にウナギとは入っているものの、私たちが普段食べている鰻とは全くかけ離れた存在であり、さらには魚ですらないヤツメウナギの謎に迫ります。
目次
- ヤツメウナギの進化と生態
- 大量絶滅を生き延びたヤツメウナギ
ヤツメウナギの進化と生態
ヤツメウナギは日本を含む世界中の寒冷な淡水域に生息しています。
ヤツメウナギの体には両側に7対のエラがあり、これが一見、目のように見えるため、実際の目とあわせて「八つ目」という名前がついています。
特に独特なのは歯で縁取られた丸い吸盤状の口で、これで獲物を捕らえて血液や体液を吸います。
そんななんとも恐ろしい姿のヤツメウナギですが、ただグロテスクな見た目を持っているだけではありません。実は生きた化石とも呼ばれるほど、原始的な生物であり、ある意味奇跡の存在でもあるのです。
ヤツメウナギは、オルドビス紀(4億8500万年前~4億4400万年前)に進化した「無顎類(むがくるい)」と呼ばれる古代の魚類グループに属しています。
無顎類とはその名の通り、脊椎動物の中の顎を持たない生物で、無顎類のほとんどが絶滅種です。
現在でも生息しているヌタウナギ類とヤツメウナギ類に関しては無顎類の中でも円口類と呼ばれます。
逆に顎を持つ脊椎動物は顎口上綱(がっこうじょうこう)という生物の一群にくくられ、この中には魚、鳥類、哺乳類などが含まれます。
脊椎動物の先祖は約5億年前のカンブリア紀に、脊索(せきさく)という未発達の背骨のような構造を持っていました。
この脊索は後に脊椎に進化し、骨と脳を持つ脊椎動物へと発展しました。
しかし、この段階ではまだ顎はなく、丸い口を持っていました。その後、形態が魚やヘビに似たものに進化し、無顎類という脊椎動物へと変わっていったのです。
さらに1億年が経った頃、無顎類の中から顎を持つタイプが現れ始めました。これが「魚」と呼ばれる存在になっていきました。
つまり無顎類であるヤツメウナギは、魚が顎を持つ前の姿を留めている生物、まさに生きた化石なのです。
また、ヤツメウナギに骨はなく、骨格はすべて軟骨でできています。
かつては同じように軟骨骨格を持つサメ・エイなどと共に軟骨魚綱(なんこつぎょこう)という一群に入れられていましたが、サメなどとは異なる点が多くあったため、ヤツメウナギ類とヌタウナギ類で単一のグループとされました。
ヤツメウナギのメスは、淡水域にある巣に一度に最大20万個もの卵を産み、この卵を3~4週間で孵化させます。
孵化したばかりの幼魚は周囲の堆積物に身を潜め、驚くべきことに、最長で10年間もそのまま堆積物に埋もれて生活します。
稚魚に成長すると海へと進み、数年の歳月を経て体長最大84センチにも達する成魚になり、再び淡水の生息地へと帰還します。
そして理想的な産卵・子育ての場所を見つけるために、何百キロも川や湖を移動します。こうして命のサイクルを続けているのです。
ヤツメウナギは、脂が豊富な肉質が特徴であり、サケの3~5倍のカロリーを含んでいます。
そのため、多くの種類の鳥類、哺乳類、魚類にとって非常に魅力的な食物源となっており、ヤツメウナギは生態系において重要な役割を果たしています。
人間にも食べられてきたヤツメウナギ
ヤツメウナギは古くから世界中で人間により食べられてきた存在でもあります。
ヨーロッパではローマ帝国の頃から食べられており、現在でもフランス、ポルトガル、スペインなどではシチュー、リゾットなどの材料として広く用いられている食材でもあります。
日本でも古くからヤツメウナギは滋養強壮の高価があるとされ、江戸時代にはすでに食べられていたようです。
ビタミンAを多く含むヤツメウナギは夜盲症(鳥目)の薬としても用いられてきました。
食用として食べられているのは主にヤツメウナギの仲間のカワヤツメですが、日本では環境破壊などによって生息に適した場所が失われたためかその数が激減しており、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
大量絶滅を生き延びたヤツメウナギ
恐竜が誕生したのが約2億3000万年前、樹木が誕生したのが約3億8000万年前と言われているので、オルドビス紀(4億8500万年前~4億4400万年前)に誕生したとされるヤツメウナギは、恐竜や樹木よりも古くから存在していたことになります。
つまり、ヤツメウナギはビッグファイブとも呼ばれる5度の大量絶滅のうち、少なくとも下記4度の大量絶滅を生き延びてきたことになります。
デボン紀後期(F-F境界)
海生生物の多くが絶滅し、全生物種の約82%が絶滅したとされています。
この時期の環境変化としては、寒冷化と海洋無酸素事変の発生が挙げられます。また、寒冷化、有機物の堆積、大気中の二酸化炭素の減少も示されており、これらは海水準(平均的な海水面の高さ)の上昇および大量絶滅と同時に発生していました。
さらに、地層からは小天体衝突の証拠とされる粒子も見つかっていますが、大量絶滅との直接的な関連はまだ明確ではありません。
ペルム紀末(P-T境界)
古生代の末期、特にペルム紀の終わり頃にあたる約2億5100万年前、地球史上最も壮絶な大量絶滅が発生しました。
この大量絶滅によって、海に生息していた生物のなんと最大96%もが絶滅し、全ての生物種を合わせても90%から95%がこの地球上から消えてしまいました。
この大量絶滅の原因ははっきりわかっていませんが、全世界で海岸線が後退したことによって食物連鎖のバランスが壊れたことや、「スーパープルーム」という巨大なマントルの上昇流による大規模な火山活動などが一因と考えられています。
三畳紀末(T-J境界)
約1億9960万年前の大量絶滅では、アンモナイトの多くや大型の爬虫類や単弓類(脊椎動物のうち陸上に上がった四肢動物のグループの一つ)が絶滅しました。
生物種の76%が絶滅したとされており、この大量絶滅の原因は、パンゲア大陸の分裂とそれに伴う大西洋の形成に関連する火山活動が有力視されていますが、隕石の衝突と見る説もあります。
なお、この時期には小型だった恐竜が急速に発展していきます。
白亜紀末(K-Pg境界)
約6600万年前、この時期に現在の鳥類へと進化するいくつかの種を除き、ほとんどの恐竜は絶滅しました。
この大絶滅では、翼竜、首長竜、モササウルス類、アンモナイトなども完全に絶滅しました。全生物種の約70%がこの時期に絶滅したとされています。
恐竜の絶滅の原因には様々な説がありますが、最も有力視されているのは小惑星衝突説です。この説によれば、直径約10〜15キロメートルの小惑星が地球に衝突し、それが恐竜の絶滅を引き起こしたとされています。
この大量絶滅の数々をヤツメウナギたち無顎類はどう生き延びてきたのでしょうか。
オルドビス紀(4億8500万年前~4億4400万年前)に入り、ヤツメウナギの祖先である無顎類は多様化し、体が頑丈な骨のような皮骨で覆われるなど発達していきましたが、デボン紀後期の大絶滅で、多くの無顎類の種が絶滅してしまいました。
しかし、生き残った無顎類の中で、どの系統がヤツメウナギの祖先であったのかは、まだ完全には明らかにされていません。
また、長らくその正体が不明だったコノドント動物という種も、今では無顎類であると言われています。
コノドント動物は小さく、プランクトンのような生活を送っていて、世界中の海に生息していました。そして、古生代の終わりまで生き残ったと言われています。ヤツメウナギの祖先もこのように小さな体でひっそりと海に生息していたのかもしれません。
意外にも食べられるお店は多い
日本では、カワヤツメ、スナヤツメ、シベリアヤツメ、そしてミツバヤツメの4種のヤツメウナギが、北海道の石狩川や青森県、秋田県、山形県、新潟県などで確認されています。
このうち、カワヤツメと一部のスナヤツメは食用になり、意外にも食べることができるお店は多く存在しています。
ただし、年中食べられるわけではないようで、旬とされるのは水が冷たい11~2月の寒い時期となっています。
幾度の絶滅危機を耐え抜き、恐竜や樹木よりも古い歴史と少しグロテスクな姿をあわせ持つヤツメウナギ、一度くらいは思いを馳せながら食べてみるのもいいかもしれません。
参考文献
Pacific lamprey: The jawless fish that survived 4 mass extinctions and sucks prey dry of blood and body fluids https://www.livescience.com/animals/fish/pacific-lamprey-the-jawless-fish-that-survived-4-mass-extinctions-and-sucks-prey-dry-of-blood-and-body-fluids